タイトルがまず不思議。小川さんって感じ。日本から遥か遠く離れた場所で旅行者を襲撃する事件があり、日本人8人が拉致された。最初は事件にこそなったものの勾留は長く続き世間からは忘れられて行った。しかしある日その国の特殊部隊が彼らを解放しようと突入したのだが、犯人グループが爆破したため人質は全員死亡という悲しい結末になってしまう。
そこから年月が経った時、その突入作戦のために盗聴をしていた兵士から、その録音テープが遺族にもたらされる。ある記者がそれを聞きつけ、遺族たちと話し合って、それが公開されることとなった。その内容は勾留を嘆いたりするものではなく、彼らがその時間を苦しくないものにするため、一人一人それまでの人生で記憶にのこる出来事をまとめ記して朗読するというものだった。
全体の話の作りはおいておいて、9つの話(人質となった8人と、盗聴していた兵士1人)が出てくるのだけれど、どれもが、いわゆるすごく普通の人生を送っている人の、なんでもない出来事だけれど、ふとした時に思い出すような、少し特別な出来事、というものが語られる。それらはその人にとっては少し特別であっても、普通は埋もれてしまうようなもの。でも小川さんがいうように、誰にもひとつふたつは人が耳を傾けたくなるような出来事があるもの。それくらいのお話が淡々と語られる。
ぼくは「B談話室」と「やまびこビスケット」の話がとても好き。夜とか日陰のような目立たない場所で、ほんの少しの人の間だけで起こったり共有されるような出来事。ほとんどはそういうことの積み重ねで人生なんてできていると思う。それらは大きくドラマチックで派手ではない普通の物事なのだけど、そうした小さな物事の中にもさざ波はあって、それらによって人生の、時間の、濃淡が出来上がっていくんだと思う。そういうほんと小さいことを丁寧に描写する小川さんの文章は本当に素敵。9つの話はどれも、誰かが実際に体験してそれを語ってくれたことのように、しっとりした感触、生きている感じがする。でもすこしどのお話もズレた感じがする。でも誰の人生にもそういう瞬間や時期があるなあ、とも思える。
手のひらでそっと包んで大事に心に受け止めたくなるこの物語、なぜか寂しくでも嬉しくなって、繰り返し読んでしまう。いい本。ありがとう。
中公文庫 2014