宮部みゆき – ステップファザー・ステップ

ひょんなことで忍び込もうとした家のとなりの家の住人(双子の兄弟)につかまってしまい、しかもなぜか「お父さん」と呼ばれ、奇妙な関係がスタートする、職業泥棒と双子のおはなし。

ちょっとしたミステリーやマジックぽい話のネタやストーリー展開もいいけれど、このまったくの他人同士の間に時間とともに生じてくる一種家族のような気持ちや意識の通じ合いがどんどん濃くなっていく様子の描き方が見事というか。話自体はわりと軽いのでさっさかさーと読めるのだが、そんな擬似親子の気持ちの通じ合い、そして実際の社会とのギャップでの悩み、それによる不信、などなどまるで恋人の話のよう。おもしろい。

講談社文庫 1996

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society

攻殻機動隊のSAC(Stand Alone Complex)シリーズの2NDシーズンの2年後のおはなし。草薙が隊をはなれ、トグサがチームリーダーになり、バトーが隊とは少し距離を置いた立場にいて。

ストーリーはさておき、やっぱりこの攻殻の魅力というのは、取り上げるテーマの面白さ、その視点、意外性であったり、ストーリーの伏線の張り方とその見せ方であったり(謎の解き方)、たくさんの物事を短い時間につぎ込んだスピード感であったり、だとおもう。この作品もそれに倣ってすごく面白いんだけれど、100分ちょっとという中では結構無理もあったんじゃないかなとおもう。決して説明不足というわけではないが、世界観の広がりが十分になしえられなかった、という風にも感じられなくもない。

社会システムからみれば、家族(血筋)というものは血の繋がった家族であろうがそうでなかろうが関係ない、いまはそういう理屈になっている。救われない子どもたちと、力なく何も残せないと嘆く老人たちを結びつけることは、システムの維持という観点からはすばらしいアイデアだ。しかし人間が培ってきた人間の社会システム(倫理)からははずれてしまう。そんなとき正しいのはどちらなのか?それは何者が判断できるのか?いまとなってはわからないし、誰もできないし、誰ができるのかもわからない。でもそんな狭間で人間たちは生きていく。いつかもっとよりよい社会ができるだろうという希望だけを力にして。

東海林さだお – ショージ君のぐうたら旅行

「にっぽん拝見」のつづき。昭和47年ごろのことが描かれている。
こういうの読んでると、やっぱり昭和って時代が好きだった(いい意味でもアカン意味でも)なーとつくづく思う。

今回も東海林さんは思いつきなのかなんなのかわからないけれど、どこからか面白いネタをみつけてきてはそれを体験取材してルポするということをやりつづけているけれど、やっぱりその興味の対象であるとか、行動力、観察力なんかに脱帽するわけです。はい。それでその何よりも卑屈な態度をとった東海林さんがその視点から見る社会の現象がおもしろおかしく、そしてちょっとホントのところを突いていて、でもなぁ・・・的な文章がとてもうまいなぁと感心させられるわけです。はい。

珍しいものを食べれると聞きでかけてみれば「これっぽっち?」というような量だった、とか、女の子がたくさんいく旅行だからといってみたらぜんぜんだったり、とか(笑)、固い決意で禁煙に臨むが結局できない、とか、ロマンを求めに日本最北端までいったらただの観光地だった、とか(笑)。

時代は違うが感じ方はいまもいっしょ。平成になったからって入れ物がかわっただけで人間はかわんないなーとほほえんだり悩んだり。なんか楽しい。

文春文庫 1977

江國香織 – 赤い長靴

冒頭の一行目から江國さん。なんでこのひとの文章はこうも彼女っぽいの?

結婚12年目を迎えるある夫婦の日常を14の短編で描いた作品。妻・日和子の視点で描かれたものが多いが、同じ事柄を夫・逍三の視点で描いたものもあり、両側面からの気持ちが見えてなるほどとおもったり、どうなんだろうとおもったり。

夫の愛想なさにどうしようもないいとおしさや淋しさを感じ、くつくつ笑う妻・日和子。通常会話のなりゆきや内容によって物がたりは構成されていくのに、このお話は大半の会話が成り立ってない。返事がなかったり、ずれたり。お互いに発してる言葉と聞いてる言葉が違っていたり。物語としてはおかしな感じだけれど、実際こういうことって多いんじゃないか?そんななかにこそ夫婦のなんでもない日常があり、危うさがあり、それを乗り越えていく力がある、っていうことを描きたかったのかな?

不気味さや怖さを感じてしまうかもしれないけれど、一段と江國さんの素晴らしさを感じてしまう一冊でした。

文春文庫 2008

乃南アサ – 5年目の魔女

やっぱこういう女性心理の暗い側面を描かせたら乃南さんてほんとうまいというか、凄いな。景子と喜世美、2人の女性の切っても切れない関係。それは縁というものではなく、執着や怨念やらいうものを感じてしまうほど。はっきりいって、こわい。きっと女性にしかわからない女性だけが感じる女性の怖さ。それらがまざまざと描かれている。

魔女的な女性っているけれど、実は見てわかるようなものはほんとじゃなくて、誰しもが幾分かずつもってる性質なんじゃないかな?

