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東日本

4年て何日ですか?

20150311

誰だって忙しい。やりたいことも、やらなければならないこともたくさんあるのは分かってる。でも、たった1分でいいから、想像して欲しい。いま、まさにいま、同じ時間をそう遠くないところで寂しい思いをして過ごしている人が少なくなくいるってこと。ちょっとぐらいいいじゃない、仕事さぼったって、何かを中断したって。今でなくてもいいから。今日という日のどこかであれば。今日でなければ意味をなさないことがあるんだから。

もしそんなこともできないというのなら、許されないというのなら、なんて貧しい心だろう、なんて貧しい国なんだろう。大切なことを忘れてさせてしまったそんな国はいずれ崩壊してしまうだろう。何か難しことをしろと言ってるわけじゃない。別に何かを背負えってっ言ってるわけじゃないし、分かち合わなければと言ってるわけでもない。そんなことできっこない。どんな物事もそれを経験した人以上に感じることなんてできない。立場を入れ替えたとしても、それが何かの解決になるわけでもない。ただ単純に、まっすぐ、思いやりたい。いや、やりたい、という言葉が違うなら、そう、思いを寄せてあげたい。具体的に、物理的な何かの行動をできなくても、そうやって思いを寄せることでできることはきっとある。それで心安らぐことがあると信じてる。自分が傷ついているとき、手を差し伸べられなくとも、どこかで祈っている人がいるってことを、見てくれてる人がいるってことを、感じられたら、少しは気持ちが楽になるんじゃない?

だからちょっとだけでいいから想像してみて。あなたが、ある日突然「今住んでいるこの家を出てください。手に持てる分だけ荷物もって。さあ早く!」といわれて、知らない土地にある四畳半のアパートに連れて行かれる。周りは知らない人ばかりだし、便利なところでもない。そこで4年いつづけるってこと。そしてそれがいつ終わるかわからないってこと。もともと住んでたの家はあるのに。

または、住んでいた町が綺麗になにもなくなって、そこに新しい街を作ろうとしている。でもその土地へ戻るのにまだ2年も3年もかかりそうだ、もう4年も待ったのに。それに、たとえ戻れたとしても親しかった隣の人が戻ってくるとは限らない。住み慣れていたはずの街が違う街に見えてしまうかもしれないという不安。

もっと想像してみて。いまのあなたなら、そんなことたいしたことない、耐えてみせる、打破してみせると思えたとしても、いまあなたが70歳だったら?80歳だったら?歩くことが心許ない立場だったら?

ぼくたちは明日という日を信じられるから、今を楽しんでいられる。どこかに自分にとっての拠り所が、帰る場所が、戻る部屋がある、という幸せがある。それは誰もがもてるはずのもの。この国では、この間までは。でも、明日がどうなるのかわからない、いくらか先になれば陽がさすようになるかどうかもわからない。そんな先が見えない中での、仮の住まい、仮の仕事、仮の姿。「仮」だらけのそんな足元不安定な状態が4年続いて、自分ではどうしようもない状態って、どんなだろう。そういうとき助けになるはずの国は、自治体はなにしてるんだろう。国って、自治体って、誰?

被災地の現場はみんな、とても一生懸命にやってる。頑張ってる。それは知ってる。なんとか早くこの状態を改善/解決しようと必死になってる、と思う。とても困難な場所での仕事も進めてる。でも、現場はそうでも、その舵取りするところがバカだったら?教えられた話と、書かれた数字だけで物事判断してたら?ましてや自分の損得だけで動いてたら?砂場でお城つくるのにショベルカー買ってきて、それで土砂積み上げて「いい感じでしょう?」とか言ってたら?

国は復興を加速するんだというよくわからない台詞を吐く。加速したら復興するものなの?きみたちが復興といっているものは見える形があるものだけなのか?それでもいいから加速するというなら、東京でやるとかいってる何かの大きなイベントに割いてる力をもっと向けるべきじゃないの?というか順番間違ってるんじゃない?いやいや、復興あっての国の成長、国の成長なくして復興なしでしょう、経済あっての復興でしょう、というかもしれない。そりゃぼくたちは国が築いたシステムの中で暮らして行けてる。でも国を形作っているのはシステムじゃない、人間と土地でしょ?システムを維持するためだけのシステムというのは結局誰も救えない。でもそうなってきてるように見えるのは僕だけ?

