伊坂幸太郎 – 砂漠


伊坂さん、ずっとこの本が手に入らなくて(古本屋さんで探したりするからそういうことになるんだけれど)伊坂さんの作品を読むのがとまっていた(出版順に読もうと思っているので。登場人物とかが後の本にでてきたりするし)のだけれど、ようやく手に入ったので読んだ。やっぱり伊坂さん、楽しいなぁ。文体がしっくりくる。好きなミュージシャンの音を聴いているよう。

大学入学で出会った5人の男女の物語。彼等の名前がとても考えて付けたのか、はたまた適当に付けたのかわからないけれど、なんかその適当感がいい(でもそれには意味あるけれど)。4年、4つの季節を通して彼等の友情と成長を描く。めずらしくすごく普通の青春小説。でもちょっとした言葉やことがらが伏線となってあちこちにぽこっと出没したりするのはすごく伊坂さんぽい。

一応主人公のような北村、やたらと軽い鳥井、目をみはるような美人の東堂、ほのぼのした南、そしてなにかにつけてまっすぐすぎる西嶋。かれらがちょっとした出来事に遭遇しながら喜んだり、へこんだりして成長していく様子や、彼等のそばにいる魅力的な脇役たち – 幹事ばかりやる完爾、北村の彼女の鳩麦さん、すごい伏線ででてくるキックボクサーの阿部薫(もちろんサックスの阿部薫から来てるんだろうな、こんな名前だすかなーw)、謎のプレジデントマンなどなど、でてくる人物達も多様で読んでいて楽しい。

相変わらず伊坂さんの作品には気になってしまうアイテムが数多くでてきて困ってしまう。今回はサン=テクジュペリとラモーンズ、そしてクラッシュ。サン=テクジュペリは子供の頃に公開された映画「星の王子様」(いまとなってはぜーーーんぜん憶えてなくて、主題歌だけ憶えてたりする。どこかに本あったと思うのだが行方不明)を観に行って、それで憶えているだけ(あ、バオバブという木が怖くなったのと、煙突掃除夫さんが大変やなと思ったの思い出した!)だし、ラモーンズやクラッシュは全然しらない、パンク聴かないから(でも、MiceteethのけいちゃんがよくラモーンズのTシャツ着てたので、気にはなってた)

自分の学生時代を思い出す。なんとなく毎日が楽しかったり、つまらなかったり、うれしかったり、寂しかったりしながら過ごしていたけれど、その毎日は確実に過ぎ去っていってしまって、結局無駄に時間を過ごしていることが大半だったけれど、その無駄は決して無駄ではなかったんじゃないかなーと今になって思ったり。どこかにそんな台詞があったなぁ。なにかやるせない懐かしさと、言葉にすると陳腐すぎる「青春」というものを感じるお話だった。

西嶋、いいなぁ。とてもいいなぁ。ラモーンズ聴いてみたい。

2010 新潮文庫

野島伸司 – スコットランドヤード・ゲーム

初めて読む野島さん。彼は知らないけれど、スコットランドヤード・ゲームは知っている。知っているというかやったことはないのだけれど、どんなゲームかは知っていて、ぱらぱらと目次をみてみると、ほんとにゲームをするかのような順に並んでいるので、はて、どんなものかと読んでみた。

「ゲームの達人」のようなあんな話かなと思っていたが、全然違って甘くてほろ苦い恋愛のお話。しかしそれも途中で思わぬ展開が待っていて、いきなりファンタジーぽくなったりして。どっちかいうとありがちなパターンの話なのだけれど、それがつまらなくならないのは、サブででてくる夏彦というキャラのおかげかな。彼のテンポいい会話と、そのウィットな内容、それらの主人公樽人(タルト)との掛け合いがとても楽しい。

野島さんは脚本家というだけあって、状況をだらだら書くより会話でいろんなことを運んでいくのが巧いのかなぁ。とにかくテンポよくて、そんなに薄くない本だけれどあっという間に読めたし、こまかく区切ってある章立てもいい効果になっているとおもう。

