Home > Archives > 2000-05

2000-05

(旧)2000.5月の日記

  • 2000-05-01 (月)
  • Blog

2000/5/31
某うどん関係のMLのオフ会。
このMLのオフ会に出るのは初めて、どんなんなのか少し緊張。

一緒に行くはずだった補佐のN澤が急にあかんということになり、
一人で訪れることに。

会場は福島(大阪のね)にあるS。最近できたうどん屋さん。
どこにいるかはわからないが、
さっと見回すと一番奥に、
サラリーマン風の人と、なんだかでかい人、怪しい人など、
どう考えてもフツーの集団ではない集団が陣取っている。
「たぶんこれやな」とおもって近づき、声を掛けるとやっぱりそう(笑)。

地鳥の鉄板焼をつつきながら、
うどん談義やらPC談義やら、アメリカ話(メインのゲストはアメリカから一時帰国中の
女性だったのです)やらに話が咲く。
ふだん字でしか会話していない人と、
こうやって顔を合わすのは不思議。
字面から想像した感じと一致する人、意外な人、いろいろいて楽しい。

そうこうしながら食って飲んで楽しい時間をすごした。

で、最後に出てきたうどん、うーん、まぁまぁ。
悪くもないが良くもない、でも美味しいんだけど。
あー、現地でくいたいぞ!

2000/5/30
ほんとに久しぶりに何もない日。
これでようやく家の片づけができるなと思い、
帰宅後片づけを始めるが・・・・・
ぜんぜん進まない。

何故かというと、単にものが多すぎるから。
それと押し入れの使い方が下手だからかな?

一つ動かそうとするとまるでパズルのように、
次々と別のものを動かさないといけない。
こんなの何時まで経ってもおわるわけない!と途方に暮れる。

でもなんとかこたつとカーペット(まだ出たままだった!!)を片付け、
スピーカを外し、ピアノとMACを入れ替え・・・・と、
当初予定の3分の1くらいはやったぞ!

でもかえって足の踏み場が少なくなったのは、
気のせい?

2000/5/29
ひさびさに何もない日、だったが小宴会があった。
こじんまりしている宴会は気を遣わなくて楽でいい。

政治家がどいつもこいつも腐っているという話に花が咲く。
だいたい政党政治もいまとなっては意味があるのか?
例えばニュースで「明日の○○の議案は否決される模様」とかさ、
最初からわかってる(政党の席数で決まるもんね)ようなことに
時間費やすなっていいたいな。

あと某首相のろくでもない発言のために、
ほかの審議の時間を費やすなって言うねん!全く。
子供みたいな議論するなちゅーねんな!全く。

政党なんかなくしてみんな個人で、個人の意見で、
個人の資産で、個人の実力で、個人の情熱で政治やってほしい。
今やってることは、ただのままごとにしかなってないぞ!

2000/5/28
I氏のホームページの大幅改造のミーティング。

そろそろコンテンツなどもきちんと整理したいのと、
何よりも他のメディア(紙媒体ね)にも露出度があがっていくI氏の
ホームというか付加メディアとしてのHPはとても大事。
だからきちんといいもの、分かりやすいもの、
そしてカッコイイものを作らないといけない。

今回はより見てオモシロそうなページにしたいのと、
全内容の見直し、
そして新たなコンテンツ、
とくに彼の作品関連のデータの充実を計っていくことになる。

まぁどーなるのかはしばらくのあいだお待ち下さいませませ。

2000/5/27
芦屋ルナホールの企画に荒崎さんのビッグバンドで出演した。

この企画、一年に一度だけ組まれるJazzのイベントコンサートで、
今回はジャズ100年の歴史と映画音楽の特集だった。

荒崎BBにはどっちか言うと、、、、、
うーん似合わない企画かもしれない。
だってこのバンドはカチッとした譜面の演奏よりも、
バンド全体での即興が得意なバンドだから。

それでもたまにはええもので、
荒崎さんの手によるアレンジも(結構いいのよ)さることながら、
もともと映画音楽とかが大好きな僕にとっては、
譜面をちゃんと演奏しなければならないしんどさを引いても、
楽しいコンサートだった。

2000/5/26
Jaye公山さんの久々のソロライブにUSHがホーン隊として参加。

ヒューマンソウルやRealBlood等の活動でしられるJayeさんのバックは
なかなか緊張するものがあったけれど、
まぁこれもライブ。しかもユナイテッド自体もフューチャーされるので、
いつものライブ(リズム隊は違うけど)にJayeさんが遊びに来た、
もしくはその逆みたいな雰囲気で楽しむ事ができた。

歌もさることながら、
ステージングの巧みさにはなかなか感心&勉強されられた。
やっぱりライブ、
とくにどちらかといえばショーよりな場合は、
演奏半分、しゃべり半分というのは本当のよう。

こういう面に関してはまだまだ青いユナイテッドだけれど、
これを機会にPataPataにも出演することが決まったし、
まぁみなさん応援して下さいましまし。

2000/5/25
最近参加したサルサバンド Sabrosura のリーダーでもあるM氏の別ユニットである、
Cooleyのレコーディングのお手伝い。
以前、仮の音入れをしたやつ。
これを本格的にやるというので手伝いに行った。

夜のかかりぐらいからはじまっていた(らしい)レコーディングは、
Nanaのボーカル入れ、コーラス、とすすんで、
ちょうど到着してしばらくすると僕の番がまわってきた。

