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2012

有川浩 – 図書館内乱


図書館戦争シリーズ2作目。1作目とは違い、5つのお話が(といっても時系列だが)並んでいる感じ。新たに出て来たキャラクターが実はこの後の展開を握っていたりする伏線になるのも楽しい(読みながらなんとなくわかるけど)。

図書特殊部隊配属になったことをひた隠しにしていた主人公・郁の職場見学にやってくる郁の両親とのドタバタを描いた”両親攪乱作戦”、後天的な難聴になった年下の幼なじみが事件に巻き込まれる”恋の障害”、郁の同期の美人・柴原に近づく謎の男”美女の微笑み”、やはり郁の同期の優等生手塚の兄・慧との確執”兄と弟”、そして郁が図書隠蔽事件に巻き込まれる”図書館の明日はどっちだ”の5編。一応違うエピソードにはなっているが、時系列なのでちょっとずつ関係性があるし、とくに手塚の兄・慧と彼が率いる「未来企画」と名乗る研究チームが暗い影を図書館に落とす。

良化委員会と図書館の争いのことはもちろんだけれど、その辺りの権力の綱引きにより隊員たちが大なり小なり事件にまきこまれ被害にあう。単にお話としても面白いのだが、そこに著者が光をあてるのが、普段はまったく見えないけれど実は大きく社会に働く権力の実態のようなもの、だ。ここではあくまでもフィクションとしての検閲と表現の自由の対立の構図だけれど、リアルな社会にはこれに似た構造のものが実はたくさん存在している/しているのではないか?という問いかけをされているような気がする。単に話がおもしろいからそんなこと考えずに読み進めばいいのだけれど、どうもそういうことに問題提起してるように思えるのは、思い過ぎか?

ま、そんなことはおいておいて、ちょっとずつ成長する郁を見ているのが楽しくて仕方ない。まわりのキャラクターたちもどんどん自己主張をはじめてきたし、やっぱりそれぞれの恋がどうなっていくのかが楽しみ。ラブコメだもんねー(笑)

今回も文庫本にはおまけつき「ロマンシング・エイジ」。そして児玉さんとの対談もすごくいい、男女関係のおはなしと社会のありようについて。

有川浩 – 図書館戦争


久しぶりの有川さん。この図書館戦争シリーズは彼女自身はじめてのシリーズもので、代表作になりますと言った通りとてもおもしろい。本編4冊、別冊が2冊あるそう。その最初の刊。やはり今回も裏切らない有川さん、ありえない設定からはじまるのが面白すぎ。そして一連の自衛隊ものからきたのかメカメカ(というほどでもないか)しいのも楽しい。戦場ラブコメ(笑)。

少し未来のお話(でも年号は平成ではない)。30年前に公序良俗を乱す表現を取り締まる「メディア良化法」という法律が成立し、憲法21条(表現の自由)ぎりぎりのところで検閲というものが堂々とまかり通る時代、唯一その権力に対抗するべく整えられたのが図書館を守る図書隊であった。メディア良化法を盾に検閲を進めるのは良化委員会であり、その執行組織である良化特務機関は日々検閲の名のもとに出版物を狩るが、図書館法による「図書館の自由」を保証されている図書館はあらゆる図書を収蔵し公開する。そのため良化委員会と図書館は(ある一定の制限の範疇でではあるが)武装部隊同士の戦闘が繰りかえされる — そんな時代。

その図書隊を希望して入隊した笠原郁。上司の堂上や同期の手塚や柴原(彼らはとても優秀)から心配されながら(あまりにも郁が不器用なので、でも運動神経だけはとてもいい)日々がんばっていき、やがて良化特務機関と直接対決する図書特殊部隊(タスクフォース)への配属が決まる。郁がもともとこの図書士を目指したのは高校生の頃に本屋さんで検閲にでくわし、そのとき救ってくれた図書隊の男性への憧れ(彼女は”王子様”と呼んでいる)から。

いろいろ戦闘やら組織やら社会的背景やら(この辺のこまかさが有川さん見事)がでてきて一見モノモノしい感じがするかもしれないけれど、やはりこれはラブコメだ。女の子っぽくてきゅんきゅんした感じ(笑)。郁は結構男っぽい設定のキャラだけれど、やっぱり内実は女子なのである。そこがまたいいんだけれど。この一巻ではこのラブコメ的な部分はまだそんなにあからさまではない代わりに、このシリーズの世界観、そして検閲というもの、ひいては明に暗に世に存在する制約や権利や義務のことを考えさせるきっかけになるような要素をたぶんに含んでいると思う(巻が進むともっとわかるようになる)。物語はもちろんだけれどこういう部分も有川さんが描きたかったテーマなんじゃないかなぁ。

