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小川洋子 – 猫を抱いて象と泳ぐ

まずタイトルがすごく素敵。「猫を抱いて」という部分だけでもうっとりしてしまう(猫好きです)のに、さらに「象と泳ぐ」。いったいなんのことか?と思ってしまうほどメルヘンなタイトルだけれど、ちゃんと意味があって(当たり前か)、チェスと少年のお話。

チェスというものの駒の動かし方や遊び方を知っていても、その世界にこれほど深遠な、宇宙的な世界、文化があったとは知らなかった。将棋や碁などももちろんそうなのだろうけれど、これらがもっと自己探求的、禅的なイメージを感じるのに対して、チェスはもっと音楽的な耽美的な退廃的なイメージを感じる。これはヨーロッパのものだからだろうか?物語のなかで対局を描くシーンで詩的な、音楽的な描写が見られるからそういうイメージを抱いてしまったのかもしれないけれど、たしかにそんな風なのではないかとイメージしてしまう。

「美しい棋譜」。ああ、いったいそれはどういうものなのか!考えるだけでわくわくしてしまう。そしてチェスの対局は決して争いではなく、美しい音楽と同じように相手の駒の動き・考えと呼応して生み出すハーモニー、旋律である、と。勝つか負けるかではなく、どのような棋譜を残すのか(過程)が大事である、というところは、書かれた楽譜をいかに演奏するか – 作曲者の意図そのままだけではなく演奏者たちの気配りとそれぞれ少しの自己主張、聴衆と演奏者の期待と主張のバランス、その場限りでしか存在しないものへの挑戦 – に似ていると思う。

この物語のおかげで非常にチェスとその文化、人々に興味をもってしまった。

象というのが少年(物語では大人になっていくけど)にとってのかわいそうな、そしてある哲学(大きくなることは恐ろしいこと)の対象として登場するけれど、この象というのはチェスでいうところのビショップ(僧正)のもともとの姿だとか。そして猫を抱くというのは実在した「盤上の詩人」と呼ばれたアレクサンドル・アリョーヒン(アレヒン)の姿だそう。

アレクサンドル・アリョーヒン

アレクサンドル・アリョーヒン

文集文庫 2011

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