野沢尚 – 破線のマリス

あるテレビ局のニュース番組の特集コーナーの映像を編集する凄腕の主人公遠藤瑤子。彼女がつくりだす映像は視聴者に問題を提起し、想像力をかきたてさせ、テーマとなる事件に彼女なりの考えを訴える。いろいろ問題は起こったとしても、あまりにも圧倒的な彼女の映像の力は、局内でもなかなか強く責めうるものではなかった。

しかしある事件にまつわる一本のビデオテープが持ち込まれたことから、彼女は追い詰められていく・・・・

現在いろいろ報道の偏りや情報統制、倫理などが問題になっているが、メディアの力は絶大。短い時間であっても繰り返せばあるイメージを視聴者にあたえることができる。真に客観的、平等、虚構なき報道ならば大丈夫だが、いろいろな圧力、思惑により、メディアはまっすぐであるとは到底いえないとおもう。しょうもないバラエティーならいざ知らず、ニュースやそれに並ぶ報道番組ではかなりキケンな兆候。

解説で郷原さんも引用しているが

「テレビジョンは現実そのもので、直接的で(中略)こう考えろと命令してくる。正しいことであるはずだ。そう思うと、正しいように思われてくる。あまりにもすばやく、あまりにも強引に結論を押し付けてくるので、誰もがそれに抗議している余裕はない。ばかばかしい、と言うのがせいぜいで」

なるほど、その通りかもしれない。だから正々堂々とウソ(タイトルでいうところのマリス=虚構)をつかれてしまうと、メディアの前の人間はそれがどうであるのか、考えることができない。それでも、最近はネットのような別メディアによって、違う角度からテレビメディアをけん制する動きもでてきたが、思っているほど大きな力(まんべんない層に届いていると思えない)にはなっていないようだし、さらに最近のテレビはウソをつくかわりに「わざと報道しない」という方法をよくとっているような気がする。

でも当たり前か。テレビや新聞もそうだけれど、ありとあらゆる情報が書かれていると勘違いしがちなネットでさえ、”書きたい人がある意思をもって書いたこと”のみ存在しているに過ぎないということ。

講談社文庫 2000

野沢尚 – 魔笛

野沢さんの本は「深紅」以来かな。ほとんど読んだことがないのだけれど、犯罪とか組織とか人のもつ狂気とかそんなものを浮き彫りにするイメージがある。この「魔笛」、タイトルからぱっと思い浮かぶのはモーツァルトの曲とかハーメルンの笛吹き(両者とも物語の中で出てくる)とか暗いイメージのものだけれど、さてこれが物語のタイトルとしてどう作用するのかなーと読み進むと、なるほどなるほど魔笛か。

とあるテロ的な爆破事件にちらつくカルト的宗教教団の存在。以前教団が起こしたとされる事件により教団は解体され管理され、教祖や大半の主だった幹部は逮捕されていた。にもかかわらず教祖の死刑判決が出たその日におこった爆破事件。ちいさなヒントから事件の真相を追うひとりの警察官。彼(と彼の妻)が解き明かしていくその先には、教団と公安と警察の暗い三角関係があった・・・・。

いやー、面白いです。大きな力をもった組織はその存在理由もだし、組織や力の維持のために自分の力を無理につかうことってきっとあるのだろうけれど、実際に起こった事件(ここではオウムの事件)を題材に、国や公安、そして警察といった組織が何を考えて動き、どう絡み合うことがあるのかということを分かりやすく見せてくれた物語だと思う。そういう意味で脚本家として名を馳せた野沢さんらしいドキュメントとフィクションの間ぐらいの、リアルさのあるドラマという風に読めた。カラクリも面白いし、設定がいかにもありそうでいい。細かなディティール(爆弾やら仕掛けやら)もはっきりしてるし。

結局いちばん魔笛に操られているのは誰なのか?魔笛をなんと捉えるかにもよるし、操られることが悪なのか、操られているほうが楽なのか、いまの社会とくに日本の現状を考えさせる作品に思えた。折りしもオウムの事件は16年前、その直前に阪神大震災があった。あれ以来カルト的な宗教組織はみなナリを潜めているし、反体制なものもいまはあまり力がない。人々はみんな忘れている。でもそんなタイミングでまた何者かが力の復興を願ったら・・・・。怖いことが起こらなければいいが、なんて思ってしまう。

講談社文庫 2004

野沢尚 – 深紅

なかなか凄い設定のミステリー。ある一家惨殺殺人事件を中心にその犯人の娘と惨殺された一家の生き残りの娘の生きる姿を描く。人を殺す・殺されるということは、いったいどういう経緯から生まれるのか、それを背負った家族はいったいどう生きていくのか?そんなこと想像すらできないし、考えたこともない。

現実には毎日のように人が死んでいく。報道ではその事実のみしか伝えはしないが、その向こうに被害者と加害者、そしてそれに翻弄されるのであろう数多くの人がいるというあたりまえのことをいまさらながらに思い知らされた。きっと事件の数よりその人数のほうが圧倒的に多いと思う。

怖い、ただただ怖い。

講談社 2003

野沢尚 - 深紅
野沢尚 – 深紅