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浅田次郎 – 憑神

幕末を舞台に、才能はあるのに不運が重なり出世できない主人公別所彦四郎がふとしたことからお参りした古びた祠が実は災いの神様であったことからはじまる どたばた劇。でもその中で描かれる江戸の町、幕末の雰囲気を通して、人間の生き方とはどういうものなのか、ということを考えさせられる。

主 人公はつぎつぎと取り憑く貧乏神・疫病神・死神に七転八倒する。貧乏神には家の財産を危うくされ、仕方なく、でも少し恨みを晴らす意味でそれを不運のもと となった婿入り先に向けてみたものの元妻やその子にまで不幸がふりかかったことを後悔し、疫病神に健康をそこなわれそうになったため、それを出来の悪い、 しかし家督を継いでその家督までだめにしてしまっている兄に振り向け、でも実は兄もわがままでダメなものなのにそれなりに自分の立場や時代のことを憂いて いることを知り、いままで軽蔑していた兄のことを考え直す。そして最後に死神に取り憑かれたときに、「いかに生き、いかに死ぬべきなのか」ということに心 底悩む。

そんな主人公の生きていく姿、そして幕末の雰囲気(徳川の次代の終焉)が、現代社会の我々の姿・時代と妙にオーバーラップす る、というか浅田次郎氏がそう描いたのだと思う。全体的な目標を失い、社会がどこを向いているのかわからず、その上に国外からの恐怖にさらされる。そんな 時代の中ではずるい人間がまかり通り、それに恨みを晴らすものが出て、諍いばかり起こり、正しくない(正義でない)力(権力)の使われ方がされ、政治は 腐ってしまっている。人々はなにかすがるものを求めたがるがそれがまったくない。

だから神頼みしたりなんかしたくなるのだけれど、実は 神頼みしたり、ちいさなことに一喜一憂したり、そんなことに振り回される事はつまらないこと。ほんとに幸せになるには、自分の信ずる道をみつけ、それを貫 いていく事なんだ、ということを主人公は悟る。そのことがそのまま著者のメッセージなんじゃないかな、と。そういう姿のひとはほんとに勇ましく見えるん じゃないか。

面白いながらも考えさせられて、そして晴れ晴れとする好作品だとおもう。だから映画はきっと見ない。

憑神

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