辻仁成 – ダリア


久しぶりに辻さんの、鋭いというか、感覚が研ぎすまされたというか、少し冷たい、そう、悪徳の美のような印象をあたえる物語だった。ダリアと呼ばれる男がやってきたことからじわじわ変化して行く幸せだった家庭。あとがきで辻さんはある日みた窓からの光景が彼に何か大いなる啓示をあたえ、それを記録しておこうと記した小説だそう。だから、物語も脈絡がないわけではないけれど、辻さんが可能な限りその想像の翼を広げ、細めた眼の隙間から見える光景を克明に、しかも出来るだけ素早く記録した、というような感じがする。

だからとくに物語としての感想はない。あるのは与えられた印象。どうしようもない運命の誘惑に巻き込まれ、抗いながらもそれに甘んじてしまう感覚。ダメだという倫理観を破壊してしまう甘美な匂い。まさに悪徳の美。視覚的でも触覚的でもなく、それらを飛び越えて心や身体の隙間に入り込んでくる言葉で表し難い感覚・印象。それらが同時に、立体的に、四方からやってくる感じ。一瞬の中にある永遠の、そして繰り返される時間。

気をつけないと、溺れてしまう。

”人は生涯覚めながら見る夢の中にいる、とわたしは常々思っている。でも、その思っている私が誰か、そのことを、もう次の瞬間のわたしは、わすれつつある。”

新潮文庫 2012

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