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2008-05

宮尾登美子 – 天璋院篤姫

実はこういう時代物というか、日本の歴史ものを読むのははじめて。もともと多分そんなに得意でないので、どうだろうと思って読み出したのだけれど、ちょう ど江戸時代末期の波乱に満ちた時代の話である事もあって、ぐんぐん引き込まれた。現在NHKでやっている大河ドラマ(ほとんど見てないが)とは大分印象が 違う。幼なじみうんぬんな話はでてこないし。

また、はるかな昔に社会の授業でかすかに聞いた覚えのある(笑)ような、桜田門外の変、戊辰戦争などなど少しはなじみのある史実がでてきて、へー、あの話はこんなときのことなのかー、と思えるのも楽しい。

13 代家定以降の徳川家の人々やその流れ、篤姫自身の人となりの考察もすばらしいけれど、やはり大奥の描き方が見事かと。いまの時代ではまったく考えられな い、かなり複雑なシステム。それによってゆがむ人と人の関係。そこには上に立つものの喜びよりも苦しみがたくさんあらわれる。

でもそん ななか、そして徳川家の瓦解への不安な時流、異国の侵攻、ひとつの大きな時代の流れの終焉のなかにいて、薩摩藩とはいえちいさな分家から大奥の御台所と なった人間のつよさ、それゆえの哀しみ、軋轢、意地と意地のぶつかり、そんなものが浮き彫りになっていて、想像の中でしかないが、そういう時代に生きると いう事、しかも大奥という中で生き、時代に翻弄される身であること、そんなもの大きさに圧倒されてしまう。

関西とくに京都では篤姫は悪 くいわれる事がおおい(14代家茂の正室は京都の天皇家からもらったが、篤姫というか大奥つまり武家の家風と相容れず、公家風であったため、いじめられ て、結局は夫もうしない京へもどったため)らしいが、この本を読めば、どっちもどっちというところか。それが大奥でなければ、この2人の女性の運命もち がったはず。

今から350年ほど前、いったいどんな時代だったんだろな。

上下巻、かなりのボリューム。
講談社 2007

新装版 天璋院篤姫(上)

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新装版 天璋院篤姫(下)

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マイティ・ハート

近年の911からの流れでつづくテロ(といっても、どれがテロなんだか、実際はわからないけれど)。それらを追うジャーナリスト夫婦。ある日、その夫があ る高位の指導者へのインタビューを行える事になり、約束の場所へ出て行ったきり、連絡がつかなくなる。必死に捜索するが、なかなか手がかりはない。そのう ち実はこれはインタビューというものを餌にした拉致ではないか?という可能性が出て・・・・となかなか複雑なストーリー。実話だそう。

ア メリカ映画だったから、またアメリカ寄りなストーリーかと思ったら、そうではなく、わりと中立(?)な立場から描かれてるように見えた。どうしてもこうい う映画をみると、このへんてこな副題のような、愛だとか絆とか、そんなことよりも、政治的な、宗教的な、もっと裏のドロドロした本当の世界のこと、なんか を想像して見てしまう。

しかし、アンジェリーナ・ジョリーのかなり素な演技がとてもよかった。夫を探し、心配する身重の妻、ジャーナリ ストとしての人間性、高度な政治取引の世界になってもたじろがない強い女性。そんな像がとても彼女に似合っていた。また映画全体が妙に盛り上げたりしない のがよく、事件の緊迫感、重さ、その裏にひそむ物事なんかがより浮きだってたと思う。

しかしこういう事件になったときの、外国の警察やら特殊部隊やらの行動力と行使力はすごいな。日本こんなんでけへんもんな。

人の命を取引につかうのは許されない。でもそういう手段をとらざるを得ないような所にまで追い込まれるイスラム圏とアメリカのひずみ、もっと解決する方法はいま採られている方法とは全然違うとこにあるとおもう。

マイティ・ハート/愛と絆

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永遠のマリア・カラス

稀代のオペラ歌手、マリア・カラス。この映画はフィクションだが、彼女ととても親交のあった映画監督がとった作品だそう。だから、この映画には彼女への愛があふれている。

物語としてはどうしたこともないのだが、声をわるくして、引退のような生活をしている彼女に、さる音楽プロデューサーがカムバックを薦める、というおはなし。結局カムバックはしないのだけれど。