現に今の社会でも「人道的な側面から」などの理由により表現は制限されている(いまはメディア自身による自主規制がほとんどらしいけど)。実際こういうところでも(まぁ個人的なブログは大丈夫だろうけど、書くのを好ましくないと言われる言葉が多数ありますよね)書いちゃいけない言葉がある。たしかに明らかに差別的表現なものはNGだろうけれど、グレーゾーンなものも多数ある。それは倫理や良識や状況でいろいろ変化するもののはずだけれど、長い時間にわたって自主的にであっても制限していると、制限していること自体わからなく(世にその表現が存在しなくなる、もしくは表現しようとするものがいなくなる)なるし、制限自体が力をもってしまうのではないか? 例えばこれは検閲の話だけれど、もっともっと他のことでも人々の自由を密かに奪っているものは隠れて見えないだけでたくさんあるのかもしれない。そんなことを知らせてくれているのかもしれない。

ま、難しい話はともあれ、このシリーズ、ほんとおもしろいです。次巻につづく。
文庫版にはおまけがついてます(番外編のようなもの)。また児玉清さんとの対談もすごくいい。

角川文庫 2011

通天閣歌謡劇場

昨日チャーリーニーシオさんのバンドで通天閣歌謡劇場に出演しました。新世界、通天閣、そしてその地下にある通天閣歌謡劇場といえばNGKとならび大阪人あこがれの地(?)です。ここでは連日松竹系の芸人さんや歌い手さん、そしていわゆる人情芝居なんかが行われていますが、ここ数年毎月大西ゆかりさんのショーをやっていて、その88回目の記念公演ということで、古くからの友達でもあるチャーリーニーシオさんのバンドと東京から山崎廣明 with DYNAMICSが駆けつけ華を添えることになったのでした。

新世界♪

新世界♪

対バンイベントだったので入りも早く、まあまあぼちぼちリハも終えて時間がたくさんあったので、寒いから楽屋でぼーっとしてるのもよかったのですが、ピアノのM上さんが「動物園いけへん?」と言い出したので、これはナイスアイデア!と一緒にいきました。天王寺動物園なんていくの、もしかしたら幼稚園以来なので、38年ぶりぐらい?なのでした。もともとだいぶ古い施設なのに、年末の寒空の下の動物園、しかも4時前(つまり閉園前)ってのはとっても寂しい感じですねぇ。でもやる気のなさそうな動物たち(そらそうですわなぁ)でも久しぶりに生の動物を見るというのは(普段猫しか見てないし)とても楽しい経験でした。ライオンも虎も綺麗な動物ですねえ。つい先日キリンが亡くなってしまって見れなかったのが残園でした。

天王寺動物園

天王寺動物園

ライオンさん

ライオンさん

ペンギンさん

ペンギンさん

こんな寒空でもペンギンたちはやはりへーきでした(笑)

で、寒いわ閉園やわで戻ってほどなくショーの始まり。ゆかりさんのショーということもあるけれど、この通天閣歌謡劇場という場所とそこのお客さんのなせる技なのか、初めましてのチャーリーさんも大受け!やっているこっちがとっても楽しい気分にさせてもらえる空間でした。拍手もかけ声もじゃんじゃん、すごい場所、大阪を煮染めたようなところ。いやー、こういう場所もっと早く知りたかったなぁ。30分の出番がほんとあっという間でした。

ウワサのチャーリーさんのこの衣装

ウワサのチャーリーさんのこの衣装

その後の山崎廣明 with DYNAMICSも大人数ですばらしいステージ、場を思いっきりあたためて、そしてゆかり姉さんの登場!いやほんとさすがですねぇ。歌はもちろんバンドもいいけれど、ショーとしてぜんぜん飽きない、しゃべってるだけでも面白いもんなぁ。またバンドがほぼ知り合いばかりというのもおもしろかった(笑)。最後は出演者揃っての大団円。年末特別の面白いショー、こりゃ見なければ損ですよね。

大西ゆかりさんとは春一とかのイベントでちょいと顔を合わせるぐらいだったのに、名前ちゃんと覚えていてくださっててびっくりしました。いつか一緒のステージに立てたらオモロいなぁと思ってますが、それはまたまたのお楽しみということで。ああ楽しかった。皆さんおつかれさまでした!

