グラバー邸の夜

昨晩2/24のグラバー邸でのライブにお越しいただいたみなさま、ありがとうございました。おかげさまですごく楽しかったです。全編にわたって自分のオリジナルだけやる、ってのは実は初めてでした。こつこつ(というか、ぼちぼちというか)書いてきた曲たちも、こうやって全部ライブで並べることができるぐらいになったんだなー、とひとり感慨に耽っていました。

先日の清水氏とのレコーディング用(って、それのためだけじゃないですが)に書いた曲も、ようやくやりたかったトリオでできたし、それがもともとはピアノやギターが居て初めてサウンドするかなーと思ってたのに、小前氏萬氏の力をもってするとコードレストリオでもぜんぜん普通にサウンドするということがわかったのも驚きかつうれしい出来事でした。ねこシリーズその2「ねこさんポ」そして「フィルム」、いい曲になりそうです。

さらにもっと曲書きたい、いろんな世界を描きたいという欲求が増しました。アイデアだけで形にしてないものもたくさんあるので、それらから拾ってでもまた次のリーダーライブにはなにか新しいものを持っていきたいと思います。

よろしくです!

PS

ああ、写真撮り忘れた!

 

乃南アサ – ピリオド

親や家族、恋人や友達、仕事、そして住まい、帰ることの出来る家、など、関わりたくて関わりながら生きていくもの、関わりたくなくても関わらねばならないもの、そんなものたちに囲まれて我々は生きている。それらは自分の人生を照らすものであり、比較するものであり、自分の位置を見定める灯台となるものだ。

別にドラマチックでもなく普通な人生でも、同じように人の上には時間はながれ、小さいながらも人や物事によって自分の人生に波がたつ。でも立ち止まることはなく、それらをひとつひとつ手にとってそして放してゆく。時間の中に標をつけていくことで、自分の進んだ道を記憶し、糧としていけるから、人はそうやって何かどこかにピリオドを打ちながら生きていくのだろう。

子供を持てずに離婚し、恋人はいるけれど愛人で、日々の仕事に流される日々。人と関わるのはわずらわしいけれど、人と離れ続けるのは寂しい。人に優しくするのは人のためか、それとも自分の寂しさを紛らわせるためか。だれしもどこか心当たりのあるような日々。そんな中に起こるさまざまな事柄。兄の病気、恋人の困りごと、家のこと、甥や姪のこと。つぎつぎなにかが起こり、すべては時間とともに流れていってしまうもの。昨日起きた大きな事件も、明日を生きていくときには過去のことになる。

死、帰るべき家がなくなること、取り返しのつかないことに直面しつつも、時間という制限を受け、逆にそれにより解放され、それらにピリオドを打ち生きていく。どれも想像するだに恐ろしいけれど、誰もが必ず通る道。いつかやってきて、そして去っていくだろう。

双葉文庫 2002

来た来た!

待ちに待っていた先日のレコーディングのラフミックスがやってきました。結局マラソンセッションのように録るだけ録って~という方法でやったので、清水さんのソロピアノは当然全部現場で聴いて、あーだこーだ指示もしたりした(一応プロデューサーの役目を担っている)けれど、自分の演奏ってのがどんなで、どれだけやったのかはぜんぜん覚えていなかったのですが、やってきたのは、清水さんのソロが1枚、そしてDUOにいたっては2枚にわたるものでした。

だいたい自分の演奏は「あーあー」と思うことが多いのですが、今回のこの録音、狙いどおり現場で聴いて余計なフィードバックを自分にせずに”よかったか、よくなかったか”という感覚だけでやり、内容を忘れたころにこうやって客観的に聞ける状態で聴いてみたら・・・・いいです!あ、こりゃいいかも!細かい内容はともかく、思っていた感じの録音になっていました。

さすが信頼するエンジニア猪狩さんの腕というか、音がいいなぁ。しばしば録音された自分の音質に満足しないことあるのですが、これは自分の音そのまんまに聴こえます。自分たちの演奏ながら、いいなぁ。これまたα波でまくるCDになりそうな予感です。

いまからまたテイク選びやら曲順やらジャケットやらやらいろいろ作業が山積していますが、はやくやることやってみなさんにお届けしたいです。

届いたCDR3枚

ラフミックス・・・

先日のレコーディングは無事終了したのですが、ほんと時間ない中でのまるでマラソンセッションのようなやり方をした – つまり演奏だけ次々とやってプレイバックをまったく聞かない – ので、どんな演奏になっていたのかということを清水さんも僕もちゃんとわかってなくて、ただ「いい感じだったなー」という感触だけで終えてしまっていたのですが、今日お世話になっているサウンドファクトリーの猪狩さんから「ラフミックスできたから送るよー、結構いい感じ!」という連絡があり、おお!と思うと同時に、実際どうだったのかなぁ、という不安がせめぎあっています。

