25

気づいてみると、この2026.4.1で音楽生活が丸25年になりました。四半世紀。数字で見ると長い年月ですが、感覚的にはあっという間の25年でした。

遡ること26年前、2000年の今頃、エンジニアとして働いていた僕に転機になるような申し出があり(会社内の)、それを受け入れるかどうかを数日悩みました。そしてその時の僕は大胆にも「実は辞めたいと思っているのだ」とその時の上司に伝えました。びっくりされましたが、実は言った僕もびっくりしました。考えていたことではあったけれど、口にすると取り返せないような事でしたし。もちろんこのままあと何十年か同じ門をくぐって働いていくのも悪くない(仕事は楽しかったです)と感じていたけれど、それよりも一度きりの人生、一度は音楽の世界に、音楽に関わることに、自分を賭けてみたいという思いが強くなっていた時期でもあったのでこの言葉が出たのかなと思います。

そこから1年、いろんな仕事を片付けていったり引き継いでいったりし(結局残った仕事を退職後2年ほど外注としてやらせて頂いて、非常に助かった)、2001年の4月に音楽家へと転職しました。7年しか働いてなかったのに辞める直前の3月は毎日のように大なり小なり送別会をしてもらって嬉しかったです。毎日朝から会社に行く生活でなくなったら、毎朝近所の喫茶店にモーニング食べにいって優雅に過ごすのが夢でしたが、会社行かなくなったら途端に学生の時のような昼夜めちゃくちゃな生活になり、その夢はいまだに達成されてませんw

エンジニア時代も少しは音楽をやってましたが(E.D.F.は学生の時からずっと)、転職して自称音楽家になったと言っても何の礎も後ろ盾もないものですから、いきなり演奏や仕事があるわけではなく、あちこちセッションやライブに顔を出すこともしてましたが、30代は若い頃知り合った仲間とバンドばっかりやっていました。UNITED SOUL HORNZやSabrosura Del Sonidoなどで本気でメジャーになってやろうとか考えてました。そしてせっかくサックス吹いてるのだから好きなジャズだけではなくその他の音楽もやりたい/やれるべきと考えていろんなところに首を突っ込み続けたおかげで、たくさんの人と出会うことができて本当に助けられました。THE MICETEETHに出会って手伝うようになったのも30代半ばでした。

ほとんど遊んでいたような気がする30代が終わり40代に入ったころからようやく演奏でなんとか食べられるようになって、自分のリーダーセッションやバンドやサポートなど毎日のように演奏する機会に恵まれるようになってきました。すると面白いことに明日の演奏のために生活をちゃんとしたほうがいいと考えるようになって(音楽家にしては?)割と早寝早起き、できるだけ自炊する(まあお金もなかったし)ような生活へと変わっていきました。自炊すること自体はどうやら好きなようで、そのおかげか病気やケガすることもなかったです。行動範囲もどんどん拡がって、いろんな方のおかげで全国各地へ赴くことも多くなり、毎日が刺激的で楽しかったです。しかし音楽的にはまだまだでしたから、練習はもちろん、知らなければならないこと勉強すべきことが山積みでした(今でもですが)。でも日々の演奏や共演者からたくさん学ばせてもらいました。音楽に関しては現場叩き上げが性に合ってるようです。ピアニストの清水さんとE.D.F.やその他の作品を自主制作・発表するためにレーベルを立ち上げたのもこの時期で、順調に作品を発表していきましたが、40代のうちに自分の作品も出せたらなあと思っていましたが思っていただけではダメでしたねw

そしてあっという間に50代に入ってしまい、その途端にコロナ禍が訪れ、音楽をやっていくことがどうなってしまうのだろうという時期もありましたが、それも数年経って元のような感じに戻ったように見えます。が、音楽家や音楽界(とくに生で音楽を鑑賞するような世界)は随分変化したように感じます。ネットの発達によってたくさんの未知の音楽や偉大な過去の遺産に触れられるようになったのはとても嬉しいことですが、逆に(意識的にではないにせよ)ローカルなもの整理しにくいものが存在しにくくなった、なんでも比較され、整理され、本来順位のないものに順位のようなものがついているように感じさされるようになった気がしています。言葉で表すのは難しいですが、厳しくありつつも自由でおおらかであるべき音楽の世界が、窮屈に整理される世界であることが正しいことのように錯覚しそうになる時があります。正解がないのが素晴らしいことであるはずなのに、あたかも正解があるかのように/正解を求めるべきと錯覚させられるのは怖いことです。ふと気づくと自分らしさを失っているのではないかと毎日の演奏をしながら怖くなることがあります。

もう50代も半ばを超え、自分の名刺になるようなものを未だ作れず(50年代初頭には考えてメモとかいろいろ作ってた)ここまで来てしまっていますが、なんとか日々の中から少しずつ形作れたらと今は考えています。はっきりと体力や肉体的な面、そして頭の回転の衰えを意識するようになってきましたが、サボらず諦めずに己をより一層鍛えていきたいと考えています。そして自分ができること/表現したいこととは何かというのが最近少し整理できてきた気がします。それらを具体化するのが当面の目標であり、この25周年中にできたらなと思っています。

最後に。いつもたくさんの刺激と楽しい演奏の時間を与えてくれる音楽仲間の皆さんに、演奏を聴いて喜んで下さる皆さんに、演奏の場所や機会を与えてくれる皆さんに、応援・支えてくださる皆さんに、安らぎと面倒事を与えてくれる猫たち(故猫含む)に、亡き父、母そして近しい方々に、サックスをはじめ手にする楽器たちに、先人たちが遺してくれた偉大な音楽たちに、このたまらなく音楽を愛する心に、感謝します。音楽に出会えて本当によかった。これからも己に負けないように精進して参ります。己とは何者なのか、それを求め続けようと思います。みなさま、今後ともよろしくお願い致します。

2026.4.5
武井努

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