きっとみんなで、なんとなく効率よく、都合良く、つぎはぎだらけでもなんとか機能してるシステムをあまりに大きく育ててしまったがために、それを操作してる/されてる人間はそのシステムの末端がどうなってるか見えない/見なくてもいい、と思ってるんだろう。あと、ネットとか一見便利そうなツールが与えられたおかげで、そこを覗けば何でも見て知ることができると勘違いしてるんだろう。肝心なことはあんな小さなモニタ越しには伝わってこない、そんな当たり前のことも忘れるほど。

だから、今日だけでもいいから、そんな色眼鏡は外して、普通に当たり前の感覚になって、手を休めて、モニタから顔を上げて、窓を開けて、遠い空を眺めて。復興とかに関わって大きな仕事してる人でも、勉強中の人でも、ぜんぜん関係なく夕飯を作ってる人でも、なんでも誰でもいい。ちょっと想像する。それで救われることはあるし、ちょっとはまともな方向に向くかもしれないから。そう信じてるから。

4年て何日ですか?何回ご飯食べましたか?何回笑いましたか?何回泣きましたか?何度家のドアを開けましたか?知人の子供はどれくらい大きくなりましたか?あなたはどれくらい変化しましたか?

4年て何日ですか?

the longest friday

 

2011.3.11

きっといままでで一番長い金曜日だった。

誰もが忘れ得ない、そんな一日だった。

あれから2年。

それぞれの人にそれぞれの、同じ長さの月日が流れていった。

でも、いまもなお被災地に暮らす人たち、

やむなくそこから離れたひとたち。

僕らとかれらの上に降り積もったものは、どれぐらい差があるだろうか。

差、という言葉で表すべきことではないかもしれないけれど。

 

 

結局何もできなかった。

いや、してこなかった。

僕も含め、そういう思いを持つひとはたくさんいると思う。

時間的なこと、物理的なこと、

その他にも仕方ないことがあって、と、

いいわけしたくなることもあるだろう。

 

でもそれを気に病むことはきっと、ない。

きっと手を差し延べるときがやってくる。

だってあの金曜日は今なお続いているんだから。

 

阪神の震災からも、もう18年。

あの日々は忘れない、忘れられたくない。

何も大きな災害だけじゃない、

遠い国々のことは難しいかもれしれないけれど、

この国で起こった身近なことなら、

きっとそのこと、その渦中にあった/ある人たちのことを想うことはできる。

一番さみしいのは、忘れられること。

 

 

だから黙って今日は心を差し延べる。

言葉にするとうまく伝わらないように感じるから。

思い出す。考える。想像してみる。

ちいさなことだけれど、とても大切なことだと思いませんか?

2013.3.11

一年経って?離れた場所から

今これを書いているのが3/11の午後2時すぎ。一年前の午後2時46分に誰も想像しなかったような大震災とそれに伴う津波、そして原発事故が起こった。そのときぼくは梅田にあるライブハウスでリハがそろそろはじまるなーと準備していた時だった。「昨日の酔いが残っているのか?」と感じるようなふらふらした感じ(地震とは思えなかった)を覚え、ふと天井を見るとシャンデリアが大きくゆっくり揺れていた。長周期震動?!身に危険を感じて外に飛び出てみると架線もゆらゆら。大きな地震なのか?手元の携帯でワンセグを見ると地震の一報。食い入るように画面を見ているとそれに続く津波の映像。あまりにもショッキングで現実とは思えなかった。

それから一年、またたく間。報道やネットで流される情報に驚き、悲しみ、ときには微笑んだりした。地震が落ち着いてくると、そこからの復興・再建が叫ばれるようになった。しかし自分も被災地のために何かしたいなと思う気持ちはあっても、被災地から離れた場所に住んでいるものに何か具体的にできることがあるのかはちっとも分からなかったし、いまも分からないまま。