こっちのセッティングもあるし、
レコーディング自体も開始からだいぶ時間が経っていたので、
少し休憩をはさむ。そのあいだに準備。
といっても楽器をだしてパラパラしてただけだけど。

で、いよいよ本番。
もともとレコーディング自体もそうだけど、
このスタジオの閉塞感がキライな僕
(ついでに言うと、ヘッドホンも不得意)。
だからたまに手伝うレコーディングはなかなか苦労していた。

が、今回のスタジオはなんだか妙にリラックスできるスタジオで、
割に自然と構えてやることができた。
なぜか?
スタジオが雑然としているから(笑)?
よくはわからないけれど、変な力みは入らなかった。

このためか、
いつもなら何テイクもかかってしまうレコーディングも
(まぁ、僕用に1トラックしかなかったのもあるけどー)、
以前軽くやっていたせいもあってか、
驚くべき早さで終わってしまった!!

集中力の賜物さ!と言ってしまえばえらくカッコイイけど、
多分そうじゃなくて、
このリラックスできた雰囲気と、
あとCooleyの面々のおかげだと思っている。
面々も出来には(多分)満足とまでは行かないかもしれないけれど、
まぁまぁ、うんうん、程度まではいってると思ってもらってると思うので、
良かった良かった。

2000/5/24
疲れがたまっているのかやたらに眠い。
帰宅して(飯食って)ほっと一息つくころには寝てしまっている。

こんなことではいかんのだが。
やる事が山積しているのに。
あれこれ期限も迫っているし、
先に手を打っておかねばならない事もいくつかある。

別に処理できないほどたくさんあるわけでもないのだが、
このペースではヤバイかも。
大体なんでも追いつめられないという性格が悪いんだな、
と改めて思う。

かまたまは順調に育っている。
順調すぎるくらいで、昼いないのが不満なのか
「遊んでくれー遊んでくれー」と狂暴なまでに攻撃してくる。
遊んであげてないので可哀相だけど、
寝かせてくれないとさすがに「こいつ!!」といじめてしまうのである。

でも可愛くもあるのが、いやなんとも・・・

2000/5/23
急遽依頼されてストリートに出掛ける。
普段はなかなか時間がとれないのと、
正直ストリートは消耗が激しいので、
なかなか行けないこのストリート。

実はここ関西のサックス吹き(しかもなんでもやりたがり系)が
減少の傾向にあり(って、単に東京へ進出している)、
ストリートもメインの吹き手が少なくなって困っているのだな。

普段やっているJRと阪急のあいだの歩道橋下は
フォルクローレバンドに先を越されてしまったので、
仕方なく少し離れたJRステーションビルの正面、
横断歩道を渡った場所に陣取る。
実はここでは誰もストリートなんてやったことない(多分)。

屋根や壁が近くにないと音が散ってやりにくいし、
聞く方も聞きにくい。そんな悪条件の場所。
人通りはおおいのだけれど、立ち止まって聞いてくれる人はまばら。
たぶん横断歩道への通過点でしかないのかも。

このままでは埒があかないので、
ほんの5mほど移動して、信号から外れたところへ。

するとどうか、立ち止まってみてくれる人が増え出した。
歩道なので植え込みの段に座れる事もあるし、
建物をバックに、向かいには植木があるので、
すこし返る音もあるため、やりやすいし、聞きやすいからかもしれない。

3人での演奏はほとんど休む事なく11時くらいまで。
夜も肌寒くなくなっているのでストリートには絶好の日だった。

2000/5/22
26日のリハーサル。
JAYEさんと演奏する事自体、次のステップへの大きなチャンスになりうるので、
このライブは大切にしたい。

歌ものはホーンでまとまっていればある程度の形になるので、
セクションで分かっていれば大丈夫そう。
展開などもJAYEさんが分かりやすく出してくれるのでこちらも楽。

難儀なのはもともとUSH側の曲。
ややこしい構成の曲が多いので、
バンドメンバー(今回はJAYEさんサイドのミュージシャン達なのです)にも
苦労をかけてしまう。

でもさすがでなんとかこなしてもらえる。
また、普段とは違うリズムセクションというのもなんだか面白くていい。

本屋で欲しかった本(実用書ばっかり)を数冊購入。
本屋ってほんとにいつまでいても飽きない。
いろいろな本があるから立ち読みするだけでも大変。

このインターネットを含め、
今では情報のメディアは有り余るほどあるけれど、
やっぱり僕的には本が一番よく理解できるというか、
重宝するメディアだ。

2000/5/21
かなり久しぶりとなるクライドライトのツーリング。
残念ながら我が愛車は死んでいるので相棒に同乗。

今回はまたもやイギリス勢が大半をしめ、
ミニスプライト、ミニクラブマン、ミニガンプラ、オースチンヒーレー、
それにシトロエン2CV、ホンダZ、日産フェアレディがあつまった。
香芝SAでの集合はこの日数あるツーリング(バイクが多かった)パーティーの中でも、
ひときわ目立つ存在だったに違いない。

甲賀までゆっくり隊列を組んで走り、
余野公園でバーベキュー。
楽しいひとときを過ごした。

やっぱりこういった車は面倒だし、手が掛かるし、金もかかるし、
現代車に馴れた方々にはどこがいいのかさっぱり理解できないかもしれないけれど、
そのデザインの良さもさることながら、
それに「わざわざ乗る」ということの精神的な豊かさとか余裕とか、
機械の暖かみとか、
そんなものを感じとることができる。
利便性だけを追求しないツーリングは周りの景色などにも
よく目が行くし、なんだかシアワセ。

お世話になった甲賀町のみなさん、どーもでした!