なんかその夏彦さんのことが懐かしい感じするなーと思ったら、伊坂さんの物語ででてくる、チルドレンの黒崎、そして、陽気なギャングの響野あたりを混ぜこぜにした感じなのかも。黒崎のようにクールな台詞を響野のようにしゃべりまくる、といったところかw でも正体は。。。なんだけどな。

さらっとしてて良かった。

小学館文庫 2009

誉田哲也 – ヒトリシズカ

最近ぜんぜん本が読めていない。モニターばっかりみているので、それ以外の時間に活字を眺めるのがつらいので。ほんとうこういうときこそ本がたくさん読みたい(現実逃避できる)のだけれど、目をつかいすぎるのもなあ、と思って、電車の中でも外ばかりながめている。

誉田さんは前に「ストロベリーナイト」を読んだだけだったか。あれも怖かったなぁ。今回の「ヒトリシズカ」も読み始めたときはそうでもなかったのに、ちょっとずつ怖くなって行く感じ。短編が6つなのだけれど、実はそこに描かれている謎の女性(少女?)が同じ人物であり、全く関係ないと思われる事件の陰に必ず彼女がいて、一体彼女は何がしたいのか?というところにどんどん焦点がしぼられていく。断片的に(時系列もすこし入り混じっている)描かれる6つの事件の関わりが見えたとき、彼女の意図が。。。いい感じ。

ひさしぶりにこのじとーーーっとした感じの女性の話だったけれど、湿度が高いからか、余計にすごみが増すなぁ。

双葉文庫 2012

雫井脩介 – 虚貌

少し前に「火の粉」という本を読んでとてもおもしろかった(でも怖かった)のでまた手に取ってみた雫井さん。今回も長編。なかなかややこしい事件でぐいぐい引き込まれる。

同僚のトラックの運転手に引き込まれ、やりたくもなかった犯罪に巻き込まれる主人公。頭の切れる仲間の手にひっかかり主犯に仕立て上げられて、一番重い刑に服することになる。その服役中に同じ犯罪に加担した仲間は出所し社会にまぎれてしまった。ところが主人公が出所後、この仲間達がつぎつぎと惨殺されていく。犯人は誰か?

映画のようにクライマックスぎりぎりまで犯人が違う人物であるかのように、または皆目分からないようにいろいろ伏線を張ってあって読んでいて飽きない、おもしろい。そして心に傷をもったが故に歪んでしまった人たちの末路。解決はするけれどさっぱりはしなく、ドロドロしたものが心の隅に残るのは「火の粉」と似たような感じ。でも現実世界ってこんなものかもしれない。勧善懲悪、きれいさっぱり気持ちよく解決する物事などそうないのかも。

幻冬舎文庫 2003

五木寛之 – 風の王国

いつだったか忘れてしまったけれど、何かの話のきっかけで(たぶん今の大河ドラマあたりの話ではなかったかと思うのだけれど)あまり知られていない日本の歴史というか闇というかそんなことを教えてもらったりして、そこで出て来た「サンカ」と呼ばれた(これは体制側から付けられた呼び名)人たちがかつていたということで、それについて書かれた小説としてこの五木さんの本を紹介されたのでさっそく読みました。

一応お話仕立てになっているけれど、結構史実を基にうまく話にそのサンカ(彼らは自分たちをケンシと呼ぶそう)の歴史、側面なんかをちりばめた構成になってて、今更ながらこういう人たちがいたのだ、という事実を知り、いま何も疑問に思わずに単にあるから/正しいと思っているから(思わされている?)受け入れている社会システムの根幹をなす戸籍もしくは住民票というものの存在について、おや?と思うことができた。折しもいま世間では(世間というより施政者たちが、か)法案が通り着々と地固めがなされている「国民総背番号制度」が話題になっているけれど、まさにこれの反対をいくのがケンシの人々。

