すごく久しぶりに辻さん。最近あまり手にしていなかったというか、新しい本にめぐりあってなかった。というか古本屋さんでだけど。文庫はこのタイトルだけれど単行本のタイトルは「アカシア」
辻さんの生み出す物語たちは、ほんとうに突飛もないものばかり。やたらとピンポイントなフォーカスで描かれるのに、そのアイデアからみごとに深く広い世界が紡ぎだされる。でもそれらはなにか悲しく寂しく、そして人間のやさしさに包まれている。それはなにかのあきらめの裏返しなのかもしれない。
この本には5編の不思議な食感の短編と、あとがきにかえてアンコールのように短編がついている。
いつも毎日同じ時間に現れる女性「ポスト」、未開の地に迷い込み時間のない社会で生まれ変わる男「明日の約束」、妻を見失い鳩を飛ばして忘れようとする男の「ピジョンゲーム」、大人たちの歪んだ社会をじっと見つめる素直な目「隠しきれないもの」、冷めはじめた夫婦には何が必要だったのか「歌どろぼう」。ああ、どの物語も何か歪んでいて、非現実的で、やるせなくて、でもどこかに確実に存在しているという気にさせられてしまう。少し怖い。
そしてこれらの紆余曲折の物語たちに対し、最後のデザートで口直しをさせるかのように出される、別れ話を切り出せない彼女と結婚したい彼の心もよう「世界で一番遠くに見えるもの」。素敵。
見事としかいいようがなく、ゆえに悔しい。
文集文庫 2008