2000/5/20
今日は忙しかった。
だって昼夜連荘でライブがあったので。

昼はUnited Soul Hornsが京都駅ビルでライブ。
何度か出演させてもらっているこのステージ。
普段は大階段(という場所がある)下のステージでの演奏になるのだが、
天候不順だというので急遽別場所に特設のステージを設けての演奏。
大階段下ステージはお客さんも多いし、
通る人も多いのでやってる方もいろいろ(笑)楽しいのだが、
この特設ステージはすこし奥まった位置にあり、
どうかなぁとおもっていた。

ところが演奏を始めるとたくさんの人が聞きに来てくれる。
しかも階段ステージみたいに客席(というか階段ね)が遠くなく、
すぐ目の前に人がいるので、反応もよくわかって楽しい。

夜はH氏の率いるテナー4管バンド。
だいぶ馴れてきたとはいえ、このバンドは結構難曲ばかりで苦労する。

が、MCでも言っていたけれど、
同じ楽器4人というのはアレンジ面とかで制約を受けやすいものの、
演奏自体はみなが同条件でやるため、
いろいろ張り合ったりして面白いものになりやすい。

現に今回のライブも盛り上がって(というか舞い上がって?)、
熱い(長い?)バトルが繰り返されたのでした。
ほんと各人の特長がでて聞いててもやってても面白いライブだと思う。

しっかし疲れました、はい。

2000/5/19
EDFのライブ。
最近のEDFはほんと安定していると思う。
といって完全にマンネリ化しているわけでもなく、
安定していい音楽が提供できているように思えるのは自画自賛?

ひさびさに半分くらい昔の曲を演奏した。
昔やった曲というのは、
それを演奏したときの状態とか状況とか、
なにかあったこととか、
そんな物事をくっつけて記憶していることが多いので、
懐かしい気持ちになったり、淋しくなったりいろいろ。

今回はS水隊長なんてそんな気持ちでいっぱいだったように見えた。

僕は懐かしいというか、
思い出深いというか、バンド創成期にお世話になっていた店とか人とか、
そういうもの、情景、あぁあのときあそこでやったよなー、という思い出、
そんなものが次々でてきた。

思えば長く、もう8年やってるこのバンド。
売れてはいないけど、とても自分でも気持ちのいいバンド。
演奏もメンバーも、何よりも曲が好き。

2000/5/18
I氏のホームページの検討会。
中国から帰ってきたので、
そのコンテンツの整理とかHP全体の見直し、
今後の展開の仕方とかを考える。

実はI氏はフリーペーパーの「JUNGLE LIFE」やその他に連載記事、
インタビューなどが今後続々と掲載される予定で、
その他メディアへの露出を増やして行こうと考えている。
そこでこのHPも合わせてグレードアップしていかねばと、
スタッフ一同考えているという訳。

コンテンツも増やさないといけない。
既存のコンテンツ(音、映像など)のディジタライズをしないといけない。
早くやらないと。時間がない。

その他にもMTVの撮影や新たなレコーディングなど、
彼を中心として彼の周りは今後ますます加速していくだろう。
スタッフとして、時にはサイドメンとして参加する限りは、
彼にいいものを提供していきたい。

2000/5/17
6月にI氏、B氏+Unitedでやるクラブイベントの音打合せ。
Unitedでは過去に一度、
別のDJと組んでクラブに出た事があるけれど、
今回は最初からちゃんと考えて、曲もつくってやるので楽しみ。

I氏とB氏がつくってくれたオケはなかなかの出来だと思った。
これにどうホーン隊を乗っけるかがセンスの出しどころなので、
難しい作業になるだろうけど、
おもしろいものができたらな、とおもう。

説明を受けながらぱっと聞いた感じで、
大体の姿が想像できるものもあったけど、
まったく思い浮かばないものもあった。
聞き込んで想像力を働かせないと。

こういうものはいつもの曲作りとは違うレベルとかコンセプトで書かないと、
かっこいいものにならないだろうから、
勉強が必要だ。

関係ないけど森首相の「神の国」発言はなんだありゃ?
あんなことこの現代に考えてるようなやつがこの憲法をもつ国の首相とは考えがたい。
しかも発言取り消ししないだと、なにを考えてるのやら。

口が滑ったのか、というかこんなこと口が滑るということは、
やっぱり普段から考えとるということなんだろうな。

ええ加減この国も首相の指名制は撤廃して、選挙制にすべきじゃないかなとおもう。
そうしないといつまで立っても与党の意見しか通らない議会だし、
最近じゃ過半数とれないんなら連立してしまえって、
まるで子供の陣取りじゃあるまいし。
だから政治家どもはキライなんだわい。

阪神が負けつづけている。悲しい。

2000/5/16
ひさびさの何も用事のない日。
帰宅後うどん打ちをする。
ひさびさなので勘が鈍い、切りがうまくいかない。

というのと、
以前この包丁で指をきった記憶がまだ払拭されていなくて、
包丁でものを切ることじたいがドキドキしながらやってる始末。
事実添えなければならない左手が逃げてしまっている
(もともと下手なんだけど)。

