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田中啓文 – 京へ上った鍋奉行

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鍋奉行シリーズ第4弾。今回も鍋奉行こと大坂西町奉行・大邉久右衛門が今回も難題を食で解決する?!

徳川のご落胤を名乗る男子が大坂城下にやってきた騒動が、また、同じくして問屋の騒動から油不足が城下で広まっていた。久右衛門はそんなことは関係なくうまい天ぷらを食べたいということばかり。しかしやがてこの三つが結びついて「ご落胤波乱盤上」、さる店の名前の件で問題が、、、しかしそれを解決したのは奉行ではなく、、「浮瀬騒動。そして謎の書置きをおいて奉行が消えた。それは実は京都のさるお方からのたっての願いだった「京へ上った鍋奉行」、の3話。

これまでと同じく奉行の食い意地がいろんな面倒を起こし、それがなぜか別の事件の解決の糸口になったりする、っていう展開は似ているものの、このシリーズどんどん時代風俗ものの体が濃くなってきたような気がする。面白おかしいというよりは、ふつうに大坂の人々の日常話を聞いているような。当時の時代背景や(とくに食に関すること)、時勢なんかのことがほんとよく映されてて、そうなんだ、とおもうことたくさん。どうも江戸時代とかいうことになると、テレビでやってるような時代劇のイメージしかないので(そもそもああいうのほとんど江戸だし)、大坂の風俗、時代が見えるというのはほんとすごいなあと思う。

移動にしても、船や、馬や、なんなら走ったり、歩いたりなわけで、いまの距離感、時間感覚とはずいぶん違うというだろうというのは想像はできても、実感はできない。きっといまと全然違うものの考えのものさしだったんだろうと思う。京都から大坂に魚の買い付けにいって戻ってくるってのがどれほど大変か、、、想像もできない。でもほんまにあんなことが可能なんだろうか?か、久右衛門の食い意地がなせる技なのか。

いやー。おもしろい。で、読んでてお腹減る!

集英社文庫 2014

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伊坂幸太郎 – 死神の浮力

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伊坂さんの「死神の精度」の続編として書かれた長編。前作を読んでなくてもこれ単体で楽しめる。今回も人間の死の時期の見極めにやってきた死神たちが人間の生活と微妙に関わる。

死神・千葉(死神はなぜか都道府県名)が今回担当するのは、1年前に娘を殺害されたという作家・山野辺。まさにその犯人である本城への無罪判決が出た直後に彼らを訪ねる。山野辺夫妻は世間の興味の目をさけ家にこもっていたが、彼らは本城への復習を緻密に計画していた。しかし実は本城は彼らの予想を上回る頭の切れ味をみせる。彼はサイコパスだった。

そんな彼らの復讐劇を横目に見ながら死神・千葉は山野辺の力になるでも邪魔になるでもなく彼らに付き合う。時には結果的に助けることになったり、邪魔になったり、肝心なことをスルーしたり。死神が自分の仕事を全うするために、人間だったらこうするのにーというようなことをしなかったり、思わなかったり、言わなかったりするあたりが面白く、逆にこのことによって人間が普段どういう風に生きている生き物なのかということを目の当たりにさせられる。それがひとつの伊坂さんの狙いでもあるのか。そして本城はサイコパスという役割のもとで、生きていく上での絶対的な悪というか、悪意とか運命的なものの象徴になってるようにおもう。ほんと読んでて憎らしい。でもそういうものを前にした時の人間の言動にまたはっと気づかされる。

伊坂さんの作品はこんな死とか悪意とか人間にとっては大きな壁となるようなシリアスなものの存在を示唆しつつ、それをあくまでもシリアスじゃなくてエンターテインメントの中で表現しているので、読んでいて本当に怖くないというか、シリアスな気分に落ちていかないのがいいと思う。それでも大事なことはちゃんと伝わるようにしている。これこれこんな恐ろしいことがあるんです、怖いですよねー、僕も怖いんです、的な、読者側と同じ視点にいるというか。もちろん作者と読者は物語からすると神のような位置にいる(全部を見渡せるわけだから)けれど、大概は作者が提示して、読者がうけとるのだけれど、伊坂さんの場合、気づくと横にいて同じ方向から眺めているような感覚になるときがある。

結構大作で、結構シリアスで、いわゆるパズルのピースのようなバラバラの物語がひとつになるっていうタイプじゃなくふつうに進んでいく物語だけれど、最後までどうなるんだろう(つまり本城が予想の上を行き続ける)という感じがおもしろく、でも悪意と失意に満ちている。けれども死神がたまに口にする我々人間にとってはトンチンカンにうつることが少しユーモアを与え、文字から聞こえてくる音楽が潤いを与えているよう。

