頑固でまじめで、気が短くて、伝統的な落語を愛する主人公・落語家今昔亭三つ葉。二ツ目で売れるでもなく売れないでもなく、悶々とした日々がつづく。ひょんなことから彼に話し方の指南をしてもらおうというものたちが現れる。テニスコーチを落第しかけている若者、話し方教室でむすっとしている小娘、クラスでいじめられている(本人は喧嘩しているというが)男の子、そしてマイクの前でうまくしゃべれない野球解説者。彼らはみんな悩みを抱えていてそれが元になって口をきくのが難しくなっているらしい。ゆっくりつきあいながら彼らの悩みに巻き込まれていく三つ葉はその持ち前のまっすぐな性格から彼らの悩みの解決に奔走する。
結構長い物語で、話もじわじわとしか進まないのだけれど、そのもどかしさの中だからこそ三つ葉のまっすぐな性格が際立っている感じ。落語のことはとんと知らないけれど、はっきりとした説明があるわけではないのに、その世界にすっと入って行けるあたりこの佐藤さんの上手さかな。言ってしまえば単純な物語なのに、ずんずん読んでしまう。三つ葉のあたふたする感じや頑固なところ、まっすぐなところを見ていると勇気が湧いて来たり、ほろりとさせられたり、その人となりにどっぷり浸かれる。でも実は物語の芯は三つ葉の恋物語なので、遅々として進まない感じが、それはそれでいい感じ。ああもどかしい!
江戸落語の、古い東京文化圏の感じがきりっとしていて気持ちいい。ちゃきちゃきしている三つ葉の祖母もいい感じ。そしてこの三つ葉の師匠である小三文がおもしろいキャラクター。落語はめっぽう上手いがそれ以外はめちゃくちゃ。このあたり田中啓文氏の「笑酔亭梅寿謎解噺シリーズ」の梅寿師匠を思い起こすなぁ。落語の師匠たちってこんな感じなんかなw
「本の雑誌が選ぶ年間ベストテン」第一位
新潮文庫 2000