「王国(その1) アンドロメダ・ハイツ」の続き。
楓と片岡さんがフィレンツェへ旅立ってしまい、一人になる雫石。寂しくてホームシックになったり、福引であたったテレビに没頭してしまったり。山を離れて自分の力が鈍ることに焦る。でもそれは新しい生活、知らない都会での生き方、それに生まれ変わるプロセスだった。変わってしまうと怖れるあまり、現実を見ないようにしてしまう。けれど、過ぎたものは再びまったく同じものとしては続けられない。変わっても本質は変わらず、その場に適応して、また新たに生きていける。その場にはその場にあった自分でいられるはず。
あいかわらず引き込まれる文章。まっすぐなストーリーがあるわけではなく(いや、あるのだが)、日記のように、その人の語り口調のように、まるで蝶が花から花へ舞うように、おはなしはふわふわと雫石の日常と内面を語る。より一層、自然とのつながりや人とのつながり、そういう点が強調されているよう。
繰り返し繰り返し形を変え、たとえ話を変えながら、生きること、大地を踏みしめること、人間という動物として野性的であること、を諭されているように思える。現代人が便利さと忙しさ、痛みの少ない、取り返しのつく世界というもののために棄ててしまった(見ないようにしてしまった)本来あるべき姿を思い出させようとしているのかな、よしもとさんは。
雫石の成長の物語はそのまま我々の気づきの物語になっているように読める。
新潮文庫 2010