端々に引用されるパスカル、渡辺一夫の言葉が重くておもしろい。死、というものについて、誰にでも訪れるものということを人間が見ないようにしている事実。人間という生物の特殊さ。今回のこの死神の物語は、そのあたりが見せたかったことなんだろうか。

とても面白かった。

文集文庫 2016

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五代ゆう – 風雲のヤガ(グイン・サーガ141巻)

グイン・サーガ141巻。栗本さんの手から離れて、未来の話になってはや11冊目、はやいなあ。このところ目下の注目はすっかり生まれ変わってしまったミロク教の聖地ヤガ。

本巻も密命をうけたブランとそれを助ける白魔導師イェライシャが、囚われたヨナ博士とフロリーを助け出そうとする。そこに同行しはじめる弥勒の僧侶2人。この2人が面白いのだけれど、やがて大きな伏線になったりするのかな?そしてあの外伝「七人の魔導師」ででてきた魔導師がいよいよ揃ってくる。面白い展開。あの巻では変なやつばっかりって感じだったけれど、一人一人にフォーカスしていって個性が見えてくるとこれまた楽しい。

一方ケイロニアのはずれではヴァレリウスとその弟子となったアッシャ。彼らのもとにも竜王は手を伸ばす。追い込まれていく彼らパロの残党はどこへ追いやられるのか?

大きな運命の渦に巻き込まれるように、中原はキタイの竜王という異世界のものに蹂躙されようとしている。それに争う人間たち。やがてそれはグインのもとにやってくるんだろうな。やっぱりこのシリーズは壮大で本当におもしろい。次巻にも期待。

ハヤカワ文庫 2017

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田中啓文 – 浪花の太公望(鍋奉行犯科帳3)

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鍋奉行犯科帳シリーズの3冊目。今回も大阪西町奉行、大邉久右衛門が縦横無尽に食いまくる(?)

ちょうど季節もあってた話「地車囃子鱧の皮」、大阪はやっぱり夏は鱧よねーという気分。そして行ったことないんだけれど天神祭。そんな夏前から夏にはいるころの大坂の様子がよく描かれていて、それだけで江戸時代にタイムスリップ。時代物というとどこか劇画風なイメージ持ちがちだけれど、田中さんが書くと、現在と地続きな、ちょっと前のことって感じがする。それは描き方の上手さもあるとおもうけれど、作者も読者も一緒になってその時代の住民のひとりになっているという感覚をもたされるからじゃないかな。特有の難しい知らない言葉もなく(あるんだけどそれがひっかからない)すっと没頭できるのが素晴らしい。話逸れたけど、なんせ鱧が美味そう。見栄から無茶な約束をしてしまい、それを部下に押し付けるお奉行の無茶ぶりが、やがて功を奏する展開になるあたりが田中さんらしかったり。

あとは、さびれた居酒屋の賑わいを取り戻そうと同心勇太郎らが奮闘する「狸のくれた献立」、タイトルがもうふざけてて楽しい、謎のバラバラ殺人と釣りの名人が結びつく「釣りバカに死」。3話とも大坂の風俗とともに、そこに生きている人たちがほんとその辺にいるように生き生きと描かれていて楽しい。今回は無茶無茶な展開になったりはしなくて、それも落ち着いて読めた要因かな。しかしお腹の空く小説w 次も楽しみ。

そしてちょっとずつ勇太郎まわりの人情ごとがいろいろとでてくるようになって、なんか微笑ましい。恋の話もでてくるのかなあ。純愛物とかになったらどんな風に描かれるのかなーなんてのも楽しみ。

PS 表紙裏の著者近影、若いなあー

集英社文庫 2014

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カズオ・イシグロ – 夜想曲集

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「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」というサブタイトルが付いているとおり、外国を舞台にした音楽家(音楽)をめぐる人生の物語。

かつて名声を得た老歌手が妻への愛を歌うがそれは届くのか?「老歌手」、危機にある夫婦のもとへ友人が訪ねてくる「降っても晴れても」、仲睦まじく旅行に来ていたと見える夫婦音楽家の本音が語られる「モールバンヒルズ」、優秀なのにその風貌のために売れずそそのかされて手術をした先でスタートとの不思議な數夜を過ごす「夜想曲」、そして魅力的な謎めいた女性にチェロの手ほどきを受ける「チェリスト」。