新潮文庫 2005

イントゥ・ザ・ワイルド

クリス・マッカンドレスというひとの生きた記録。
アラスカの大地ですべての社会システムから自らを隔離して生きた彼がたどった運命とは・・・

もしかすると偏った生き方、融通の利かない奴、なんて言われるかもしれないけれど、このいまの人間の社会、そのシステム、とくに資本主義が築き上げた現代社会のゆがみ・ひずみに対して嫌悪感を抱く人間はたくさんいるだろうけれど、そこから逸脱できる人間はさほど多くないと思うし、それを実行する人間も、とくにここ日本ではいない/出現しにくい、だろうなぁと。

たしかに冷静に考えてみるといまの社会(というか社会システム)っておかしい。利潤を追求しないとまわらないし、お金というシステム自体、殖えていかないと成り立たないことを誕生したときからすでに内包しているものだから。

人間として、それ以前に生物として生きていくのに必要なことってなに?そんなことを問いかけられているような気もするが、悲しいかな、感情と理性をもつ人間は、それを分かち合う相手が必要だと気づく。すると自由気ままに生きているはずなのに、その隣には孤独があることに気づいてしまう。

たくさんの出会いと別れ。人間が人間として、動物として生きていくのに必要なものはなんなのか、それを考えさせられる映画だとおもう。

東海林さだお – ショージ君のにっぽん拝見

昭和43~46年あたりに、漫画讀本、オール讀物に連載されていた東海林さだおのエッセイ集(当時エッセイって言葉なんかなかったかも)。たしか中島らもの本で東海林さんの本がおもしろい、と書いていたのでいつか読んでやろうと思ってついに手をだした。結構何冊もつづいているはず。

著者がちょうど30代にはいったころで、ようやく物書きとしてなんとかかんとかやっていたころだと思うのだけれど、まずは当時の風俗が赤裸々に描かれていてすごく面白い(どうも昭和40年代にはとても興味があるのだな)と思うし、あと話題も競馬だとか、男女関係だとか、新婚旅行とか、ハワイアンセンター(ちょっとまえに映画フラガールの舞台になった常磐炭坑)とかとか、当時話題になっていたようなことが、当時の視点・考え方、そして著者の視点でおかしく描かれていて非常に楽しく読める。

あとやっぱり著者のちょっと卑屈な、ヘイコラした、頑固な自分のキャラが何事にも「すんません」的な態度でルポしていくのだが、その中にキラリと光るニヒルな笑い、目立たないけど鋭い観察、柔らかく言ってるけれど実はすごい社会批評など、読んでいて「なるほど」とか「にやにや」とかすることばかり。うまいなぁ。それともこれが自然なのか。

漫画家として知られる彼の挿絵も的を得ていておもしろく、このシリーズ癖になりそう。

文春文庫 1976

栗本薫 – 黒衣の女王(グイン・サーガ 126)

前巻の最終章で突然出てきたイシュトバーン。いきなりパロにいきたいと言い出す。そう、それまで怪我しておとなしくしてたんだった、そうだそうだ。

その彼が突然パロに現れ、クリスタルが騒ぎとなる。
もちろんタイトルの黒衣の女王といえばリンダ。話の展開は読めてしまうけれど、通らなきゃならないターにニグポイントか。でもリンダがほだされてしまって・・・・ていう展開になってしまったら?なんて考えても面白い。

イシュトとパロ。なかなか因縁だなぁ。

ハヤカワ文庫 2009

栗本薫 – ヤーンの選択(グイン・サーガ 125)

栗本さん、亡くなってしまった。
もうこの物語もあと数冊で未完でおわってしまうのか。寂しすぎる。

とにかくご冥福を。

草原地方を横断していたヨナ。しかし騎馬民族に襲われてあわや全滅の憂き目にあうところ、偶然通りかかったスカール一行に救われ、彼だけが生き残る。そしてスカールと行動をともにしヤガへ。

大自然に大して、人の生き死になんてすごく小さなこと。まるで人間が踏みつぶした虫けらのようなもの。生きているとはなに?そんなヨナの心の言葉がなかなか興味深い。

しかし、ヤガっていったいなんなんだ?

ハヤカワ文庫 2009

山本文緒 – 恋愛中毒

とある事務所につとめる女性の恋愛の独白。結構長編なので、一度読んだだけだとこの物語というか、書き口の凄さを感じきれなかったけれど、それでも、迫力ある物語だった。

プロローグではその事務所の男性の視点で始まるのに、いつのまにやらその女性の視点にすり替わっている。これが見事というか、物語の構造の複雑さと、その女性の心理の複雑さを見事に表しているように思える。

最初はちょっとおとなしい、そんな女性像を想像して読み進むが、どんどん狂気を孕んでいく様子が、こわい。エピローグまでしっかり読むと、プロローグとのつながり、視点の、見え方の違いがわかって、わぉ!と思うようなたくみな文章。うーん、すごいなぁ。

でも、もっかい読まないとなぁ。

角川文庫 2002