延ばしをしているとかまたまがじゃれてきて、
可愛いんだけど、邪魔。
でもするがままにほっておいたら、
麺棒で脚を掬われるわ、転ぶわで、
そこいら中を白い足跡だらけにするわ、
自分自身も白黒のまだらになるわ、と大騒ぎ。

本人は楽しそうだけど、掃除たいへんなのよー、もぅ。(笑)

2000/5/15
帰国後HardDaysNightの締めくくりは、
今日始めての組み合わせでやるバンド。
無論Jazz。

予習もそうできなかったので、
ほぼぶっつけでの本番になった。
でもまた曲が難しいんだな、これが。

でも久々のJazzだったせいか、
逆にすごくリラックスして演奏できたようにおもう。
一緒にやったメンバーがまたイイので、
その為もあるんだろうけど。

でもまだこの組み合わせ自体がなじんでない、
もちろんそれぞれのメンバーとは共演したことあるけど、
こうやって4人での演奏自体がなじんでいないので、
まだまだやれること、行けるところがたくさんあるはず。
もっとなじめるまで演奏したい。

改めておもったけど、
Jazzって好きだなぁ(笑)

2000/5/14
昨晩、というか今日の朝早く、というか夜中ね、
今回から参加する事になったサルサバンド「Sabrosura del Sonido」のライブ。

サルサイベントみたいな雰囲気で、
会場の開場(笑)とともにどっとお客さん(しかも半分くらいがLATINO)がやってくるわ、
そのうちダンスレッスンが始まるわで、
えらい騒ぎ。
「うーん、これがラテンノリかぁ?」と思い、
楽しさ半分ビビリ半分。

ラテン好きの人たちって踊るのも好きみたいで、
ほんと皆よく踊る。
少しレッスン(?)に参加したけど、すぐ脚痛くなった(情けない)。
特にラテンの国の人たち(ペルー人が多かったらしい)は
ほんとよく踊るしタフ。

ライブもノリノリで、
僕自身はフメンが全然読めなくて、ダメダメだったんだけど、
ライブ自体はかなり楽しめた。

普段馴れているJazzとかもいいんだけれど、
中国でやってきたロックとか、
このサルサとか、
バンドとお客さんがまた違う意味で一体となれるような
こんなライブって演ってるほうも聞いてる方(踊ってるほう)も
ほんと楽しい。

いやはや、徹夜で疲れたけど、
とても面白い思いができた。
今後もこのバンドが楽しみ。

2000/5/13
ついにウチに別生物がやってきた!!!

別生物というと宇宙からきたような雰囲気になるな。
で、それがなにかというと、「ネコさん」!

あぁ、これがかわいーーーーーーのよ。
まだ生まれて1ヶ月半ぐらいなのでちいさいちいさい。
おまけに黒いもんだから、目を離すとどこにいるかわからなくなる。
でもちいさくて、軽くて、でも元気で、かわいい!

この子についてはきっと別ページが誕生することでしょう。
乞うご期待。

というか、もうメロメロ。
やっぱりネコさんのパワーは偉大なのだ。
あ、どんな奴かは上の写真参照ね!

2000/5/12
帰国早々ほんと忙しい(いいことなんだけど)のだけど、
やっぱりちょっと無理なスケジュールにし過ぎたかな、
と少し反省中だけど、、、、、

今日はひさびさのUNITEDのライブ。
割と急に決まったスケジュールだったので、
ライブの告知とかも十分にできていなかったため、
お客さんは少な目、すこし悲しい。

やっぱりリハーサルをちゃんとやっていない
(というかリーダーF原と僕は中国いたしね)ので、
演奏自体はやっぱり雑。
なじんでないし。
中国で別バンドだけど、
あれだけ回数をやると、自然とバンドは固まるしねぇ。
それと比べてしまうので、なんとも。。。。

このバンドもこれからガンガンやっていきたいから、
もっとカシッとさせないと。
前のRAGとかのライブはかなりよかったので、
やっぱりリハーサルというか、
バンドメンバーそろって音を出す機会をもっと
設けた方がいいなとかなり実感した。

2000/5/11
ここまで風邪(というか熱ね)が治らないのも珍しい。
よほど基礎体力がないんだろうなとおもう。
前回の中国ツアーでは嬉しくて食べ過ぎてしまい、
帰ってきたら5Kg太っていたということもあって、
今回のツアーは割と摂生して食べていたので、
太らなかった=体力がつかなかった、のが原因かも。

夜、あたらしく参加するサルサバンド、サブロスのリハーサル。
サルサのホーンセクションは初めてなので刺激的。
というか譜面がやっぱり難しい、
というか今まであまり経験した事のないリズムのキメがあるので、
ぱっと読めないのだ。

実は半分も消化できないで本番を迎えてしまったりするんだけど、
大丈夫かなぁ、大丈夫じゃないわなぁ。

2000/5/10
引き続きからだの調子が悪い。
今週は今日だけ夜の予定のない日で、
本当はツアーのメンツたちと寿司食いに行こう!と行っていたのだけど、
降り積もった仕事の片付けに追われて時間がなくなる。