音楽からみの話となっているけど、音楽そのものよりも、それをとりまく人々の悲哀を描く。夕暮れという時間を描写していなくても、どの話もどこかもの悲しげな感じをうける。それはどれもがハッピーである話ではないからか。これから先の人生があるとしても、その瞬間主人公たちはなにか人生の夕暮れともいえる時間にいる。その景色がもの悲しさを醸し出しているんじゃないかな。サックス奏者の話に関しては、ちょっとわかるなあ、と思うこともあり、自分に置き換えて自分ならどうするかなあとか考えたり。

訳は悪くなかったけれど、ちょっとだけ読みにくかった。音楽にまつわることって訳しにくいニュアンスもきっとあるよねえ。

ハヤカワepi文庫 2011

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白洲正子 – ものを創る

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勧められて読んだ本。戦争でなにもかも失った時代。ものを創り出すこと、美しいものについて考えることを探し求め、芸術家や陶芸家、職人などを訪ね歩く。そして彼らと対話することによって、彼らが創ろうとしているもの、考えていること、作品との関わりなどを考察していく。かんたんにいうとただの訪ね歩き記なのだが。

世代もあるだろうけれど、ぼくらより二世代ほど前の方々のもの創りに対する執念・執着、そしてそれを観る目などについて、訪ね歩く人物たちを通して白洲さんが考察する。名前は聞いたことあるけれど、実際どんなひとかは知らない人たち(その筋では大成された方ばかりだが)が、彼らと親しかった白洲さんの目と耳を通してどんな人物で何を考えてものを創っていたのかを語ってくれる。無論作品を通してすべてを語ってくれることもあるだろうけれど、それは実物を見てみて初めて感じられることだろうし(写真で見てもさっぱりわからない)、それを創り出した人物を知っている白洲さんだからこを見えてくることもあるんだとおもう。どの人物についても興味深かった。北大路魯山人、浜田庄司、井上八千代、青山二郎、細川護立、黒田辰秋などなど。

一つのことを深く掘り下げること。ものの原点を見極めようとすること。そこに至るための道筋、技を極めること。これはもの創りだけでなく、ぼくのような音楽やってるものにも相通じる部分が多分にある。それはたゆまぬ努力の部分もあれば、深く考える部分もある。広く、簡便で、スピーディーな時代になると、こういうことは難しくなってくるように感じる。でも流されずに留まり、時間がかかっても成し遂げようとする、その気持ちと努力が何よりも大事なんだ(しかもそれは大声でいうことではなく、ひっそりと心の芯に留め置いて)と思わされる。何事も天才が成し遂げることではなく、努力と思慮の集大成なのだとおもう。

いい本だった。

新潮文庫 2013

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上橋菜穂子 – 天と地の守り人

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上橋さん、守り人シリーズの最終章。ロタ王国編、カンバル王国編、新ヨゴ皇国編と3冊になっているけど、面白くて一気読みしてしまった。

ここまで6つの守り人シリーズ・旅人シリーズを経てのこの3冊はここまでが大いなる伏線だったかのように、以前のお話が絡んできて、この北の大陸にある三つの国の命運と新ヨゴ皇国の皇子チャグム、そしてバルサの運命を巻き込んでいく。ここにきて一気に壮大なドラマ感がでてきた。いままで大きな世界の一部の物語っていう感じだったけれど、ついに大きな世界から見える視点に、というか、頭のどこかにこの守り人シリーズの世界が宿って、グインの世界のように、きっといまこの世のどこかにある別の場所、というような感覚になった。

南の大陸の強国タルシュの囚われの身になった皇子チャグムは隙を見て海へ飛び込んで脱走し、行方知れずとなっていたが、無事ロタ王国へとたどり着いていた。しかしそこから苦難の道が。タルシュの侵攻は着実に進んでおり、もはや北の大陸にある一国ずつでは抗うことができないと感じたチャグムはまずロタ王にと足を進めるが、この国の内紛問題に阻まれ、おまけに刺客を差し向けられる。そして済んでのところでバルサに助けられた彼は王の弟と謁見し、やがてサンガル王国へ。

一方、現実世界と並行して存在しお互い影響しあう異界ナユグに春が訪れているいま、こちらの世界は温暖になりいつもより暖かな冬。そして急な雪解けが進んでいた。それはサンガルの別世界山の王の世界でも同じであり、異変を訴えるものが次々とでていた。南からのタルシュの侵攻と、北からの天変地異にはさまれた形になった新ヨゴ皇国。チャグムはこの危機をどう乗り越えるのか。父との確執は。