ああ、早く届かないかなあ・・・。

でもその場で聞いてよしあし判断するのも大事でよいことだけれど、いったん忘れて改めて聞くと、もしかして新鮮でいいかもと思っているのですが、やっぱり怖いなぁ。でも楽しみです。それらを完成させて、はやくみなさんの元に届けたいです。

待っててくださいねー。

くつろぐ2人。2日目の昼ごはん後。

加藤実秋 – モップガール

初めてよむ加藤さん。わけあり清掃会社にひょんなことから勤めることになる主人公桃子。この清掃会社はおかしな人たちの巣窟だった。しかし彼女はがんばって仕事に勤める。一方、彼女には以前から原因不明の難聴の持病があったのだが、難聴が起こっているとき清掃現場でフラッシュバックに襲われ、たびたびおかしなことになる。鼻が利かなくなったり、幻聴が聴こえたり・・・。

じじいキャラの社長、体力バカ、カッコいい若者、なんているへんな清掃局っていったら、中津賢也氏のまんが「ふぁいてぃんぐスイーパー」を思い出してしまうのだが(ほんとバカみたいなマンガで好き。中津さん好きなのだが、まったく売れないので悲しい)、それとは違って、これはミステリー。主人公の身に起こる超常現象は清掃現場(大概人が死んだ現場だ)のある一種のダイイングメッセージになっている。その現象から清掃現場の裏にひそんだ謎に挑んでいく仲間の翔と主人公桃子。それぞれの事件が解決しないとこの妙な現象は治らないのだ。

軽快なテンポで読めるので短編といえど少し長いのだが、すっと読めてしまう。こういうおかしなキャラたちがでてくる物語は好きだし、怖くないミステリーも好きだし、やたらと謎が謎を呼ぶようなものでもないので、気持ちいい。

世の中に実際にこういう清掃業者はいる。人が死んだ現場やごみ屋敷の片付け、消臭など誰も引き受けたがらないこんな仕事をやっている人たちの動機は「われわれがいないと世の中がたちゆかない」という使命からだそうだ。現代社会は利便性・快適さの裏にそれを支える人たちが必ずいるのだ、ということをこの物語は暗に語ってくれている。とくに死の現場というのは普通の生活者からは程遠いところに追いやり、意識の外へ置いてしまっている。しかしそれは誰にもやってくるものなのに。

このシリーズ、もっと続けて欲しいなー。

小学館文庫 2009

2日目

目線から見たらこんなんです。

さて、レコーディング2日目です。昨日も結構たくさんやりましたが、慣れない場所や初めて&久しぶりやる曲なんかも多かったので、今日またリトライする曲もちらほら。

 

でも全体的にすごくいい感じです。場所もいいし(横浜にあるさるホールを借りている)、エンジニアさんも古くから付き合いあるひとで、これまた楽しいし、今日も朝からにもかかわらずすごく楽しい気分。

さて、どうなりますやら?

清水武志・武井努レコーディング

今日から2日間は清水さんとのレコーディング。予定では清水さんのピアノソロアルバムと清水?武井のデュオアルバムをつくる予定なのですが、まだ具体的なことは決めていないので、今日明日とやりながら形を見定めていくつもりです。今回はぼくがプロデューサー役もやるのでいろいろ責任重いのですが、たぶん楽しいものになるだろなあという予感しているので、割と楽観的に構えています、今のところは(笑)まだレコーディング始まったばかりなので。

まずは清水さんのソロから開始。いきなりいい感じでスタートしています。さてどんな2日間になりますことやら。

アルバムの詳細についてはまた追ってお知らせする予定です。お楽しみに。

今回レコーディングするホール

恩田陸 – ライオンハート

「いつもあなたを見つける度に、ああ、あなたに会えて良かったと思うの。会った瞬間に、世界が金色に弾けるような喜びを覚えるのよ・・・」

時空間を超えて出会う男女の物語。簡単なタイムスリップものではなく、そのときによりその男女は違う年齢、シチュエーションで出会う。いつどういう形で出会うかはわからないけれど、出会った瞬間にその相手だとわかり、その出会う日を待ちこがれる2人。しかし彼らは決して結ばれることはない・・・・

