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2012-08

kumiレコーディング

春先だったか?にもデモレコーディングしたKumiのレコーディングが昨日、今日とありました。

フルート吹いてるの巻(photo by 島田さん)

フルート吹いてるの巻(photo by 島田さん)

全部で6曲予定の中、5曲に参加したのだけれど、見事に楽器バラバラ(笑)、テナーとソプラノ、フルート、クラ。曲は新曲と新アレンジもあったものの知ってる曲がほとんどなので、楽チンでした。しかも場所はなじみのBig Appleだし。なじみのメンバーとなじみにお店、んで近藤さんとだったらなんでも愉快って感じ。

今回もアレンジを担当した島田さんがおもしろいホーンアレンジをもってきてくれたので、新鮮でよかったなぁ。木管と金管、いろんな組み合わせで意外な音がでたりするのがやってても楽しい。でもどれもうまいこといったかどーかはミックスできてくるまではわからないー、楽しみだけど。

貴重なショット?クラ吹いてまふ(photo by 島田さん)

貴重なショット?クラ吹いてまふ(photo by 島田さん)

このバンド、スースーハーは10/13にBig Apple でライブありますよ。

ライブは10/13ですよ

ライブは10/13ですよ。ポップでアヴァンでときどきすごくじゆう。

奥田英朗 – 最悪


こんなタイトルだし、えらく分厚い(600ページ以上ある)のでどんな話なんだろうと読み出したけれど、これが面白くて、しかもタイトルどおり主人公たち(3人の群像劇である)が転がり落ちていくので、いや面白いというより「どうなるんやろ?」感が強く、一気に読んでしまった。いまひとつなにもやる気がおきずだらだらと退屈な日常をすごす青年、変化のない毎日が少し憂鬱な女子銀行員、そしてこつこつまじめに仕事に追われる町工場の社長。最初の青年はさておき、女性行員と町工場のおっちゃんは実際にそのへんにいそう。

それぞれがちょっとしたことから巻き込まれるトラブルや人間関係の隙間などから日常を少しずつ逸脱していく。そしてそれらがやがて結びつく・・・これだけ分厚い本だと散漫になりそうなのに、ぜんぜん退屈するところがない。また3人が介する(2人でもいいが)ときにそれぞれの視点から同じシーンを描くのだけれど、それがまたリアルな感じで、ひとつの物事を立体的に見せ、物語に奥行きが出来てゆく。ああ見事。

最悪といえば最悪だけれど、最低なことにはなってなくてよかったが、ほんとのほんとに最悪になるような感じでもよかったな、と思わなくはない。読んでるほうは気が滅入るだろうけれど。

とくに同じ自営業だからか町工場のおっちゃんの気持ちは痛いほどわかる。明日はわからない身だもんな。身につまされるな。

講談社文庫 2002

2012.9月のスケジュール

■■ リーダーライブ ■■

9/8(Sat) 武井4
大阪 心斎橋 COMODO 06-6258-8088
20:00~ 2,300
[メ] 武井努(Sax)、堀智彦(Pf)、井上幸祐(B)、斉藤洋平(Ds)

■■ その他のライブ ■■

9/5(Wed) たけタケ
神戸 三宮 Big Apple 078-251-7049
19:30~ 前2,300/当2,500
[メ]清水武志(Pf)、武井努(Sax)

9/6(Thu) たけタケ
寝屋川 萱島 OTO屋 080-6126-1529
20:00~ 2,500
[メ]清水武志(Pf)、武井努(Sax)

9/9(Sun) Words Of Forest
神戸 三宮 Big Apple 078-251-7049
19:30~ 前1,800/当2,000
[メ] 森本太郎(Ds)、清野拓巳(Gt)、三原脩(B)、武井努(Sax)

9/10(Mon) 生島~武井DUO
高石 Re楽xs 072-266-8839
19:30~ 1,000
[メ]生島大輔(Pf)、武井努(Sax)

9/13(Thu) 権上康志5
神戸 六甲アイランド シェラトン 神戸ベイ スポーツパブ アリーナ 078-857-7040
19:00~ 1,000
[メ] 権上康志(B)、木畑晴哉(Pf)、武井努(Sax)、大野こうじ(Gt)、 光田じん(Ds)

9/16(Sun) 福原タカヨシ
大阪 大正 サレガマ 06-6555-0239
詳細後日
[メ] 福原タカヨシ(Vo,Gt)、土本浩司(B)、武井努(Sax)

9/19(Wed) MITCH
大阪 梅田 ニューサントリー5 06-6312-8912
Live Time 19:50~20:30/21:00~21:40/22:10~22:50 1,800
[メ]MITCH(Tp,Vo)、永田充康(Ds)、武井努(Sax)、時安吉宏(B)、杉山悟史(Pf)

