伊坂幸太郎 – 火星に住むつもりかい?

伊坂さんの筆にかかると、かなり深刻で怖いことでも「怖いけど、そこまででもないかなー」とか思ってしまいがちだけれど、実際リアルな社会においてその物語の中で語られるような物事があったらどうなるだろう?と想像すると、すごく怖いことだったりする。

いきなり普通の人がしょっぴかれて行って、何かわからないうちに断頭台に送り込まれ、それを人々が「悪い人だったんだよね。仕方ないね」とか言いながら眺めるのが普通な状態、それって後にも先にもすごく異常な状態なんだと思うけれど、かつて中世の魔女狩りがあった頃のその場では普通の感覚であったのか。

ネットが発達し、いろんなものが可視化されて便利になっていくにつれ、実際には見えないもの/消されるものが増えていく。たくさんのひとが支持する意見や事実と叫ばれるものが正しいとは言えない。しかし大半はその大きな意見、人の噂に流されていく。面白い噂や怪しい噂、危険なことでも「自分のことでなければ」とネットの画面内のことと自分の世界が遮断されていると思い込んでないだろうか?それがある日自分に降りかかってきて、他人がかつての自分と同じように関係ないことと冷ややかに見る状態になると想像できないだろうか。

便利になっていく世の中は逆にいうとコントロールしやすい世の中になっていく。そしてコントロールされていることを気づかないまま人々は目の前のことに忙しく生きている。何かおかしなことがあって人々が迷惑したり怒りが高まっても、ガス抜きをする手段があればいい。実際どうかわからないけれど、それに近いとても危険な状態であってもおかしくない、そんなことを伊坂さんは危惧してこの物語を書いたのかな、と勝手に想像する。ハードボイルドの作家さんが書いたらさぞや怖い小説になるんだろうなあ。

音楽の話はほとんど出てこないけど、昆虫の擬態の話が随所にでてくるのが面白い。そして組織というものの本質「前例のないことが起こるとその対処に上層部の手腕が問われるので、組織はそれを嫌う」(のようなことが書いてあったけど見つけられない)、警察だけではないだろう組織の心理「個よりも組織が優先される」というような辛辣なことなどが、狂言回しの真壁から語られて、なるほどなーと思うのも面白く、嫌なことだなとも思う。

これまたうまく伏線が散りばめられていて、読者は見事に読みながら想像する話の全体像をそらされ引き込まれ、ああ、というところに流れていく。見事すぎ。2度読んだけれど結局真壁がいつから現れていたのか読んでもわからず、それもトリックか。まあちょっと終わるにあたって強引な部分もあったかな。

「ただ、何がどう変わろうと、別に、世の中が正しい状態になるわけじゃないけどね」

「大事なのは、行ったり来たりのバランスだよ。偏ってきたら、別方向に戻さなくてはいけない。正しさなんてものは、どこにもない。スピードが出過ぎたらブレーキをかける、少し緩めてやる。その程度だ」

ぼくのりりっくのぼうよみさんの解説がなるほどーという感じ。

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