帰りがけに少し買物をしてついでに食事もするが、
もうふらふら。
腹が減ってたせいもあったと思うが、
今回は希に見る熱の引かなさが原因。
大丈夫かなぁ。

2000/5/9
日本はほんと平穏だなぁとつくづく実感。

だからか、それとも張り詰めていた気が抜けたか、
単に休みがずーーーっとなかったせいかダウン。
一向に熱が下がらない。
が、仕事をサボる訳にもいかないので、
つらい体に鞭打ち中。
あぁ、日曜日が待ち遠しい。

夜、米ちゃんのコンサートを見にいった。
前回のツアーを見た時もそうだったんだけど
(というかコンサートとかを見に行くと大抵そうなってしまう)、
コンサートを楽しむより先にいろいろ研究してしまう癖が。

特に今日の場合はツアー直後なんで、
自分達がやってきた事との差がよく見えて、
大変勉強になった。
やっぱり設備って大事・・・・・・・・・

それとステージ上の人間の完璧さ、ね。
バンドもそうだけど、
米ちゃん自身もダンサーの皆もよくあそこまで徹底してできるな、
とほとほと感心させられた。

先日までのツアーで自分ができなかったこと、
反省点がよく見えた。
よーく反芻して今後に生かそう。

2000/5/8
帰国日。

ふと思った事。
今日僕らはこうやって飛行機で日本に帰る。
疲れ果てて帰る人もいるし、帰るのを惜しんで帰る人もいるだろう。
でも同じ飛行機に日本へ「行く」人がいる。
旅の終わりと旅のはじまりの人たちが同じ空間に同居している。
これってなんだか不思議な感じ。

広州から関空への中国南方航空の直交便は一日一本でしかも朝早い。
しかも僕らは荷物が無茶苦茶多い(=ウェイトチャージが掛かる)ので、
その交渉にも(また交渉で条件が変わったりするのが凄い、
さすが中国)時間がかかるので、
ホテルを出たのは朝6時。

やっぱり交渉は難航したけれど(って中国側スタッフの苦労の賜物です)、
前回よりは大分余裕(出発まで30分程度)で出国。
一番お世話になった劉さんと挨拶を交わし、国外へでた。

関空までは飛行時間は4時間弱。
ほんとに近い。
少し眠ろうかな(というか前の晩寝てないので)とも思ったけど、
機内上映の映画(ターザン:中国語だと泰山(笑))を見てしまったのと、
すこし原稿の下書き・整理をする必要があったので、
眠らずに作業をしているとすぐに着いてしまった。

11日ぶりの日本。
みんなは24日ぶりの日本。
やっぱり整理されているというか綺麗というか・・・。
あの中国の独特のごちゃごちゃ感が懐かしい。

今回初めて、税関で荷物をひっくり返されなかった。
風貌と持ち物(たいてい楽器)のせいだとおもうのだけど、
今までは100%の確率で荷物をどれか開けさせられてたんだけど、
今日はなかった。
なんだか得した気分。
でもなんだか物足りないような気も(笑)。

空港内でみんなとしばらくダベる。
さすがに荷物が多いので、
大半のメンバーが車無しでは帰れない。
その段取りに手間取っている様子。
僕はぎりぎり一人で動ける(笑)量なので、
先にバスで帰る事に。

帰宅後、
部屋はあわただしく出発したときのまま。
疲れていたのでそのままソファーに倒れ込んだ。

2000/5/7
最後のOFF。朝少し寝坊する。
昨晩はうれしくて疲れているにもかかわらず飲み過ぎた。

広州市へ移動。
みんなは2度目(そう、ここ広東省の最初の都市だったのだ)だけど、
僕ははじめてのところ。
ここも都会、大きな都会。
でもどこか中国っぽいのは街自体の歴史が古いから。
昔の建物、たたずまいが新しい街のあちこちにのこっている。

午後から街に繰り出す。
「食は広州に在り」といわれるが所以のひとつでもあろう、
町中の大きな市場「清平路市場」へ行く。

この市場がもう、予想を遥かに上回る、
表現のしようのないすごい市場だった!!
全体でいくつかのブロックに分かれているようなんだけど、
最初に行ったのが漢方薬の原料を扱っている小路。

「これも原料?!」と思わせるような、見た事もないものばかり。
どう見てもただの木の皮とか塵にしか見えないものもある。
あとは棒状に伸ばして束ねたムカデとか、
開き干しにされたトカゲ、
生きてるサソリ、蜂、ヘビ、なんかわからん虫類などなど、
ちょーーっとキツイものばかりだった。

さらに鮮魚のコーナーから、カメのコーナー
(何千というカメが山積みだった、しかも生きてる!)、
野生動物のコーナー(鳥なんでも、犬、ネコ!まで)、
などなどいろいろなコーナー(小路)がつらなっている。
さすがにメンバーもギブアップ。
全部は回らずにそそくさと脱出した。

その後は街一番の繁華街である上下九路や北京路
(なんと歩行者天国だった)で買物・美食堪能したりして、
それぞれ楽しんだ。

夕食後、メンバーの一部(自称「美食銃撃隊」)で五つ星ホテルのレストランへ。
どれもこれも美味い美味い。
いままでここ広東省で食べてきた中でも一番ウマイ広東料理を堪能。
最後には値切っても随分高い伊勢エビ(とおんなじエビ)を1匹買って、
それでスープと一品を特注。

これが美味いの何のって、ほんと、もうどうも表現できないくらい美味しかった。
広州の食、やっぱり凄かった!!!