考えてみれば、まあ社会システムを構築するにあたっては、施政者側からは国民(というかその国土にいるすべての人間)を管理したいはず。徴税や場合によっては徴兵、さまざまな管理をしやすくするために。もちろん個人はその恩恵にもあやかれるわけだけれど、それを良しとしない人たちがいても不思議ではなく、彼らが自分たちで独自の文化を築き、そこにある社会システムから乖離して/もしくはうまく摺り合わせて存在したいと願うことは当たり前のことだとおもう。でも、施政者/権力者はそれを許したくない。なので年月をかけて戸籍や住民票などの裏付けというかレッテルというかがないと生きにくい社会を構築し、教育を施し、ある部分洗脳するというかうまく従わせるように持って行っているのは明らかなことだと思う。でもそれが間違っているかどうかはわからない。でもそれ自体に組み込まれたくない人たちもいて当然で、そういった人たちが存在することが今の世では非常に難しい状態になっている。日本にも明治以前はたくさんいたけれど、いまはいるのかいないのか、社会にとけこんでいるのか。もしくは我々の目が蓋をされているのか。外国ではジプシー(ロマというのが正しい呼び名か?)と呼ばれる人たちも未だ沢山いるというのに。

ひとつ問題だったのは、そういう定住しない人々を減らすというか生きにくくするために当時の(江戸後期か)施政者たちが悪者に仕立て上げたらしい、ということ。主に山賊だのなんだのと一般の人々に悪いイメージを植え付けようとしたそう。それは実際は実態とはちがっていた部分もあり、多くは定住せずにいろいろな技術をもって里と交流し、土地や人びとの血脈となって世間を活性化させていた人々だったよう。

ぜんぶ五木さんの受け売りだけれど、今まで全然しらなかったことを知り、そしてそこから今ある姿の違う面が見えるようになった。まだまだ知らないこと/伏せられていることはこの国にはたくさんあるのだろうな。良きにつけ悪しきにつけいろいろ知りたいものだ。

新潮文庫 1987

百田尚樹 – 輝く夜

クリスマス・イブをひとり寂しく過ごすことになった女性の物語5つ。どれも短編ながらぜんぜん違うシチュエーション、人物像なんかで描いていて、ちっとも飽きずに、でも短いからといって単純な内容でもなく、しっとりと読ませてくれた。さすが物語を生み出すのうまいなぁ。

願い事が3つ叶うという「魔法の万年筆」、偶然拾ったとても見てくれの悪い猫は実は…「猫」、若くして大病を患ってしまいせめて人並みの幸せを感じてみたかったと願う女性「ケーキ」、旅先でのちょっとしたウソが思わぬ遠回りを招く「タクシー」、度重なる不幸の痛手からあてどなく街を歩いた先で立ち寄った教会「サンタクロース」。どの話もおもしろかったけれど、どれかといえば「ケーキ」。主人公のささやかな幸せが走馬灯のようにまぶたのうらをめぐっていく気がする。

どのお話もうまくまとまってて、いい感じ。逆に言うと綺麗にまとまりすぎている気もするけれど。テレビぽいというか。しかし、まあでも今時そんなにクリスマス近辺が昔ほど特別感はないような気がするのだけれど、これは歳のせいかな。でもほっこりした。

講談社文庫 2010

辻仁成 – 右岸

先日読んだ江國さんの「左岸」と対をなす本。あとがきで読んで知ったけれど、もともとは江國さんと辻さんで呑みながら「だめだめな男女のおはなしを書こう」といって連載されはじめたそう。だけれども、ダメダメかなぁ?ダメダメかもしれないけれど、愛すべきダメダメさ、なのかも。

両方読み終わったからいうけれど、たぶん江國さんの左岸から読んだ方が最後まで話がクローズ(辻さんの本のほうが、より物語全体の構造というか、お話上の論点の帰結がわかりやすいかもしれないので、先に読んじゃうと江國さんの本のほうが、事実後追いのように感じるかもしれない)しなくていいような気がする。ま、たまたま好きだから江國さんから読んだけれど。もしかして逆でも、また楽しいのかもしれないけれど。

