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一年経って?離れた場所から

今これを書いているのが3/11の午後2時すぎ。一年前の午後2時46分に誰も想像しなかったような大震災とそれに伴う津波、そして原発事故が起こった。そのときぼくは梅田にあるライブハウスでリハがそろそろはじまるなーと準備していた時だった。「昨日の酔いが残っているのか?」と感じるようなふらふらした感じ(地震とは思えなかった)を覚え、ふと天井を見るとシャンデリアが大きくゆっくり揺れていた。長周期震動?!身に危険を感じて外に飛び出てみると架線もゆらゆら。大きな地震なのか?手元の携帯でワンセグを見ると地震の一報。食い入るように画面を見ているとそれに続く津波の映像。あまりにもショッキングで現実とは思えなかった。

それから一年、またたく間。報道やネットで流される情報に驚き、悲しみ、ときには微笑んだりした。地震が落ち着いてくると、そこからの復興・再建が叫ばれるようになった。しかし自分も被災地のために何かしたいなと思う気持ちはあっても、被災地から離れた場所に住んでいるものに何か具体的にできることがあるのかはちっとも分からなかったし、いまも分からないまま。

身の回りにはボランティアに行く人も少なくない。ボランティアでなくても被災地を訪れて何かしようと考える人もたくさんいる。僕自身も何度か行ってみようと思ったけれど、結局行けてはいない。行くことが怖かったのもあるけれど、何が出来るのだと途方に暮れてしまいそうだし、何をしても「そうじゃない」と思ってしまいそうだったのもある。だから被災地の人々の力になれたらと思う気持ちはあっても、一時の大きな気持ちで動き回ることより、今は長い時間をかけて見て、想って、そこから無理なく継続していける何かをしていきたいと思っている。小さくてもいいから続けていくこと、それが大事なのかな、と思う。言い訳/逃げ口上かもしれないけれど。

被災地のほとんどは復興や再建という言葉にはほど遠い状況。今まさに手を差し伸べる必要があるものごともあるけれど、長い時間をかけて手を携えていく必要があることはもっと多いと思う。だから一年経った今日、何か力添えをしなければ思っているみなさん、一年という節目を迎えて気持ちを新たにしていることと思いますが、これからは急いで大きな力を注ぐことより、自分の出来る範囲で、いまなら出来るなと思ったときに無理せずできることだけする、そう思うといいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

この国はちいさな国。そこにたくさんの人が住んでいる。そこでの東日本大震災はとてもとても大きな出来事。だからみんながこのことに思いを寄せ、気持ちを分かちあえている、少なくともそうできている世の中だと思える。でもしばらくはこんな気持ち、空気を忘れていたように思う。でもほんとうはこんな悲惨なことがなくても心を一つにできた国であったんじゃないかと思う。それがこの国の持つ素晴らしいところのひとつだったはず。同じ山や海を見、同じ風を感じ、同じ歌で涙できる、そんなひとびとの集まり。いまのこの想いを持ち続けていくこと、それがいま僕たちに一番必要なことかと思う。

 

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