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江國香織 – 落下する夕方

rakkasuru

江國さんの小説はいつどれをよんでもハッとさせられるのだが、このお話も最初からぐっと掴まれたというかハッとして、その最初の主人公と同じような切ない気分のまま読み進んでしまって、とても胸が苦しかった。でもそれは嫌な苦しみではない。

8年も一緒に暮らしていたのに、ある日突然出て行くと言いだした健吾。それは新しく好きな人ができたからだという。ところがその好きになったという華子が元彼女である梨果のもとへ押しかけてきた。華子は不思議な魅力の持ち主で、梨果は華子の同居を許すようになる。一向になびく気配のない華子、華子を追いかける健吾、健吾と終わったことを理解しつつも求めてしまっている梨果、梨果に妙に懐き梨果もその居心地が悪くない、という奇妙な三角関係ができあがる。行くも引くもできない関係。いっそ憎めてしまえば楽なのに。

考えるとものすごい状況なのだけれど、そうあまり感じないのは、江國さんの淡々とした文章だからか。やがては崩壊していく予感があるものの、それはいつどこからとは分からず、もしかすると何も怒らなければ小康状態を保って安らかにあるような状況、そんな日常がつづく。ひたひたと迫る不安ではなくて、このままおかしくも安穏がいつまでもつづくような、クリーム色の春の日差しや、透明な秋の夕方や、静かな冬の夜のような時間。これらは大人の恋ではなくて、子供がもつような執着心、情けなさ、恥ずかしさか。

あとがきでも江國さんは「これは格好わるい心の物語でもあります。格好わるい心というのはたとえば未練や執着や惰性、そういうものにみちた愛情」と。なにかどきりとさせられる。

その同じあとがきで江國さんはこう書いている「私は冷静なものが好きです。冷静で、明晰で、しずかで、あかるくて、絶望しているものが好きです」と。あ、そうか、と合点がいく。江國さんの物語をよんでいていつも感じること、そして僕が好きだなあと思うのもこういうところだったのか、と。もちろんつむぐ物語そのものもだけれど、なにか無茶苦茶な、激しくうごめくようなことが表現されていても、文面はしずかに進行していてそれらは行間に存在している。それらがすごくコントロールされている感じ、そこがすごく好きなのだと。

角川文庫 1999

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