 

ダニエル・キイス – アルジャーノンに花束を

いつぞやか古本市でタイトルを知ってた(有名著ですよね)ので手に取ってみた本。めったに外国文学は読まない(興味はあるのだけれど、これまで何度もチャレンジしたけれど、翻訳がまずくて読み進められなかった/外国の文化的背景がわからなくて読めなかったパターンが多かった)のだけれど、読んでみたくて。同じ風に興味あるのは「ライ麦畑でつかまえて」かな、ミーハーな意味でw。

何の前知識もなく本を開いたけれど、最初に著者自身による序文(日本語版文庫への序文)があったために、どういう感じのお話かはわかったので迷いなく入ることができた。もしそのまま読み始めてたら、非常に読みにくいひらがなばっかり(しかも間違いあるし、句読点ないし)な文章に辟易して読むのやめてたかもしれない。

32歳という立派な大人になっても知能の発達が遅れてしまったために幼児のような状態のチャーリィ・ゴードン。実はまわりからはそのおかげで馬鹿にされることも多かったのだけれど、持ち前の明るさもあってパン屋さんで一生懸命働いていた。そこに夢のような話が舞い込み、手術によって著しく知能が改善され発達し、常人およばぬ天才へと変貌する。

アルジャーノンとはチャーリィが預かられた大学の実験室で同様の手術をうけたネズミの名前。彼も天才的な能力を獲得しており、最初はチャーリィと能力争いをする。でもやがて天才となったチャーリィはその後のアルジャーノンの様子から自分の行く末を案じるようになり・・・・

はたして原文がどういう感じだったのかはわからないけれど、日本語訳もかなりうまく出来ているんじゃないか(その原文の雰囲気を醸し出せている)と思う。読みにくかった文章が(チャーリィの一人称の日記という形で綴られる)読みやすくなり、高度になり、それによりただの日記からもっと内面のこと、洞察したことなどなど人間の成長を短時間でおっているような気分になる構成がすごいなと思う。でもそんなテクニカルな部分より、彼が天才的な知能をもったことにより得たものと失ったもの、それはなんだったのか、幸せだったのはどのときだったのか、そういうことが読み進むにしたがって暗に明に問いかけられる。そこにこの作品の最も大事な部分があるんじゃないかと思う。

すごくドラマチックなお話だけれど、なぜだかすごく普通に淡々と読めた。あまり感情移入できなかったからかなぁ。それは外国作品だからなのか翻訳のためなのか、それとももっと他の要因があるのか、それはわからない。

ダニエル・キイス文庫/早川書房 1999

雫井脩介 – 火の粉

初めての雫井さん。最初は分厚さに戸惑ったけれど読み始めると進む進む、あっという間に読み終えてしまった。

ある一家殺害事件で生残った武内。彼は状況から殺人犯と起訴されるが、逆転無罪となる。それからしばらく後のある日、その裁判の裁判官であった梶間と武内が偶然出会い、そしてまた偶然にも武内が梶間の隣に引っ越してくる。彼は裁判官であった梶間とその家族に恩を返すとばかりにいろいろ善意を向けてくるが、その一方すこしずつ梶間の家族が瓦解して行く・・・・・。

スピード感があってとってもいい。最初は冤罪を全面的にとりあげた作品なのかなと思ったけれど、それは問題提起としてあったとしても主は事件に関わった人物たちと裁判官家族の人間模様。どうして加害者だった冤罪になりかけた人間が元裁判官の隣に引っ越してきたのか?それは偶然なのか?以前の事件の真相はどうであったのか?主に梶間の妻・尋恵、そして息子嫁・雪見の2人の視点で描かれる物語はやがて武内の人物像に迫っていく。またそこで崩壊していく家族の描写が真に迫っていて怖い。

普段の生活ではほとんど目に触れない法曹界の内面や、人間としての裁判官という職業、冤罪などについて考えさせられる。世の中にどうして冤罪が生まれるのか。この物語の場合はさらにそれは冤罪だったのか?というところまで切り込んでいく。

本当に何が真実か最後までわからない。狂気だ。

幻冬舎文庫 2004

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