2000/5/6
このツアー最後の公演、深せん(土へんに川)公演。

昨日はこの後半戦で唯一移動がなくてからだが少し休まった。
でも今日はまたまた長い移動距離。
韶関から深せんまでは6時間強らしい。またしんどいなぁ。
大体移動の無駄が多すぎるんだよねぇ。

途中の大きな峠のひとつで大渋滞に巻き込まれる。
この道を行かないと仕方ないので渋滞に並ぶ。
見渡せる先までずーーーっと車が続いている。
原因は不明。

痺れを切らしたスタッフ達は渋滞を横目にバスを進めた(無論反対車線だな)。
でも行けども行けども渋滞の先は見えてこない。
今日の公演のために早く出発したのに、
これで公演が、しかもラストなのに、できなかったら非常に悔しい。

その思いが通じたのか、やがて車の列がゆるりと動き始めた。
結局原因は?のまま。峠にトラックが2台とまっていたが、
事故った様子でもなく・・・・単に道の真ん中で故障したのか?

眠りこけて起きたのは数時間後。
いきなりパスポートを持ってバスを降ろされる。
「?」と思っていると、
どうもここ深せん市に入るのは厳重に管理されているそうなので、
外国人は身分証明させられるとのこと。
簡単なイミグレーションを通って深せん市へ。

深せん市は鄧小平のお膝元だけあって、
もうほんと大都会。
絵に描いたような綺麗な街。
あの中国のごちゃごちゃ感が全くないといっていいほど。

公演は一大アミューズメントパーク内のイベントホール。
なんと直前まで別の出し物(ロシアのダンサー達)があるらしく、
準備時間が皆無といっていい状態らしい。

ホテルで時間潰しをする。
なかなか連絡が来ない。
スタッフ達がどういう状態なのかも分からない。

ようやく連絡が来たのは6時前。
えー、本番まで2時間やんかー!!
早速会場へ行き、前の出し物の終了を待つ。
このロシアのダンサー達はここ深せんの前は旭川にいたそうな。
何ヶ月かおきに移動しているらしい。すごいな。

スタッフ達の計画的な準備のおかげで、
なんとか開演時間までには準備ができた。
でも準備&リハーサル中にもぞくぞくとお客さんがはいってくるし、
なんか変な状態。
しかもいちいち拍手してくれるしー、調子狂うなぁ。

実は中国では今年からGWみたいな長期休暇ができたそうで、
それで人が沢山いたのだった。
しかもアミューズメントパークなので若者ばかり!
公演会場も満杯になるし、
公演は凄く、ほんとに凄く盛り上がった。
彼らが知っている曲は全部一緒に歌ってくれるし、
反応も敏感。
ほんとに演奏しているこちらがわがうれしくなるほどに、
いいライブになった。

ほんとにありがとう!!

2000/5/5
世間(日本ね)では子供の日だなぁ、
と思いつつこちら中国ではなんでもない一日。

今日は移動はないので少しゆっくり起きて、
街を散策。
といってもミッチーの散髪に付き合っていただけ。
今日の公演は体育館らしいので体力を温存しておかねばと、
そんなに動き回るのは止めた。

体育館自体は年代を感じさせるかなり古い建物のようで、
それなりにあちこちが古びているのだけれど、
僕らがつかう控え室だけ妙に綺麗だった(壁までぬりなおしてあった)。
少し変な感じもしたけれど、
もしかしてこのために部屋を改装してくれてたのなら、
なんとありがたい話だろうか。

地元の音響屋がすべてのPA機材を貸し出してくれた
(というかこれらは店頭品というか売り物)上に、
設置作業まで手伝ってくれたので、
今回のツアーの中で最速に準備が整い、
リハーサルも十分にすることができた。

公演自体もいっぱいお客さんが来てくれ、
(どうも田舎町のほうが得意な模様、このバンドは(笑))
すごくもりあがることができた。
あと残りわずかなこのツアーもこうやってひとつひとつの公演の
積み重ねなんだなと、当たり前のことを考えた。

この体育館での公演は、
建物自体が古いこともあってか冷房がぜんぜん効かないので、
予想以上に体力を消耗した。
バスでの長距離長時間移動、
そして毎日のようにある公演。
生活自体は楽でいいのだけれど、
やはり体力的にはかなりつらい。

いよいよ残り一公演。
明日はまた6時間ほどの移動をして、
深せんへ行く。

2000/5/4
関係ないけれど、
中国でもやっぱり時代劇というか時代モノのドラマは人気があるらしい。
TVのチャンネルを回せば一つは必ずやっている。

大まじめな史実に基づいているのであろうものから、
少しカンフー系のモノ、
そらウソやろというアクションまであるモノまでいろいろ。
もちろん台詞はさっぱり分からない(でも中には字幕がつくものがあるので、
なんとなく意味はわかるのだ)んだけれど、
面白いものでじーーっと見入っているとなんとなく筋は追える。

さて、今日は実は休みなのだ。
29日以来、飛んだ公演もあったけれど、
実質予定がなにもないのは今日が初。
なんとも長くハードな数日間だった。
ほんと疲れたのでゆっくり寝てほっと一息つきたい・・・・・・・
ところなのだが、
明日の公演はこれまた遠い都市なので、
今日移動するという。

