最初に手に取った伊坂さんの本は「ゴールデンスランバー」だった(同名のThe Beatlesの曲が好きだから)のだけれど、このモダンタイムスは同時期に書かれた作品だそう。彼の作品は最初のものから順番に読んだほうがいいのだということに気づいて順番に読んできて、ついにここまできた。
なんでも実行してしまうし気まぐれだし突飛な洞察力がある恐ろしい妻を持つ主人公渡辺。彼はシステムエンジニアなのだが、ある日優秀な先輩社員・五反田の失踪が元で請け負った仕事が首を突っ込めば突っ込むほどよくわからないシステムの改修であり、やがてその秘密に気づき、その真相に近づこうとする。するとそれと同期するかのようにまわりの関係者になにがしかの害が及ぶ。一体どういうことなのか?
相変わらず良く練られたプロットですぐには話の全体像が見えないし、いつまでたってももやもやした部分があったり、謎掛けのような感じであったり、伊坂さんの本はほんと飽きない。途上人物はそんな多くないけれど誰もがちゃんと意味ある存在(しかもそれらが複雑に絡んでたりして)あって面白い。でもその中では主人公の妻が異色な感じ。ストーリーには直接関係ないのにいろいろ関わってくる感じがなんか新しいパターンのような気がする。一番のキーマンは気まぐれでつけたのにしては面白すぎる名前の友人の作家「井坂好太郎」。彼が作中で書く作品にこの「モダンタイムス」自体の意味が投影されているような感じ。
一貫してテーマは、本当のことは隠されている、知るために行動するには勇気がいる、ということのように読める。そして個人と国家の関係。国家というような大きなシステムの前に個人ができること/なすべきことは何なのか?。インターネットがツールとして頻繁にでてくるが、今現在でも思うのだけれど、無限に広がるネットの世界、検索すればどんな情報でも入手できそうな気がするけれど、それは錯覚だ。ネットに載っている情報はいい情報も悪いものでもすべて「誰かが載せたくて載せている」情報だけ。すべての情報があるわけでは当然ないのにみんなそう思い込まされている。圧倒的な情報量とスピードで考える余地を与えない。目の前で起こったことより「ネットに記載されているウワサ」のほうが真実味を感じさせてしまうこの感覚の逆転。本当のことはどこにも記載されていないかもしれないということすら分からない。すごく危険な状態にはいりつつあると思う。
また時代設定も魔王・砂漠の少し先。徴兵制が敷かれていたりして、だいぶ国の様相が変わっている。伊坂さんは近未来は決して明るい方向に向かっているわけではないと、暗に提示しているような気がする。そのとおりの気がするのが怖い。
講談社文庫 2011
こんばんわ。伊坂さんの作品、私も大好きです。
私の出会いは「ラッシュライフ」でした。
武井さんのブログを読んで、また一からすべて読み直したくなりました。
多田さん
こんばんは。ぼくは「ゴールデンスランバー」からでした。Beatlesが好きなのでタイトルに惹かれたのです。「ラッシュライフ」もいいですよね。伊坂さんは何冊か読んで「これは一作目から読んだ方がいいな」と思ったので「オーデュポンの祈り」からスタートして発表順に読んでます。やっとこさ「SOSの猿」まできました。ぼくもまた一から読み直したいです。また違って感じるでしょうしね。