9/20(Thu) Satoko(Vo)
武庫之荘 Mクアトロ 06-6433-3126
19:50~ 2,500
[メ]Satoko(Vo)、清水武志(p)、武井努(Sax)、西川サトシ(B)

9/22(Sat) 荒崎英一郎(ts)岡野正典(ds)BIG BAND
明石 POCHI 078-911-3100
19:30~ 2,000
[メ]ランディー・コナーズ(as)、古谷光弘(ts)、武井努(ts)、荒崎英一郎(ts,arr.)、内藤大輔(bari)
菊池寿人(tp)、渡辺勉(tp from 名古屋)、長山動丸(tp)、ジェームズ・バレット(tp)
今西佑介(tb)、佐竹寛美(tb)、太田健介(tb)、中山雄貴(tb)
布施明仁(gt)、枡田 咲子(p,arr)、岡野正典、中西さん(b)

9/23(Sun) チャーリーニーシオ
和泉の国ジャズストリート
和泉中央駅ステージ 15:35~
投げ銭制
[メ] チャーリーニーシオ(Vo)、村上剛(Pf)、三夜陽一郎(Ds)、武井努(Sax)ほか

9/24(Mon) 武井~野江Duo
東大阪 八戸ノ里 BAR 蓄音機 06-4307-0080
20:00~ 1,500
[メ]野江直樹(Gt)、武井努(Sax)

9/25(Tue) しげのゆうこ(Vo)
大阪 北新地 Mr. Kelly’s 06-6342-5821
19:30~ 前3,500/当4,000
[メ]しげのゆうこ(Vo)、武井努(Sax)、牧知恵子(Pf)、萬恭隆(B)、橋本現輝(Ds)

9/26(Wed) E.D.F.
大阪 芦原橋 studio & cafe MAKE 06-6562-3294
19:30~ 2,500 (1drink付)
[メ] 清水武志(Pf)、西川サトシ(B)、光田じん(Ds)、田中洋一(Tp)、武井努(Sax)

9/27(Thu) 小濱・武井テナーサミット 2012
名古屋 栄 jazz inn LOVELY 052-951-6085
19:30~ 前1,800/当2,000
[メ]小濱安浩(Sax)、武井努(Sax)、藤井浩樹(Pf)、徳田智史(B)、倉田大輔(Ds)

9/28(Fri) MITCH
大阪 淀屋橋 ROYAL HAT 06-6204-1327
20:00~ 1,000 & チップ制
[メ]MITCH(Vo,Gt)、武井努(Sax)、TAKU(Gt)、時安吉宏(B)、永田充康(Ds)

9/30(Sun) しのMINT
大阪 芦原橋 studio & cafe MAKE 06-6562-3294
19:00~ 前2,300 / 当2,800(1drk付)
[メ] 大倉詩乃美(Vo)、清水武志(Pf)、折笠誠(Perc,Chello)、武井努(Sax, Fl)、林三菜子(B)

重力ピエロ – 伊坂幸太郎

ずいぶん前に読んで感想かかずにほったらかしにしていたので、忘れたけれど、ちょっと読み返すと思い出すし、ぱらぱらめくって斜め読みしても、伊坂さんの書くセリフってどれも気が利いてるなぁ。

血が半分だけ繋がっている兄弟のお話。弟の春(はる)は不幸な出生の秘密をもっている。街に出現するグラフティーアート(落書きというひともいるかもしれない)と謎の放火、レイプ、いろんな問題がハルを悩ませる。それらの謎解きが兄に意外な事実をもたらす。

相変わらず話のもっていきかた、意外すぎる落としどころが見事。映画化されたけれど、それは見ていない。

やっぱり感想って読んですぐ書かなきゃだめね。

新潮文庫 2006

野沢尚 – 破線のマリス

あるテレビ局のニュース番組の特集コーナーの映像を編集する凄腕の主人公遠藤瑤子。彼女がつくりだす映像は視聴者に問題を提起し、想像力をかきたてさせ、テーマとなる事件に彼女なりの考えを訴える。いろいろ問題は起こったとしても、あまりにも圧倒的な彼女の映像の力は、局内でもなかなか強く責めうるものではなかった。