昨晩も遅かったのでしんどいのだけれど、
みんな我慢して早起きしバスに乗り込む。
移動先は広東省でも大分北の方、韶関という街。
なんでもここ東莞市から6時間かかるらしい、あぁ遠い。

バスでの移動は広東省の中央部では高速道路だったけれど、
どんどん北にいくほど、普通の道路になり、
細い道になり、、、、、やがて山々が迫ってきた。

「いったい何処に連れていかれるのやろ」

そんな不安を抱かせるに充分なほど田舎になってきた。
しかもその田舎町をこえてまだまだ奥地へ。
ついにはただの山の中になってしまった。
山々はなんとなく中国風のなんだかとんがった感じの山。
それらをへーーっと感心して眺める余裕もあまりなく、
何処にどんなところに行くのかという不安が充満。

大きな峠を2つほど越えると、ようやくまた人の住む(笑)街が現れた。
そこからまだまだ小一時間揺られてようやく韶関へ到着。
結構大きな街。
川に挟まれた中洲が中心地のよう。

夕刻街を散歩。
観光地ではないので普通に普通のものが売られている。
ものめずらしくはないけれど、なんだかほっとする感じ。

お茶屋さんで欲しかったジャスミンティーをがばっと購入。
上海の5分の1くらいの値段。
いいお茶にめぐり合えて大満足、
ついでに茶器も買ってしまった。

ついでにホテルで夕食もしたけれど、
外食もしてしまえということで餃子屋さんに。
これが大当たりでむちゃくちゃ美味かった!
4人で満足するくらい食べて飲んで48元、安い!!

ようやく精神的にゆっくりできて、リフレッシュした。
また明日の公演もがんばろう。

2000/5/3
東莞市黄江公演。

同じ市内を移動。
1時間かからない移動だったらホテルをわざわざ替えなきゃいいのに、
と思うのだけど、
この広東省での公演は現地のホテルにスポンサーになってもらっているので、
公演毎に移動させられるはめになるのだ。
まぁいいんだけど、落ち着かない。

今日はまたまた野外らしい。
会場は昨日のような公園にあるただのステージ(というか台やね)ではなくて、
ちゃんとした野外ステージ(野音のようなものか)らしい。
これなら少々の雨でも風で降り込んだりしなければ大丈夫。

午後、訪れた会場は予想をはるかに上回る大きなステージ。
半球状の屋根のついた立派な舞台。
機材も今日のプロモータの好意で新品ばかり!
これはかなりちゃんとした公演ができそう。

リハーサル中にはその辺の近所の人達がものめずらしげに集まってくる。
特にマイクチェックをしているPAのT氏が面白いらしく、
えらく注目している。
日本人もこういう楽器類も珍しいらしく、
熱心というか暇なんやなーというかじぃぃぃーーっと見ている。

少し小雨のぱらつくなか、
今回のツアー中では異例としか言い様ない早さで準備が進行し、
リハーサルとなった。
が、何にも起こらないわけがないなーと心の奥で思っていたらやっぱり問題が。
照明が灯ると音響にノイズがのる問題が発生。
これがやっかいで結局電源ノイズなのか他の原因なのかわからないまま、
リハーサルは終了。あとは時間との勝負となった。

試行錯誤するものの原因はさっぱりわからない。
もうダメか、このまま我慢してやるか、と思っていたところ、
中国音響スタッフのハンさんがケーブルを一部短絡するとノイズを消すことができることを発見。
もうハンさん大手柄!
問題のあるケーブルをすべて半田で短絡して問題は解決!

公演は雨も止み、
野外というシチュエーションもあってとてもいいものになった。
公演途中からも音を聞きつけてか、
お客さんはどんどん増加の一歩だったし
ラスト近辺には大半のお客さんがステージ前まで詰め寄せて
えらい騒ぎになる始末。
とてもうれしかった、ほんとに今日はできてよかった!!

2000/5/2
東莞市長安公演。

東莞市は中山市と珠江をはさんで反対側に位置する都市。
移動はそうかからずに二時間ほど。
途中、珠江をわたるときにかなり大きな橋を渡った。
昨年、長江を渡ったときもすごく川幅のある川だなと思ったけど、
この珠江も同じように反対側が見えないほど広い川だった。

天気は昨日に引き続き悪い。
小雨がちらつくどんより曇り空。

到着したホテルはこれまた立派なホテル。
部屋から見渡す町は大通りが立派に整備されている。
が、空が曇っていてぱっとしない印象になってしまっている。
今日の公演はまたまた野外らしいのだが大丈夫かな。

と、しばらくすると雨が。
また昼過ぎのスコールかとおもいきや、
全然止む気配無し。

先に会場入りしていたスタッフ達も引き上げてきた。
無論雨が止んだら公演は行うつもりだが、
どうも舞台が大理石でできているらしく、
ぬれていると危険とのことで、
雨が止んで、且つステージが乾いたらとの条件が付いた。

雨は止むどころかどんどんひどくなっていく。
まだ昼間だというのにもう夕暮れ近くの暗さになってしまった。

そして公演の中止が決定された。

夕食のとき、部屋でTVがついていたのだけど、
番組やCMに混ざって今日の公演が延期になったことを伝える画面が何度も出た。
そうか~、こうやって知らせるのが一番早いよな・・・・・・
え? 延期?
なんどか現れる画面(無論中国語だけど、意味はなんとなくわかるから)を
読んでみると、
どうも「今日の公演は雨で14日に延期になりました。
だからチケットはそれまで持っててね」
というような内容に読める。
延期って、14日って、僕ら帰国は8日なんだけどー。

