いかりん

2011.2.11 横浜ゲーテ座

昨日3月15日、音響エンジニアの、いかりん、こと、猪狩裕之さんが亡くなった、という知らせが届いて、いまだに呆然としている。僕やピアノの清水さん、E.D.F.まわりでも猪狩さんという名前を知らない人が多いと思うけれど、僕たちの作品を一緒に作り上げてきてくれた方なので、名前を知らなくても猪狩さんの音に触れてくれている人は少なくないと思う。「E.D.F. / E.D.F.」「たけタケ」「Takeshi plays Takesh / 清水武志ソロピアノ」「Takeshi meets Takeshi / 渋谷毅・清水武志」「Sea Of Clouds / E.D.F.」「All The Pretty Little Horses / sotoko」などを一緒に作り上げた人。

でも言うほど猪狩さんと一緒に時間を共有してきた訳じゃない。これらの6枚のアルバムの制作といくつかのフォロークラブレコード作品などのマスタリング、東京行った時にちらっと顔合わせたり、そういえばコーナーポケットが閉店する間際にたけタケ+えみよろ(溝口恵美子・萬恭隆)でやったライブにふらっとやってきたこともあった、ぐらい。どれも濃い時間だったと思うけど、すごく短い時間。

なのにこうまで猪狩さんが僕の心を占めるのは、きっと、ぼくが彼の音がとても好きだから。顔を合わせた時間は短くても、猪狩さんの音に触れた時間は途方もなく長い。未だにふとCDを聞きたくなって聞く。そこには猪狩さんしか出せない音がある。

猪狩さんの音は優しい、それ以上に聞き心地がすごくいい。ウェットすぎるという人もいるかもしれない。昨今聞いた瞬間のインパクトや録音自体の音の良さなんかが大事にされてる傾向を感じるけど、猪狩さんの音はそういうのとは全然違って、もちろんいい音なんだけど、まさに音楽と感じるところ。いくら衝撃的でかっこよくても一度しか聞いてもらえない作品はかわいそう。猪狩さんの作品は放っておいたら一日中鳴っててもちっとも嫌にならないし、ずっと横に居てくれる感じがする。そんな音は猪狩さんだけ。

そして何より猪狩さんに録ってもらうとどういう音になるのかが想像できるので、すべてお任せだった。「これこれこういう編成のこんなアルバムで、こういう雰囲気がいいねん」ていう説明だけで「了解」と言ってくれ、どんな場所でどんな条件の録音でも、最後には猪狩さんの音になる。なので録音もミックスも好きにやってもらう。すると時間はかかっても思っていた/思っていた以上の音が生み出されてきた。いい意味で個性的まさに猪狩さんの音で。BLUE NOTEがヴァン・ゲルダー・サウンドなら、僕たちの作品はイカリ・サウンド。

よく覚えているのは、E.D.F.のファーストアルバムのレコーディングが終わって、ミックスとマスタリングを横浜の猪狩さんの家兼作業場にしにいったときのこと。狭い空間に大の男が3人、猪狩さんがミックスしてくれた音を聞きながらあーだこーだ言って作業をしてたのだけれど、やがて作品が仕上がっていくにつれてその音が気持ちよくなってきてしまい、3人とも寝てしまう。音が終わって、はっと気づき「ああ、気持ちよくなって途中で寝ちゃった」とか言いながらまた最初から聞くんだけどやっぱり寝てしまうw なんでこのアルバムは「最後まで聞けないアルバム」と名付けてたw

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今から20年前、E.D.F.の最初のスタジオレコーディング作品である「E.D.F.」の制作を中津の三和スタジオでやったときに、清水さんが以前から東京や横浜で親しくなっていた猪狩さんがエンジニアとしてやって来てくれた。専門は音響なのだけれど録音やミキシングもやってくれるということだった。

僕の多くない経験でもレコーディングエンジニアという仕事は、限られた時間できっちり仕事をしないといけないし、わがままなミュージシャンに振り回されるし、最初から最後までずっとモニターの前に座って常に神経を使うし、音や音楽に厳しい方やプライドの高い方もいる。現場が戦場みたいな雰囲気になるときもある。逆に淡々とクールに仕事を進める人もいる。でも猪狩さんはそんな感じじゃなくて、たまたまふらっとやって来た親戚の電気オタクのおじさんという感じで、演者とそれを録る人という関係性じゃなくて、演者側に立って一緒に何か面白いことやろーや的なトーンで居てくれて、緊張感溢れやすいスタジオもまるでどこかの居間の様な雰囲気にしてくれた。

「たけタケ」「Takeshi plays Takeshi / 清水武志ソロピアノ」を同時録音するのに横浜のゲーテ座を紹介してくれたのも猪狩さん。ゲーテ座ではE.D.F.の3枚目も録音した。渋谷清水の録音のときには機材一式軽バンに積んで大阪まで来てくれた。電気、無線、カメラなんかが好きというまさにオタクの男の子がそのまま大人になったようなひと。ジャズとタバコが好き。お酒も。いろいろ笑って、たまには無茶もして。

この先もまた一緒に作品を作ってもらえると思ってたのに、もう新たなあの音に出会えないのかと思うと、悲しい、というより無性にやるせない。寂しいよ、猪狩さん。

もっともっと書きたいこと、思い出もあるけれど、今夜は猪狩さんの音に包まれて過ごします。

本当にいろいろありがとう、猪狩さん。安らかに。ありがとう。

少し猪狩さんの音が聞けるものを貼っておきます。

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