で、この辻さんのは物語の主人公の片方、祖父江九の物語。江國さんのを読んでいたときは、子供の頃は仲良かったのに茉莉の兄・惣一郎が死んでからは人間が変わってしまい、いつの間にかどっか放浪して、最後に帰って来たひと、みたいなイメージでしか(あとは時々寄越す手紙でくらい)なかったけれど、いやいやこの辻さんのほうの物語読むと、もしかすると茉莉以上に波瀾万丈の人生だったのかも。そして、物語の最後にどうやって再び茉莉と九が交わったのかがよくわかる。大いなる輪廻。

2つとも読むと見事に物語たちがシンクロし、過不足なくひとつのおおきな物語をつくってることがわかり、執筆段階での綿密な計画と周到な準備、そして2人の著者の見事な文章力に脱帽するしかない。とてもおもしろかった。やたらと盛り上がったり、おもしろおかしいわけではないけれど、2作品とも実に見事に各々の主人公の人生を描いているし、彼らの人生が、まるで自分のことであったかのように、走馬灯のように頭の中にありありと像を結んでいて、2人分の人生を生きたような気がする。

また、この辻さんのほうでは、九がいろいろ考えたり語ったりすることや、彼に多大な影響をあたえた黄色いオババの言葉、後の方にでてくる彼の前世に関わりのある人物が語る言葉が、ちょうどいま僕の人生にとても含蓄のある言葉として響いてくる。決して説教臭いわけではない。けれども、なにか迷いのあることそのものを発見させ、それについての対し方を教えてくれているような気がする。

ひとつ、オババの言葉:「人間は、苦しいのが当たり前なんだ。悲しいということが基本だ。寂しさから逃れられる者はいない。辛さから離れることは不可能だ。大なり小なり、みんな辛いんだ。それが、生き物の基本さ」(下巻p.171)

辻さん、江國さん、いい物語をありがとう。

集英社文庫 2012

 

有川浩 – レインツリーの国


山本弘氏による解説を読むまでなんとなくしか気づいてなかったけれど、この本のタイトル、同じ有川さんの「図書館戦争 図書館内乱」のひとつのエピソードにでてくる(架空の)本のタイトル。主人公の上官のひとりである小牧と幼なじみの難聴をもつ少女毬江の物語。そしてこの有川さんの物語も健聴者と難聴者の恋の物語(図書館戦争〜の中で小牧は毬江にこの本いいよと薦めた、なるほど)。見事にお話が入れ子になっていて素敵。さらにこのお話の中で主人公・伸行とヒロイン・ひとみが出会うのもある小説を通してのこと(しかもネットで)。このある小説のあらすじもやはりこの「レインツリーの国」とうまくだぶらせている部分があって、これまた素敵。有川さん見事です。

このお話もやはり有川さん、思いっきり恋のお話だけれど、今回は甘々ではなくて、ツンデレでもなくて、ちょっと厳しい恋。「図書館戦争シリーズ」の’床屋’と’理髪店’の下りを読んでいるような気分になった。知識としては知っているけれど(もちろん身の回りにもいないことはない)難聴者のこと。普段は何も気にせず「あ、耳が悪いのね」程度にしか考えてないけれど、ここででてくる、途中失聴/難聴/聾/聾啞の違いなんて知らなかった。知ってたとしても区別できないし、ましてやその人たちの立場を想像することなんかできるわけがない。でも有川さんはそれを(禁止語のときと同じく、これはメディア的にはNG的ネタだ)真正面から描き、「難聴の人は物語のヒロインになれないの?」といわしめた図書館戦争の毬江の台詞をまたここでも投げかけてくる。僕も含めた健常者(この言い方もおかしい気がする)なら、目を閉じて、蓋をして通り過ぎてしまいたくなる、知りたくない考えたくないと心のどこかで思っていた部分を明るい場所へもってきて、そこには違いがあるだけで優劣はないし、ましてや区別されるものではない、と教えくれた。