SFと壮大な出会いの物語を巧くマッチさせた作品だと思う。解説によると恩田さんが好きな(影響うけた)結構たくさんの作品のオマージュなどもあるようだが、読んでないのでわからない。物語が時間、空間を超え、主人公2人も違う人間として現れるので、読んでいるこちらもたくさんの物語がどう結びついていくのか、最後までわからない。しかしこの2人の幸せな気持ちはずんずん伝わってくる。

すごくすてきなことに、この物語は5つの章から成り立っているのだけれど、各章のタイトルが実際にある絵画のタイトルと同じものになっており(各章に扉絵として掲載されている)、それぞれがその絵から(ヒントを得たのか、5枚の絵を持ってしてこの物語がうまれたのか、はたまた物語がこれらの絵を呼んだのか)関係する、もしくはその絵に描かれているシチュエーションを用いて、または連想される世界観を織り込んで描かれている。そのイメージがまた素晴らしい。絵から物語や音楽が生まれることはままあるけれど、複数の絵が複数の物語を生んで、それらが繋がっているなんていう状態を、しかもここまで完璧に描き上げた恩田さんはほんとすごいなと思う。

こんな出会いができる人ってうらやましいな。真実はそこにあるのかもしれない。一度読んだだけでは大筋は理解できるけれど、深く物語を読み解いていない気がする。何度か読みたい作品。

タイトルのライオンハートはケイト・ブッシュの曲からとったそう。

新潮文庫 2004

石田衣良 – REVERSE


ネットを介して出会った男女・・・それでは今では珍しくもない話だけれど、彼らはお互いに性を偽っていた、つまり男は女性になりすまし、女は男性を装い・・・・、しかしこの2人はお互いにネットの中で信頼関係を築き、徐々に必要不可欠な相手となっていく。時がたち、2人はついに「会って直接話してみたい」という欲求を我慢できなくなり・・・・

設定だけでもなるほど石田さんうまいとこ突いてくるなぁと感心したのだけれど、描き方も主人公である2人を短いスパンで切り替え続けるというのが、ネットのチャットのようだし、それにより時間の経過を同時進行で無理なく描くということに成功していてすごいなーと思う。ネットが必需品な人間にはよくわかるネットをやってる人が感じる感覚、バーチャルな世界だからこそリアルな気持ちが素直にでる感じ、メールというある意味手紙と話す言葉の両方の特徴と短所を持つ道具、そんなものを説明なくうまく伝わるように描いている。

この本を読んで、なぜネットだとリアルの人間関係とは違う関係が生まれるのか、ネットおかまやネットおなべになりすましたくなる感覚、そんなものがわかったような気がした。石田さんも描きたかったはこういうことじゃないのかな、人間のコミニュケーションというのは一体どうやって成り立っているのか?

ネットだと出会いには姿形はない。つまり視覚による先入観がない。どんな人間でも出会いは均等に平等であり、だからこそ端末の前にいる人間の中身の部分同士が直接ふれあうことができる。性や年齢を変えて自分から遠い存在になればなるほど、リアル世界での自分とは無関係になり、その分その存在に自分が本当に語りたいことを語らせることができるのではないだろうか。

しかしネットでいい関係を築けたとしても、それがそのままリアル世界に延長されるとは限らない。リアル世界には姿形があり、社会システムがあり、人々は均等でも平等でもないからだ。

果たしてネットで出会い、お互いに性を偽る、しかしお互いに必要だと感じている2人はどう出会い、ネットでの関係をリアルの世界に持ち出せるのか?実際今どこかでおこっているかもしれない物語。まあちょっと出てくる人物たちがみんなかっこ良すぎる気もしなくはないがー、主人公の男を除いて(笑)

中公文庫 2010

北森鴻 – 支那そば館の謎

久しぶりに北森さんの本。これはまた別のシリーズ。もともとは怪盗とまで呼ばれた男がひょんなことから貧乏寺の住職に助けられたことからその寺(京都に実在する)の寺男として働くことになるのだが、なぜか彼のもとには京都でおこる怪事件が舞い込んでくる。

主人公の見事な行動力と推理力、住職のとぼけているが的を得たアドバイスにより事件の真相は徐々に明らかになっていく。しかし最後の決めては主人公の昔取った杵柄、怪盗の技術、そして仲間たち。

どこか愛すべきキャラの主人公とその周りの人間たちが軽妙なタッチで生き生きと描かれ、読み飽きない長さの短編、そして京都ならではの風物、食べ物、文化などなど、京都好きな人にもぐっとくる文章がとても楽しい。おいしいもの食べたくなるなぁ。

このシリーズのほかの本も読みたいねぇ。

光文社文庫 2006