夜、雨なので出歩きもせず、
仕方なくホテルのバー(兼喫茶店)にいくと、
えらく流暢な日本語を話す人を発見。
中国人にしては上手いなぁと言っていると、
なーんだ日本人だそうな。
もう数ヶ月こちらに出張しているそう。

この方に中国での生活(内容はいろいろね(含笑))について聞かせてもらう。
いやー、いろいろあるみたいだわ、中国生活がながいと。

2000/5/1
中山市公演。

中山市は一昨日滞在した佛山市の南に位置するところ。
ということは、再び昨日走った道を逆送することになる。
とても長い道のりになる。
僕達はまた6時間弱、路上の人となった。

昨晩遅かったせいもあり、
車中ではほとんど寝ていた。
バスがよくなったので1人で2人席を占めてごろ寝。
といっても体は窮屈に折り曲げないといけないので、
寝にくいことこの上なしなんだけど。

中山市は香港にかなり近いせいもあってか、
街の様相は都会そのものかと思ったけど、そういうわけでもなく、
小さな村があつまって大きくなって、
衛星都市になって・・・というような感じで、
きれいなマンションがならんでいるかと思ったら、
突然専門店街があったり、
突如エビ(だとろうと思う)の養殖池が並んでいる地帯があったり、
旧態然とした中国の町並みがあったり、、、、
となんだか脈絡がなく見えた。

ホテル(金島酒店。なんだか「金」という字の入るもの好きみたい)にチェックインし、
今後の段取りを聞くが、的を得ない。
なんでも今日は北京、香港、そして我々日本代表の3者5歌手が揃っての
合同イベントだとか。
とくに北京からはたぶん軍楽隊の方なんだろうけど、
国家一級の資格をもつ女性歌手が2名も登場するそうな
(なんだか国家一級とか聞くとある漫画を思い出すなぁ)。
いままで公演をやるばっかりで、
ここ現地の方々の公演を見たこと無かったのですごく楽しみ。

結局段取りは二転三転し、
我々が会場入りしたのは午後5時を大きく回ったころだった。
普通の公演ではもうクリティカルな時間になる。

が、時期がわるかったのか、ちょうどいま、
この辺りは雨季にはいったところで、
突然のスコール(ほんとスコールって感じでざざーーーっと夕立がやってくる)に見舞われ、
ステージの準備はほとんどすすんでなく、
ステージ上に屋根をつくっているところだった。
そう、今日は野外。
会場をざっとみまわすと5000くらい席がある。
大げさに言うとFUJIロックフェスの小規模版みたい。
こりゃー、ぜひやりたいやりたい!!

ががが、、この屋根というのが、
そう、中国で簡易な足場とかを組むのには竹をよくつかうようなのだけど、
この屋根を支える支柱などなども全部竹製。
だいじょうぶなのか、すこし心配。

控え室でリハーサルを待っていると、
雨はひどくなる一方で、おまけに雷まで鳴り始めた。
舞台設営中には主催者たちがブタの丸焼きのお供えまでしてたのに。。。。
どうなることやら、先は見えない。

そんな雨の中のろのろと準備はすすみ(すでに気の早いお客さん達も集まり始めていた、この雨なのに!!)、
なんとかリハーサル(サウンドチェック)まではこぎ着けた。
が、雨はひどくなるばかり。

ついに僕達も決意し、用意した舞台上の機材を撤収することに。
その時!!!
簡易なビニールシート+竹の屋根は、たまった雨水の重みに耐え切れずに崩れ落ちた!!!
僕はまさにその時舞台上で撤収を手伝っていたところだった。

「崩れる!!」

だれかの悲鳴にも近い声を聞き、即座にその場を放棄して安全な方に逃げた。
屋根はメリメリと音を立てて崩れ、
真中部分が落ちてしまった!!

右往左往する中国スタッフ達。
僕達ももう危険から逃れるのが精一杯。
なんとか残りの機材も回収し、
このままでは埒があかないと見て、会場を去った。

結局その後どうなったかというと、
雨もましになったのと、
お客さんが大分集まってしまった(かなりチケットは売れていたみたい)ので、
イベント自体は続行していた。

中国側から我々もせめて顔見せだけでもしてほしいと懇願されたので、
生のバンドは無理だから、
カラオケで歌うということにして、再び会場入りしたのだった。

中国一といわれるその国家一級をもつ女性歌手(トゥさん)はすばらしい歌声だった。
それ以外が聞けなかったのが非常に残念。
もし悪天候に見舞われなかったら素晴らしいイベントになったのは間違い無かっただろうなと思うと、
くやしくてならない。

僕達も舞台に上った。
舞台上からは一面に埋まったお客さんの顔顔顔が見える。
あぁ、ほんとにくやしい。
この舞台でやりたかった・・・・・・・・・。

改めて、
これは中国と日本の風習の違いだから仕方ない面もあるんだけど、
やっぱり中国での公演には危険がかなりつきまとう。
いくら気を配っても見えない部分もきっとある。
自分の身は最後には自分で守らないといけないことが、
今更ながらはっきりと身にしみた一日だった。

Home > Archives > 2000-05

Search

Return to page top

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。