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小川洋子

小川洋子 – 薬指の標本

kusuriyubi

小川さんが描く物語はどれもどこか少し歪んでいる、というか、ゆがんでいる、というか、少しだけズレた世界に放り込まれるような感覚がする。この本に収録されているのは表題の「薬指の標本」と「六角形の小部屋」の二つの短編。

ある街にある標本室。そこはいわゆる普通の標本室ではなく、なんでも標本にしてくれるという。楽譜に書かれた音、飼ってた鳥の骨、火傷した傷跡、、、もちこまれるものは様々。それらを標本室の技術士・弟子丸氏が丁寧に標本にする。以前に勤めていたところでちょっとした事故があり薬指が少し欠けてしまったわたしは、そこを辞め、ふらふらしているところでこの標本室に出会い、勤める事になった。そしてしばらくたったある日、弟子丸氏にあまりにもぴったりとしすぎる靴をプレゼントされる。あまりにも心地よくて脱ぐ事ができない。そして同時に弟子丸氏に恋をしてしまう。どうしようもなく。そんな柔らかな恋の沼を描く「薬指の標本」。

どこにあるのかなかなかたどり着けないのに、やがてたどり着いた先にあるのは不思議な六角形の小部屋。たどり着けた人々はその部屋で何かをして過ごす。それが何かはわからないが、みな安らかになるらしい。そしてそれを管理する謎の親子。街から街へとこの小部屋をもって移動する彼らとこの小部屋との不思議な出会いの物語「六角形の小部屋」

両方とも心地よいぬるま湯と霧の中にいるような気分になり、気づいたら戻れない場所に連れて行かれてしまう、そんな感覚がする。怖いけれど、抗いがたい、そんな世界。

新潮文庫 1998

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小川洋子 – 偶然の祝福

一瞬小川さん自身のエッセイか?と思ってしまうような、連作短編小説。

息子と愛犬アポロと暮らす主人公の私。私の周りでは不思議なことがいろいろ起こる。伯母がびっくりするくらい”きちん”と失踪してみせたり、お手伝いさんをしているキリコさんが実になくしものを取り戻す名人であったり、作家である私の熱烈なファンであるへんな男につきまとわれたり、病気になった愛犬をふと助けてくれる獣医が現れたり。

なにかがなくなったり、欠けたりするとなにかが訪れる。それは幸せというもの、なのだろうか。

形あるようで実体のない、でも嫌な感じではなくて、雲のように軽やかだけど、霧のように冷たい空気がまとわりついてくる、そんな感じがする小説。しっかり景色が目に浮かんで、断片的な物語がまぶたに焼き付くのに、読み終わってみると、それらは軽やかにどこかにいってしまい、きれいに忘れ去られ、すこし甘くて苦いような、でもさわやかな感触だけが残ってる。実に不思議。

解説が川上弘美さんてのも面白いな。

角川文庫 2004

小川洋子 – 猫を抱いて象と泳ぐ

まずタイトルがすごく素敵。「猫を抱いて」という部分だけでもうっとりしてしまう(猫好きです)のに、さらに「象と泳ぐ」。いったいなんのことか?と思ってしまうほどメルヘンなタイトルだけれど、ちゃんと意味があって(当たり前か)、チェスと少年のお話。

チェスというものの駒の動かし方や遊び方を知っていても、その世界にこれほど深遠な、宇宙的な世界、文化があったとは知らなかった。将棋や碁などももちろんそうなのだろうけれど、これらがもっと自己探求的、禅的なイメージを感じるのに対して、チェスはもっと音楽的な耽美的な退廃的なイメージを感じる。これはヨーロッパのものだからだろうか?物語のなかで対局を描くシーンで詩的な、音楽的な描写が見られるからそういうイメージを抱いてしまったのかもしれないけれど、たしかにそんな風なのではないかとイメージしてしまう。

「美しい棋譜」。ああ、いったいそれはどういうものなのか!考えるだけでわくわくしてしまう。そしてチェスの対局は決して争いではなく、美しい音楽と同じように相手の駒の動き・考えと呼応して生み出すハーモニー、旋律である、と。勝つか負けるかではなく、どのような棋譜を残すのか(過程)が大事である、というところは、書かれた楽譜をいかに演奏するか – 作曲者の意図そのままだけではなく演奏者たちの気配りとそれぞれ少しの自己主張、聴衆と演奏者の期待と主張のバランス、その場限りでしか存在しないものへの挑戦 – に似ていると思う。

この物語のおかげで非常にチェスとその文化、人々に興味をもってしまった。

象というのが少年(物語では大人になっていくけど)にとってのかわいそうな、そしてある哲学(大きくなることは恐ろしいこと)の対象として登場するけれど、この象というのはチェスでいうところのビショップ(僧正)のもともとの姿だとか。そして猫を抱くというのは実在した「盤上の詩人」と呼ばれたアレクサンドル・アリョーヒン(アレヒン)の姿だそう。

アレクサンドル・アリョーヒン

アレクサンドル・アリョーヒン

文集文庫 2011

小川洋子 – ミーナの行進

芦屋の大きなお屋敷に住むミーナと、そこに預けられた朋子の物語。昔動物園もやっていたそのお屋敷にそのころからいるコビトカバのポチ子がなんとも可愛い。

ぐぐっとくるドラマチックな展開でもなく、わりに淡々とお話が進むのだけれど、なんでもないような日常、朋子が知る新しい世界たちがつぎつぎとでてきて、スピード感あって、すいすい読めてしまう。けれども、さっさと読むと、こまかな描写やら事件やら、2人や、素敵な家族や昔話やら、いろんなことをあっさり読み飛ばしてしまいそうになるので、じっくり読むと素敵。

ミーナがやたらと関西弁なことやら、彼女が体が弱いのでそのポチ子にのって学校に通うということやら、芦屋を中心とした街の描写とか、なかでもミーナが大事にみんなに内緒でためていっているマッチ箱の図柄から連想する膨大な物語たち(これがどれもほんとうに素敵・・・小川さんもよくこんなの思いつくなぁ)とか、いろいろまるでいろんな味がするキャンディーのよう。

このひとたちがいまもこの世界のどこかにいるような気がしてならない。
幸せに暮らしてるのかなぁ?
ポチ子に乗りたかったなぁ。

挿絵があるんだけれど、とても素敵な絵たちなんだけれど、ちょっとイメージと違うなぁ、もっとふわふわしてほしいなぁ。

中公文庫 2009

小川洋子 – 博士の愛した数式

映画になって、そのタイトルから気になっていたおはなし。映画見るよりやっぱり原作が読みたくて。

記憶が80分しか保持できない、過去に不幸な事故にあってしまって数学者と、その世話をするため派遣された家政婦母子、そして数学者の兄の家内であった老婦人。この4人の、微妙な、哀しささえ感じさせる美しい情愛をかわす姿が描かれた、とても心温まるおはなし。

数々 のいいシーンはあるけれど、やはりそれよりも、理系出身だからか、数字、数式などにぐっと惹かれてしまう。もう長い間わすれていた数字たちの美しさ。数学 者たちが編み出した美しすぎる公式たち。知れば知るほど不可思議な数字の世界。そこには人智をこえた神の智慧を感じずにはいられない。

そ ういった数字・数学の美しさを愛するように、かつて愛した恋人、そして新たに現れた家政婦たちを、その短い時間でしか知り合えない、そんなハンデを持ちな がらも、素直に心をかわす、そんな老数学者の姿に、いま自分たちが見落としてしまっている、手のひらにそっと包んでいなければならないような人の息吹、感 情、生き方を感じずにはいられない。

新潮社 2005

博士の愛した数式

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