身の回りにはボランティアに行く人も少なくない。ボランティアでなくても被災地を訪れて何かしようと考える人もたくさんいる。僕自身も何度か行ってみようと思ったけれど、結局行けてはいない。行くことが怖かったのもあるけれど、何が出来るのだと途方に暮れてしまいそうだし、何をしても「そうじゃない」と思ってしまいそうだったのもある。だから被災地の人々の力になれたらと思う気持ちはあっても、一時の大きな気持ちで動き回ることより、今は長い時間をかけて見て、想って、そこから無理なく継続していける何かをしていきたいと思っている。小さくてもいいから続けていくこと、それが大事なのかな、と思う。言い訳/逃げ口上かもしれないけれど。

被災地のほとんどは復興や再建という言葉にはほど遠い状況。今まさに手を差し伸べる必要があるものごともあるけれど、長い時間をかけて手を携えていく必要があることはもっと多いと思う。だから一年経った今日、何か力添えをしなければ思っているみなさん、一年という節目を迎えて気持ちを新たにしていることと思いますが、これからは急いで大きな力を注ぐことより、自分の出来る範囲で、いまなら出来るなと思ったときに無理せずできることだけする、そう思うといいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

この国はちいさな国。そこにたくさんの人が住んでいる。そこでの東日本大震災はとてもとても大きな出来事。だからみんながこのことに思いを寄せ、気持ちを分かちあえている、少なくともそうできている世の中だと思える。でもしばらくはこんな気持ち、空気を忘れていたように思う。でもほんとうはこんな悲惨なことがなくても心を一つにできた国であったんじゃないかと思う。それがこの国の持つ素晴らしいところのひとつだったはず。同じ山や海を見、同じ風を感じ、同じ歌で涙できる、そんなひとびとの集まり。いまのこの想いを持ち続けていくこと、それがいま僕たちに一番必要なことかと思う。

 

分かち合おう

こんなポスターです

東北・関東大震災から数日たって、だいぶ様子が見えてきましたが、混乱はひどく、関東や東北での計画停電もあって、各地で(驚くことに遠い関西でも)一部の人間による買い占めが起こっているようです。Twitter上でもこれが話題になり、「買い占めやめよう」運動が広がりつつあります。

そんな中でデザイナーのTakamasa Matsumoto氏が上記のポスターを制作されました。物資不足のいま、なるべく被災地にモノを届けなければなりません。被災地外のひとたちが何気なく使う日用品ですが、それがどのくらいの人に有用かをわかりやすくデザインしていると思います。

ぼくもこの運動に賛同します。「買い占めはやめよう」

オリジナルの画像?http://ow.ly/i/9cxt/original |印刷用PDFはこちらhttp://ow.ly/4fqKO

3/11 M8.8 東北地方太平洋沖

昨日宮城県沖でM8.8(宮城では震度7を観測)という日本での観測史上最大の地震が発生した。揺れによる被害も不明なまま、その後広範囲にわたって太平洋側の海岸を襲った何度もの津波により、太平洋に面する街々は甚大な被害を被っている。一夜明けた12日、TVに次々にうつる映像は、絶句してしまうものばかり。

神戸の震災のときを思い出す。あのときの感覚がよみがえってくる。関西にいる僕たちはすぐには何もできなくて悔しい。いまは静かに祈ることだけ。

この寒空の下、被災した方々、そしてそれを心配する人たち、救助や復興に奮闘する人々に平安と励ましを。どうか一人でも多くの人が救われますよう。

Off the coast of Miyagi Prefecture yesterday M8.8 (in Miyagi observed seismic intensity of 7) was the largest earthquake in recorded history of Japanese.?By shaking and damage remain unclear, the tsunami that struck several times and then extensively in the Pacific coast, facing the Pacific towns have suffered serious damage.?12th dawned overnight, TV footage to pass from person to person, things end up just speechless.

I remember when the Kobe earthquake.?When that feeling comes back to me.We are not immediately Kansai shame any longer.?Now I can only pray quietly.

Under the wintry sky, the people who were affected, and those who worry about it, peace and encouragement to those who fight for relief and reconstruction.?As many people will be saved even one person, please.

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