有川さんのこれらの本のほんと素晴らしいと思えるところはこれらのやもすれば重たい話題を「恋」というフィルターを通して知識としてではなく、感覚として説いてくれる部分じゃないかと思う。これらのことを論文然と書かれたら面白くないと思ってしまうけれど、有川さんのように楽しく哀しい物語として描いてくれたら、お話として楽しめて、そして彼らの気持ちになってこういった事柄に触れることができるんだと思う。勇気と根気をもって書いてくれて、そしてまた新しいことを教えてくれて、ありがとう有川さん。

新潮文庫 2009

田中啓文 – ハナシがうごく!(笑酔亭梅寿謎解噺4)


そして3につづき4も一気読み。だってやめられないんだもん。この巻も短編が8つ。どれも古典落語が題材で、目次見ているだけでも全部普通に落語できいてみたくなる(もちろん月亭八天さんの解説あってのことなのだけれど)。

襲名騒ぎや師匠梅寿の危篤などのどたばたがようやく一段落した梅寿一門であったが、大手プロダクションを抜けた彼らには仕事もなく、落語ブームもどこ吹く風。バイトしたり闇営業したり。そんな竜二にはやはりまだまだ波乱が。たまたま立ち寄ったなじみのライブハウスでインディーズ社長に気に入られて落語のCDを出そうと持ちかけられたり、甘い営業だと思って飛びついたら死にそうになったり、落語がまた嫌になって漫才に手をだしたり、、、そんな彼も3年目になっていよいよ内弟子から独り立ち。でも仕事はない。さてどうなるのか?

”謎解噺”というシリーズ名なので落語にかけたミステリーものという感じもあったけれど、いまはあまり謎解きものはなく、竜二の成長とどたばた、数々の難問どかどか、という感じ。でもちゃんと落語がネタになっているし、ますます噺家の世界に引きずり込まれるようで楽しい。個人的には最初の「二人癖」と「仔猫」が好きだなぁ。つづき出るのかなあ。竜二もっと頑張ってほしいなぁ。

集英社文庫 2011

田中啓文 – ハナシがはずむ!(笑酔亭梅寿謎解噺3)


自分のブログを読み返してみたら4年前に読んで以来のこのシリーズ。続きがあるのはもちろん知っていたのだけれど、なかなか出会わずで読みそびれていた。前のお話がどんなだったかはすっかり忘れてしまっていたけれど、読み始めるとだんだん思い出したのもあるけれど、とにかく面白くて一気読み。こんな面白かったっけ?!

ロックとバイクが大好きでめちゃくちゃだったがひょんなことから上方落語の大師匠である笑酔亭梅寿に弟子入りした梅駆こと竜二。彼が師匠や兄弟子たちにひどい扱いを受け、「もうこんなん嫌や」「落語なんか何がおもろいねん」とかいいながらも、少しずつ落語のよさ、いろんな面を知って行く。それでもたまにはめちゃくちゃしてしまうのだが、それでも破門にはならない。どうやら陰で師匠は彼に才能があると思っているようで‥‥

短編が8話。どれも古典落語が題材(モチープ)となっており、その解説を最初に月亭八天さんが軽く(しかもうまく)書いてくれているのもあるし、お話の中でもあらすじや背景なんかを説明してくれるので、面白い物語だけれど落語のいろはを知ることもできてとても楽しい。また竜二がめちゃくちゃだけれども憎めず、彼と一緒に落語というもの、噺家というものの世界を見聞きしていき、どんどんはまっていくのが楽しいのだな。

今回はテレビの時代劇がでてきたり、地方のどさ回り、さらには襲名の話まであってバラエティに富んでいて読んでて全く飽きない。ほんとこれ読んでると落語家さんたちに会いたくなるし、何よりも落語聞いてみたい。まともに聞いたことない。テレビとかでもやってるけれど、音楽と同じ、生でなければやっぱり伝わらないし、見続けられないのよね。あーいきたい。

集英社文庫 2010