しかしある事件にまつわる一本のビデオテープが持ち込まれたことから、彼女は追い詰められていく・・・・

現在いろいろ報道の偏りや情報統制、倫理などが問題になっているが、メディアの力は絶大。短い時間であっても繰り返せばあるイメージを視聴者にあたえることができる。真に客観的、平等、虚構なき報道ならば大丈夫だが、いろいろな圧力、思惑により、メディアはまっすぐであるとは到底いえないとおもう。しょうもないバラエティーならいざ知らず、ニュースやそれに並ぶ報道番組ではかなりキケンな兆候。

解説で郷原さんも引用しているが

「テレビジョンは現実そのもので、直接的で(中略)こう考えろと命令してくる。正しいことであるはずだ。そう思うと、正しいように思われてくる。あまりにもすばやく、あまりにも強引に結論を押し付けてくるので、誰もがそれに抗議している余裕はない。ばかばかしい、と言うのがせいぜいで」

なるほど、その通りかもしれない。だから正々堂々とウソ(タイトルでいうところのマリス=虚構)をつかれてしまうと、メディアの前の人間はそれがどうであるのか、考えることができない。それでも、最近はネットのような別メディアによって、違う角度からテレビメディアをけん制する動きもでてきたが、思っているほど大きな力(まんべんない層に届いていると思えない)にはなっていないようだし、さらに最近のテレビはウソをつくかわりに「わざと報道しない」という方法をよくとっているような気がする。

でも当たり前か。テレビや新聞もそうだけれど、ありとあらゆる情報が書かれていると勘違いしがちなネットでさえ、”書きたい人がある意思をもって書いたこと”のみ存在しているに過ぎないということ。

講談社文庫 2000

重松清 – 流星ワゴン


重松さんの描く物語はちょうど僕ぐらいの男の人の悲哀に溢れている。作者本人がというわけではないだろうけれど、ちょうどこれぐらいの年齢の、いろんな立場にいる男の人が共通に持っているであろう、もう若くはないということへの諦め、ずっと心の底に隠していた過去の失敗、夢見ることへの少しの落胆、などなど、まだまだ先は長いけれど、振り返ってみてもだいぶ来ているような気もして、いままでの、そしてこれからの人生に迷うひと時、そんなものを描いているんだとおもう。実際身につまされるというか、じんわり実感することが多い。

この本は子供の受験失敗による荒れ、妻からの突然の離婚発言、そして自身のリストラにより生きていくのが嫌になってしまった、38歳の夫の話。もう死んだほうがましだ、とおもった彼の前に止まったワインカラーのオデッセイ。誘われるままに乗り込むと、そこには同じような年齢の父子が。彼らは主人公にとってたいせつな場所に連れて行ってくれるという。そしてそのたいせつな場所で出会ったのは、自分と同じ年齢の父親だった・・・・。

いろんな形の父子関係が描かれる。どれもうまくいってない。それは男同士だからか、はたまた家庭の形のせいなのか?

解説で斉藤美奈子さんが『XY – 男とは何か』(エリザベート・バダンテール)を引用している(そのままさらに引用)

「十九世紀半ばを過ぎて工業社会が実現すると、過程は新しい相貌を帯び始めた。男性たちは一日中、工場、鉱山、オフィスなど家庭の外で働かなければならなくなった。都会に住む家族の父親と子どもとの接触は著しく減り、父親は子どもの目には、なにかわけのわからない仕事をしている遠い存在になってしまった。(略)その50年後には、世界は、交流のまったく無い異質な領域に二分された。母親が管理する家族という私的な領域と、男だけの国である公的な職業の領域である」

なるほど、その通り(おおまかには)。いまでは当たり前とおもっている現在の社会における家族のありかたは、よく考えると非常におかしな形だ。両親と子どもがそろうときというのは一瞬だ。あとは勝手ばらばら。子どもが大人という存在のあるべき形を学習できなくて当然だし、親は子どもの姿を見失ってしまう。でもこの状態を当たり前で、これでなんとかなる(なってもいないが)と思い込んでしまっていることが、一番問題なのかもしれない。これを読むまで僕自身もあまり疑問に思っていなかった。

親のことが嫌い、子どものことがわからない、これはもしかしたら当たり前で、あまりにも短い共有時間では何も分からないし、ましてや年齢の違う、立場も違う男同士というのは理解しあえないのかも。時間をかけないことには。

解説で重松さんもこんなことかいてるけれど、ふと父が自分と同じ年齢のときはどうだったか?または子どもが自分の年齢のときにどうなってるのか?ということを想像したら、少し両者の距離は縮まるのでは、と。もっともっと男同士だから理解しあえる”朋輩”になれるんでは、とおもう。難しいかもしれないけれど、たしかに単に遠い存在である父が(ぼくは子どもいないので)、自分と同じ年齢の存在のときどうだったかと考えると、少しだけ近い人物像になるような気がする。