それでも隠遁生活をしていた彼女がふと街角にあらわれたときに、パリ市民たちが示す反応とか、彼女のひとことひとことに騒動が巻き起こる様とか、どれくらいのスターだったのか、というのが、彼女を全く知らない人にもよくわかる。

本 編中にながれる(それが物語上でプロデューサーが仕立てる作品なのだが)、本物の彼女の歌声をつかい、それにミュージカル仕立ての映像をつけた作品(これ が見事に役者が合わせきっている)が素晴らしい。というか、やっぱり歌がものすごい。カルメンとか椿姫とかとか。オペラには全然なじみがないけれど、その 神が宿ったかとおもえるような歌声に打ちのめされてしまう。

ピアフが人生の喜怒哀楽を歌ったのならば、彼女は神の言葉を歌ったのかも。どちらもすばらしい。

永遠のマリア・カラス

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エディット・ピアフ~愛の讃歌~

最近のこういう音楽家の半生とかを描いた作品ってのは、ほんと役者さんの徹底さがすばらしい。この映画でピアフ(これって芸名だったのか)役を演じたマリ オン・コティヤールがすばらしかった。なんであんなにできるんやろ。改めて国外の俳優さんたちの層の厚さを感じずにはいられない(って、単にモノ知らずな だけなんだが)歌も歌っているのかー。やっぱすごい。

戦争に翻弄された不幸な生い立ちからか、はちゃめちゃな清秋時代、そしてちいさな チャンスをつかんで大きく成長していく姿は、ひたすらへーっっと思ってしまうのだが、やっぱり才能あるひとというのは、努力ももちろんするのだろうけれ ど、頭角をあらわすべくしてあらわすんだろな。

全編をいろどるピアフの歌、その歌声の素晴らしさ、というか、すさまじさにほかのすべて が消し飛んでしまいそう。この人が歌うシャンソンってこんなんだったのか。内容とかも全く知らずぺらぺらした雰囲気ばかりが伝わってしまうものが多い中、 本当にシャンソンというものがこういうものだったのよ、ということを思い出させてくれただけでうれしい。

しかし筋の方が時間の制約か、 結構人生を描いて行くこと、恋人との日々、そして不幸な別れを描くのに精一杯で、もっと人生の深い、ピアフの内面を描くに至ってなかったような気がするの が残念。もっと一部分だけ切り取ってでも、このピアフのすごさを伝えられたんじゃないかと。

「愛の讃歌」ほんとはこんな歌だったのね。

エディット・ピアフ~愛の讃歌~

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江國香織 – ホテルカクタス


「ホテルカクタス」という名前のアパートに住む3人の住人、それも不思議な住人たち – 帽子ときゅうりと数字の2 – のおはなし。まるで絵本になりそうな感じのおはなしのようだけれど、読み進んで行くと、これはなにかしっかりした人生哲学を説かれているような気にもなっ てくる。

お互いはじめて顔をあわすところから(そのきっかけもちょっとした迷惑騒ぎから)まったく違う性格の3人が、しかも普通ならきっとあまり結びつかないような3人が、仲良くなって、一緒にいろんな経験をしていく。いくつもの夜を語らい、恋をしたり、旅をしたり。

帽 子、きゅうり、数字の2、という、とても彼らが動いたりしゃべったりするのを想像しにくいキャラクターたちが、読み進んでいるうちに気にならなくなって、 しっかりした姿でないにしろ、なにか「こんなかな?」ていう姿ができてきて(でも絵に描けといわれたら、無理(笑))、彼らが生き生き動き出すのが不思 議。これも江國さんのマジックかな。

淡々と話はすすんでいくけれど、なにか大事な事を諭されている気がしてくる。やわらかな文章のなかの強い意志。とても江國さんぽいと思う。

PS 高橋源一郎氏のあとがきがこれまたとてもいい。

集英社 2004

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