本当に手に汗を握る展開というか、いままで読んできた各国の物語がこの話でひとつにまとまるあたりが素晴らしい。見事としかいいようがない。いまから読んでみると、ああ、あそこにこんなエピソードがあったなあなど灌漑深い。最初の「精霊の守り人」で幼いチャグムと旅をした日々がもうずいぶん前のことのように実感してしまってる。物語を通して長い年月を過ごしたな(実際10年ぐらいか)と。

バルサの人となりはなんとなく最初からイメージが決まっているけれど、チャグムに関しては全然変わった。最初はかわいい子供のイメージだったけれど、いまは線の強い若い男って感じ。どのキャラが好きかと聞かれるとバルサかもだけど、一番成長していいなーと思うのはチャグム。タンダがもっと成長したりするかとおもったけどしなかったなあ^^;

最初は同じファンタジーもののグインシリーズと比べてしまったりしてたけれど、このシリーズはこのシリーズで良さがよくわかってきた。アジアぽいところ、魔法がでてこなくて(呪術はでてくるけど、おどろおどろしくない)、異世界がわりと現実的に存在するところ。タルシュと新ヨゴ皇国の緒戦の描写は見事で映画を見ているかのようだったし、ただの素敵なファンタジーというだけでなくて、すごくリアルな感じがあるのがとてもよかった。まさに大人も読めるファンタジー。

このシリーズ3冊はあとがきのかわりに、上橋さん、荻原規子さん、佐藤多佳子さんの対談が掲載されているのだけれど、お互いファンタジー作家としての経緯とか影響をうけたものとか、自己分析とか他人の分析とかやっていて面白い。ファンタジーを書いている人たちってもっと不思議ちゃんというか現実離れしてる感じがするかと(比較ばっかりして申し訳ないけど栗本さんはそうだよねえ)思ってたけど、この方たちは全然そんな感じがしない。まだ日本にファンタジーがなかったときから外国ファンタジーを読んでというあたりで、この守り人シリーズもなるほどねーとか思う。「指輪物語」「ナルニア王国物語」あたりだそうだけど、ほんとなるほどなー。まあ両方読んだことないけど(指輪物語は3冊目で断念した)。この対談読んでるとそれもまた読みたくなってくる。荻原さん佐藤さんの本も読みたいな。

このシリーズ、アニメ化もドラマ化もしたけれど、普通本で読んでるものはこのイメージ壊したくなくて映像になったものはよっぽどじゃないと見ないようにしているけど、まあこのアニメもドラマも少し機会あってみたりしたけれど、本で出来上がったイメージがこれらに壊されることはなかった。ぼくの中にはちゃんとバルサやチャグムやタンダ、トロガイ師が生きている。読み始めた時はこんな熱量感じなかったけど、いまではすっかり虜。この先にあるあと二冊ほども読みたいし、上橋さんの他の作品もはやく手に取りたい。

なんせ大きなお話を語ってもらった気分。とても面白かった。ありがとう上橋さん。

新潮文庫 2011

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上橋菜穂子 – 蒼路の旅人

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上橋さんの守り人シリーズの7冊目。チャグムの物語、いよいよ物語は大きく進む。

密偵達の密かな報告から、海の向こうの隣国サンガル王国がいよいよ南の大陸の大国タルシュに征服されんとしているらしい。そしてほどなくサンガル王からの親書が届けられ、援軍を送って欲しいと頼まれた新ヨゴ皇国。それは必死の叫びのようにもみえるが、罠かもしれない。

一方その新ヨゴ皇国内部では第一皇子であるチャグムと第二皇子トゥグムとの間で帝の世継ぎの争いが生じていた。それは当の本人たちではなく、どこにでもある国のトップ達の間の派閥争い。そんな中でのサンガル王からの手紙にたいする帝に意見をしたチャグムは、帝の怒りを買い、サンガルへの遠征軍に入れられてしまう。それは同時に彼を支える派閥(海軍が主だったが)の一掃も計るものだった。援軍ならばよいが罠であれば負け戦はできず、かといって、海の王国であるサンガルに海戦で勝つのは難題。

やがて心配は現実となり、王からの手紙は罠であることが判明し、チャグムとその祖父であり後ろ盾であり海軍大提督であるトーサは苦渋の決断の末、自分たちを人質に残りの艦隊を帰国させたのだった。囚われの実となった彼らの命運は。

これまでの物語では北の大陸の国々の話ばかりであったが、ここにきて最初から地図には描いてあったけどほぼ話にでてこなかった南の大陸のことが描かれ、一気に世界の広がりを感じられるようになった。アジアぽいイメージの北の国々とちがって、ある意味エキゾチックな感じで描かれる南の国々があらわれることによって、世界が多様になったというか、複雑な模様になったというか。