父子関係を考えさせられる、寂しいけれど、すこしあったかくなる物語。

講談社文庫 2005

宮部みゆき – 震える岩

宮部さんの歴史もの。赤穂浪士がネタ。ふつうのひとには見えないものが見え、聴こえるという不思議な力をもつお初が、ふとしたことから関わった「死人憑き」(死んだ人がよみがえる)の事件を発端にそこから数々の謎を呼び寄せる。そしてその先には、赤穂浪士討ち入り事件の陰が・・・・

時代物でちゃんとその時代の空気感をかもし出しているのに古い感じがしないのは、宮部さんさすがという感じか。逆にいうと車とか電気とかそんなもの出てこないのに、現代劇風の感触で読めるので、時代物といってもへんなひっかかりがなくていい。

武士のあるべき姿として日本人が好み、褒め称える、忠臣蔵として描かれる赤穂浪士の討ち入り事件だけれど、あだ討ちのことだけクローズアップするとそうだけれど、あの平和な時代(1703年だそう。江戸幕府がひらかれてから100年後、5代将軍綱吉のころ)にあっては、武士が武士である意味、怖さというものが人々の心から忘れられていきつつあったご時世に、武士側からいえば武士の存在の意義を世に示した事柄、そうでない人間たちには武士の恐ろしさをおもいださせた出来事だったよう。

だから、もしかしたら、純粋に吉良家と浅野家の間でのあだ討ち、ということではなく、武士の世界がそういうことが起こるように仕向けた、また、その立場に立たされた、吉良も大石蔵之助および赤穂浪士たちも、世間に対してそうせざるを得なかったのではないか(そう追い込まれた)、という、すごくおもしろい方向からの見方をしていて、なるほどな、とおもった。悲しい話かもしれないけれど、当時は必要に迫られ起こったことだったのかもしれない。

講談社文庫 1997

Corner Pocket Final

ほんま楽しかったです

ほんま楽しかったです

4日夜、コーナーポケット(CP)でのぼくのリーダーカルテットのライブにお越しいただいた皆様、本当にありがとうございました!とても楽しい夜でした。お客さま、メンバー、そしてお店のおかげでいい演奏ができたなーと思っています。

MCでもいろいろだらだらしゃべりましたが、CPは僕にとってとても特別な場所なのです。なので、昨夜のライブも同じことを他の場所でやるよりもやたらと緊張していました、まぁ毎回そうなのですけど。もちろん自分のライブをできるのはこれが最後っていうこともありましたが。

CPとはもう24年くらいの付き合いです。まだ学生でろくに吹けないころから出入りさせてもらって、先輩諸氏に混じってセッションしたり、音楽を仕事としてからもそれほど数は多くないもののライブもやらせてもらってきました。そしていつもあのカウンターの隅からマスターに「さっさとやれー」とか「もっとやれー」と言われたり、怒られたり、励まされたり、何かと可愛がってもらったし、かーちゃんは何かいいところを見つけて褒めてくれました。そういったひとつひとつの小さなことが今の自分の土台となっているんだと思います。

だからCPで演奏することは、自分のいまの位置というか状態というか、自分にとって自分がどこまできたのかな?と確認できる場所だと感じてきました。なにも出来なかった頃から比べたら多少ましになったような気もしていますが(笑)、昨夜もまだまだ未熟であることを痛感したし、そう感じることができるということがとてもうれしいです。

思いっきり自分のやりたいことをやって、それを聴いてくれる人たちがいて、喜んでくれるかーちゃん、ねーちゃんがいる、そんな空間がなくなってしまうというのはとても寂しいことだけれど、なんかこのところ「そういうもんなんだ。何事も順番やねんな」と思うようになってきて、このライブの最中もこれで最後やなーとかは全然思わなかったです。やる前は「途中で泣いてしもたらどうしよー」とかしょうもないこと考えてたんですが(笑)。小前くんも言ってたけれど、まったくお店がなくなるって感じしないです。

そうそう、昨夜無題のままで持っていった新曲、仮のタイトル”CP”と言いましたが、このタイトルでいきたいと思います。やっぱそんな思いで作ったから。さすがに”コーナーポケット”とは付けられないし(笑)

なんか思いを全然うまく書けません(汗)まぁこれから残りひと月ほども何かにつけてお店に顔をだそうと思ってます。また思うこと変わってくるかもしれないのですが、いまただただ心から思うことはこのひとことです。

 

ありがとう、コーナーポケット。この夜のことは一生忘れません。

(おまけ)

だらだら呑んでしゃべるの巻

だらだら呑んでしゃべるの巻

記念撮影

記念撮影

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