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乃南アサ

涙 – 乃南アサ

上下巻あり、結構長い小節。

昭和40年前後、東京オリンピックが開催された頃、主にそのころの東京、そして宮古島(当時はまだアメリカ占領下)が舞台。婚約相手の刑事が何かの事件に巻き込まれて突然失踪してしまい、その理由を求め、彼を探し歩く主人公萄子の姿を描いた長編。

何よりも昭和っぽいものが好きなので、話の合間に差し込まれる時代背景の描写、街の風景なんかがとてもうまく、物語の時代性、あの頃の日本の空気感を描けていて、物語に立体感が生まれていると思う。別にストーリーとしてはいつの時代でも良かったんだと思うのだけれど、あえてこの時代設定にしたのは、当時の人間が感じていた日本の広さ、琉球の遠さ、まだ日本人たちがもっと奥ゆかしかった、そんなものを描きたかったから、かな?

長編なので、謎が深まっていくあたりは楽しいのだけれど、それを意固地なまでに追求しようとする萄子の姿が、途中痛いたしく、さらには苦々しく、嫌気がさすようなところまでいってしまうのだが、時間とともに微妙に変化していく彼女の心理の、その微妙な変化の具合の描き方が見事だと思う。

諦観、浄化、うまく言葉で書けないようなラストの主人公たちの、体を食い破られるような気持ちがひしひし伝わってくる。悲しい物語だ。

新潮文庫 2003

乃南アサ – 暗鬼

愛されて望まれて幸せ一杯の結婚をした主人公法子。最初は旧家の大家族の中にうまく溶け込めるか心配であったのだが、あまりにも穏やかで仲のいいその家族に好感を持ち、自分もその輪の中に早く溶け込みたいと真に願う。が、何かがおかしい。実際はそうではなく恐ろしい場所なのではないか、と、疑心暗鬼になりそうになるが、それでもいやいや違うと心を改め再び家族になろうと努力していく・・・が・・・。

ここでは家族を題材にしてるけれど、何かの小さな団体、集団なんかにも同じようなことがあるはず。それらにはそれらの中ではごく普通だけれど、外から見ると異常/異様なことがなにかしら存在する。家の中ならちょっとした食事の習慣やら生活の習慣なんかがそれにあたる。でもそれがとてつもなく異常なものであった場合、はたしてそれを拒絶するべきなのか、それとも受容してその輪の中にはいるべきなのか。後者を選べたならそれは幸せといえるのかもしれない。

ここで描かれている家族はかなり異様だ。のろわれているのかもしれない。けれども彼らは彼らの論理で真剣に生き、社会との接点も正しく持ち、貢献もしている。しかし一般社会常識からはかなり逸脱したシステムをもつ。実際気色悪いと思えてしまうのだが、その中に入り込めれば/溶け込めれば、幸せと思えるのだろう。

文春文庫 2001

乃南アサ – 死んでも忘れない

タイトルが怖い。どんなことを「死んでも忘れない」のか。なので内容も怖いのかなと読み出し始めると、これまた不幸な事柄が絶妙のタイミングで連鎖し、個人の力ではどうしようもない、取り返しのつかないどん底へ落ち込んでいく家族が描かれる。実際こうなりうるようなリアルな設定が、読者を物語に引き込む力をさらに与えているよう。

痴漢の冤罪、いま注目されているもののひとつ。男にとってこれは実際恐ろしいもの。社会における自分を守るため、家庭や家族を守るため、誰しもこの男のような判断をするに違いない。でも、その間違ってはいないはずのやさしさが、時に家族の、人との溝を生み、それがあっという間に取り戻せない深さになってしまう。怖い。

家族の間で、人との関係のなかで、やさしさや、立場、タイミング、いろんな要素が刻々と変わっていくなか、ちょっとしたずれが生み出す不幸の連続。言葉の足りなさが生む誤解、やさしさゆえに口をつぐむことにより生じる誤解、言葉にできずに生じる誤解。人のうわさの恐ろしさ。どこにでもあることが何を生み出してしまうかわからないこの世。こわい。

「死んでも忘れない」この意味は物語を読む人にのみ明かされる。

新潮文庫 1999

乃南アサ – 団欒

「団欒」という、その言葉から想像する場合は、どちらかといえば和気あいあいとしたような、あったかいような、幸せな雰囲気を想像させるものであるのに、この5編からなる短編集はまことにもってゾッとする団欒、家族、恋人たちの模様が描かれている。普通に転がってる題材をこうも人間の負の部分を、また気持ち悪くなくさらっと描ける乃南さんの文書にまたまた脱帽。面白いもん、気持ち悪くても。

”だって家族なんですものね”という言葉ですべてのプライバシーというものがない家族を描く「ママは何でも知っている」、極度の潔癖症と整理整頓だけにすべてを奪われてしまう家族を描く「ルール」、ゲームをするかのように築き上げていた子どものままの世界がわずかなほころびから崩れ去ってしまう「僕のトンちゃん」、実際にありそうな(そしてあったら非常に怖い)、そしてすごく悲しい家族模様を描く「出前家族」、そして死体と一緒に暮らしてしまう表題である「団欒」。

あぁ、どれもシュールすぎる!