自らが井の中の蛙ということがわかったチャグムがどういう心理になったのか。それにより彼はどう行動していくのか。チャグムの今後を大きく左右する出来事がこのお話でたくさんでてきて、そして最終章への布石となっていく。世界はどう変化していくのか、しないのか。この先がすごく気になってこの巻を読んですぐに、最終シリーズに入るつもり。息つかせない展開。

新潮文庫 2010

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上橋菜穂子 – 神の守り人

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上橋さんの守り人シリーズ、5、6卷。二冊で上下巻になってる。

女用心棒バルサはひょんなことから人買いから幼い兄妹を助け出す。彼らはロタ王国では虐げられている民だった。一方そのロタ王国では最近奇怪な事件が起きていた。牢獄である人物が磷付になったのと時をおなじくしてその牢獄が全滅していたのだ。しかもそれはまるで人間の手で起こしたことのようには見えない有様だった。

現実の世界とそれに並行して存在する異界ナユグ。この二つは微妙に関連しながら存在しているが、ナユグ側に春が訪れ始めてその影響が現実世界にも及んできている。そんな中バルサが助けた兄妹の妹アスラは異界の恐ろしい神を宿す者になっていたのだ。現実世界の子供達として庇護しようとするバルサと彼らを追うロタ王国の猟犬(カシャル)と呼ばれる者たち、そして王国を影から密かに支えてきた兄妹の民族たち。王国の未来をも左右しかねない彼らの力をあらゆるものが狙ってくる。この窮地をどうするのか。一方薄々としかこの一大事を感じていない当の本人アスラは自分が神を宿すことの意味をわかっていない。

ようやくこの物語ぐらいになってきて、この守り人シリーズが描く物語の世界の広さとか、国々や人々の違いなんかがわかってきて、”読んでいる物語”という感覚から、グインのように”世界のどこかにある世界”という感じになってきた。そうすると俄然物語が面白く感じるようになる。国や時代というおおきな流れと人という小さなものの対比というか、大きな流れに抗おうとする人間の姿というか。頑張れバルサ!とか思ってしまう。

そして物語は進むに従って三すくみのような様相を呈してくる。現実的な解決策がいいのか、個より全体を重んじた方がいいのか、それともやはり個が大事なのか。アスラはその兄は、そしてバルサはどうするのか。

面白くって上下卷一気読みしてしまった。はやくも続きが読みたくなってきて困ってるw

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田中啓文 – 道頓堀の大ダコ(鍋奉行犯科帳)

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鍋奉行シリーズの二冊目。今回もほんとなにも働かず(?)食ってばっかりいる大坂西町奉行である久右衛門が、その食道楽ゆえの能力を発揮して謎に満ちた事件を解決する。

「風邪うどん」「地獄で豆腐」「蛸芝居」「長崎の敵を大坂で討つ」の4短編。どれも楽しいけど、やっぱり反応してしまうのはうどんなのよねえ。田中さんなので時そば(うどん)のモジりか何かでくるかと思ったけど、そうではなかったw。この事件を解決するために町中のうどん屋にいっぱいずつうどんを提供される下りあたりがおもしろい。たしかに麺って時間によって印象がだいぶかわってしまうのでネタにするには難しいけど、お出汁なら冷えてもわかるかもね。お出汁の取り方も詳しく書いてあって楽しい。個人的にはやっぱり四国のうどんの方が好きだけど、大坂のうどんも好きで、やっぱり大坂はお出汁の食べ物って感じ(四国のは麺の食べ物って感じ)。

豆腐も蛸もお菓子も(西洋のや日本のも)、でてくる食べ物も描写がというより、ほんと美味しそうに(ときには不味そうに)登場人物たちが食べるものだから読んでるほうは字面よりも絵として食べ物ができきて、おもわずよだれが口に溜まってしまったりw。

そして前作でもおもったけれど、この江戸時代の大坂の風俗や町をほんと見事に描写していて、現在の場所として知っているところが昔はどうだったとか、かわってないなーとか想像しながら読めるのも楽しく素晴らしいと思う。昔の町のことなんてこうやって文章で想像させてもらうしかないわけで、夜の町の暗さや、道頓堀の賑やかさなどなど、解説で我孫子さんが少し言及しているように田中さんはすごく深く考証をしているんだろうなーとおもう。なので、へんに引っかからずに数百年まえの大坂に楽々とトリップさせてもらえる。そう、読んでいても時代小説って感じじゃなくて、現在と地続きの昔話を今の話のように話してもらってる感じ。続きも楽しみ。たまには奉行さんが大失敗したりしないんかなw

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