とても分厚いので、少し読書モードでなかった時期に読んだために時間がかかってしまった。でも時間がかかったのはそれが理由だけでない。じっくりと話を噛み砕きながら読みたかったから。それほど、内容の濃い、複雑な、いい話だった。
書 き方自体もすごく不思議な構成になっていて、各章がそれぞれ登場人物の一人称でつづられていく。物語の最初は登場人物たちの関係がどんどん描かれていき、 ラストに向かうにしたがって各人の一人称的な描き方になっていく。最初はあちこち話は飛ぶし、一人称が変わっていくので話についていきにくいのだけれど、 そのジグソーパズルのように散らかった話が、どんどん結びついていって、まとめあげられていく構成は見事だった。そしてなんといっても物語の端々に登場人 物たちの台詞(とくに独白)から辻さんの考えがひしひしとつたわってくるのが、とてもいい。
老映画監督が抱える戦時中のトラウマ、兄の元 恋人への恋心に悩む弟、その恋人が抱える兄への断ち切れない思い、広島原爆投下の下見中に捕虜となったアメリカ兵の自分の行為への懺悔、その息子が抱える 日本社会で生きる異人の苦悩。そんなものたちが複雑に絡まりながら、やがて、生きていくこととは?死ぬこととは?老いるとは?なすべきこととは?などな ど、考えても果てのない誰もが抱く人生に対する疑問を浮き彫りにしていく。決して「こうである」と明快に答えをだせるものでないけれど、登場人物たちのな かにそのヒントというか答えの一端を探す事ができる、と思う。
そして日本人たちにいまだに影をおとす戦争とはいったいなんだったのか?も う直接しるものは少なくなってきたにせよ、その次の世代の人間もやはり影響をうけている。それは一体なんなのか?原爆はいったいなんだったのか?そんなこ とへの問題提起的な小説にもなっていると思う。すぐ隣にあることだけれど、普段は意識していないものごとが目の前におかれた感じ。
こんな長い小説のレビューなんて簡単にかけない。消化に時間がかかりそう。でもすごく読み応えあってよかった。辻さんの作品のなかでも好きな部類。刹那的でないのが珍しいような気がする。