新潮文庫 1998

乃南アサ – 窓

「鍵」という小説の続編にあたるそう。先にこっちから読んでしまった。でも登場人物や背景は同じでも違う題材なので、前後しても大丈夫。

聴覚障害のある人というのはいまは身近にはいないが、昔は少しつながりがあったのだけれど、彼らの気持ちや考えていることなんて意識したことなかったし、耳が不自由なことってのは単に耳がふさがった状態だ、という認識ぐらいしかなかったけど、聴こえないということでどれほど不自由な生活、コミュニケーションの難しさ、社会システムからの孤立、人々の無理解、なんかがあるのかということの考えを改めさせられた。自分が・・・と思い描いてみても想像しきれない。

そんな障害によって社会からはじかれた存在と、甘やかされ育ちうまく社会適合できない若者、彼らは立場はぜんぜんちがっているけれど、もしかすると同じ気持ちをもってしまうかもしれない。どう生きていくかによって違いは出るけれど、世間からは同じように扱われてしまうかもしれない。

いまの(といってもこの本が書かれたのはもうずいぶん前だけれど)社会の、とくに核家族化した社会のひずみ、ゆがみと、障害をもつものの世界を見事にリンクさせて、人とのつながりがどうあってほしいのか、ということを考えさせられる本だった。

講談社文庫 1999

乃南アサ – 5年目の魔女

やっぱこういう女性心理の暗い側面を描かせたら乃南さんてほんとうまいというか、凄いな。景子と喜世美、2人の女性の切っても切れない関係。それは縁というものではなく、執着や怨念やらいうものを感じてしまうほど。はっきりいって、こわい。きっと女性にしかわからない女性だけが感じる女性の怖さ。それらがまざまざと描かれている。

魔女的な女性っているけれど、実は見てわかるようなものはほんとじゃなくて、誰しもが幾分かずつもってる性質なんじゃないかな?

新潮文庫 2005

乃南アサ – 6月19日の花嫁

記憶喪失にからむミステリー。主人公が自分の過去を捜していくストーリー。はたして6月19日とは何の日であるのか?

乃南さんのものとしては軽めですいすい読める感じ。仕掛けも複雑じゃないし、どっちかいうと単純なストーリー。相方の男の心情が日記形式でつづられるのが変わってるかなーって感じかな。

それほどインパクトはつよくなかった。

6月19日の花嫁

6月19日の花嫁

乃南アサ – 幸福な朝食

これがこの人のデビュー作だとは・・・・強烈すぎ。何作か読んでるけれど、どれも人間の心理の微妙さ、エグさ、グロさ、そんなものを実に明白にインパクト 大で描いてるので、読んでいてしんどくなったりもするのだけれど、それ以上に物語がおもしろいし、先の読めない、でもちゃんと落ち着くそんなストーリーが 見事で、読んでいてまったく飽きない。

子供の頃は周囲とは一線を画して器量よしとして生まれた主人公はその美貌を一番役立てられる仕事 として芸能界を目指そうとするが、彼女にうりふたつな女性が先にデビューをしてしまう。そこから起こる二番煎じとしての悲劇。何をしてもぱっとせず、あの 人に似ている”だけ”の人になってしまい、そこで抱いた心の傷により違う人生を選んでいくのだが、悲劇の運命は彼女を手放したりはしなかった・・・

と ても才能があって、その才能と同等の才能があるひとがいて、片方が先に明るみにでたとき、もう片方がどうなってしまうのか。そんなこと考えた事なかったけ れど、それがこの物語のような姿形に関わること(つまり自分とは切っても切れない)であったばあい、後者はどんな心境になるのだろうか。また芸能人であっ たばあい、もし自分にそっくりな人が、とくに女性であれば、その女性としての幸せを満喫している自分とそっくりの人間がいるとしたら、どう思うのか。想像 するにもしきれない世界。

でもそんなことを身を切り刻むかのような描写をもって、主人公の苦悩とそれゆえの人生の変遷、そして自己崩壊してしむようすを隠す事なく描き上げているもんだから、ほんと読んでてしんどいのだけれど、でも面白い。この人、すごすぎると思う。

幸福な朝食

幸福な朝食 – Amazon

乃南アサ – パラダイス・サーティー

彼女の作品はなんだかすっごいリアルで違和感なく読めるのがおもしろい。

30を目前にした2人の女性(一人はOL、ひとりはオナベ)が主人公。30前に二人とも大きな恋愛をするのだが、それがどうもうまくいかない・・・というような話なのだが、ま、それよりも、OLのほうの女性像がもうとっても「イーーーッ」となるタイプで、読みつつなんども「なんとかせー!」と突っ込んでしまって大変だった笑

30を越えてしまってからでは、なんだかあまりもう「もうすぐ30だぜ。どうするんだべ?」的焦りの感覚ってのは薄れてしまったけれど、誰しも少しはなんだか焦りを感じるものなのかな?よく考えたら29も30も実質上は25と26の差と同じなのにね。なんかへんな節目つくってしまうよねぇ、とくに日本人って。

結局話的にはあーあとなってしまうが、ほんのりうれしげな気持ちをもらえる本でした。

新潮社 2003

乃南アサ - パラダイス・サーティー(上)

乃南アサ – パラダイス・サーティー(上)

乃南アサ - パラダイス・サーティー(下)

乃南アサ – パラダイス・サーティー(下)

乃南アサ – ヴァンサンカンまでに

これが15年前に書かれた本だったとは読み終えて解説読むまでまったく気が付かなかった。それほどまでに話の中で描かれている世界の新鮮さというか普遍さ、いや、いまだからこそよりリアルに感じられるそのストーリーに、ただただ感心してしまう。

いい恋、いい結婚、いい男とは何?どこにあるもの?それを追い求めるというのは、それ自体がバカなことなのかもしれない。そこには「いい」「悪い」という尺度なんてものはないはず。それに気づかずに、単に「いい」というものを形から追い求めると・・・

なんて考えさせられる、作品でした。一気読み。

新潮社 2004

乃南アサ - ヴァンサンカンまでに

乃南アサ – ヴァンサンカンまでに

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