村上由佳 – 僕らの夏

古本屋さんでふと手にした本。前にも村上さんはたしか読んでて(忘れた。そのためにこうやって備忘録のめにブログ書いてるのに・・・)、そのときの印象がよかったので。

読み出してからわかったけれど、これは「おいしいコーヒーのいれ方」と題したシリーズの2作目。でも読み出しちゃったし、甘酸っぱい青春(ほんとに甘酸っぱい!)を思い出してしまったので、そのまま気にせずに一気読み。なんか男の子が通る10代後半のころの、あの、懐かしい感じがよみがえる。

ひょんなことからいとこ同士3人で暮らすことになった勝利。同居人は5歳年上のかれんとその弟である丈。勝利は美しいかれんに恋焦がれる。なんとかキスまではたどりついたものの、そこから先にすすめずもやもや・・・・

読んでいて、ほんとそうよねーと思う。10代後半の男の子って大胆なようでとくに対女性となるとすごく弱気。奥手というわけじゃなくて、どうしたらいいのかわからないのよね、嫌われたくないし。タイトルもそうだけれど、この時期の男の子って初夏のような気分、一年中。なんでも今から、っていうところ。そんな様子をささっと描いた物語、読んでて気持ちいい。

 

愛川晶 – 六月六日生まれの天使

このところ本を読むペースがすごく落ちているのでなかなかレビューも書いてないのだけれど、実は読んだけれどレビューかいてない本もあったりして(宿題ですな)、書き始めるとまあさっさと書けるのだけれど、なかなか手につかないと書けないという状態が続いている。なのでこのところは読んだ本とレビューというのは順番がごちゃごちゃになってます。

さて、これは最近読んだ本。何も考えずに読み出したのだけれど、読んだタイミングが悪かったのか、あまり好きな感じの文章ではなかった。ミステリーとしてはかなりよくできていると思うのだけれど、いかんせんちょっとすーっと読みたいと思って読んでしまうと、肝心な小さなトリックを見落としてしまうので、先まで読んで「あれ?どうなってんだっけ?」と戻ったりすることもしばしば。

ある事故により短期間の記憶蓄積能力がない男とそのそばでまた別のショックによって記憶を失った女が主人公、という設定ではじまるもんだから、ましてやなんの前知識もたい読者は一体どういうシチュエーションなのか理解できるまでに相当時間がかかるので、ここでイラっとする人には読みにくいかも。

解説で大矢博子さんも書いているように、こういう小説でのミステリーの一番の得意技は「書かないことによるトリック」であり、ちょっとずつ描いていくにしたがって様子は明らかになっていくのだけれど、うまく肝心な部分を避けて書くことにより、より一層物語を複雑化(もしくは単純に見せる)することができるので、愛川さんはそれをうまく使って見事に複雑な(でもよく読むとわかる)文章に仕上げている。

僕も最後までどうなってるのかちっともわからなかった。読み終わっても「あれ?」って感じだったので、じっくりある程度時間をかけて一気に読むのがいいのかもしれないなぁ。ちょっと文章は好きになれそうにないけど。

重松清 – ビタミンF


重松さんの作品ふたたび。今回も短編7編からなる本。40前後の若くもなく、父になり、息子や娘や妻がいて・・・という男が主人公の物語たち。家族との(とくに子供たち)間でのぎくしゃく、仕事、生活、何もかもがまだ中途半端な感じの中年男の悲哀がいろいろ描かれる。

いつのまにか丸くなってしまった握りしめた手、とてもヒーローにはなれないけれど・・・「ゲンコツ」、妻が入院してしまい息子とぎくしゃく「はずれくじ」、万引きした娘と父「パンドラ」、優等生の娘が仲良くしているというクラスメイト「セッちゃん」、若い頃の約束を追いかけて「なぎさホテルにて」、よくできた自慢の息子と娘だと思っていたのに本当のことは見えてなかった「かさぶたまぶた」、ずっと前に離婚していた母から連絡が「母帰る」。どれも好きだけれど「はずれくじ」「母帰る」は好きだなぁ。

やるせない気持ちになるけれど、どこか心がほんわりする物語ばかりだった。いい本だな。直木賞受賞作。

伊坂幸太郎 – 陽気なギャングが地球を回す


久しぶりに伊坂さん。やっぱりいいな。とくにこの物語は語り口が軽くて(でてくる連中もなんだか軽くて陽気でいいな)すいすい読める。でも読みやすいだけじゃなくて、話の進み方、出てくるものごとの無駄のなさ(これにいつもすごく感心する)、最後に話がするりとまとまるあたり、やっぱり伊坂さんいいなぁ、とつくづく思う。

実はこの話は映画のほうを先に見ていたので(といってもずいぶん前だけど)そのイメージに振り回されるかなとかも思ったけれど、読み進めていくともう映画のことなんてでてこなくて、また新たなイメージの世界にどっぷりつかってしまった。まぁ物語りもうろ覚えだったし。いままで読んだ伊坂さんの作品の中ではいちばん理屈っぽくない、というかひねくれてないというか(どっちも言葉悪いなぁ)、物語の中でギャングの一人が限られた時間で行う演説のように、すべてが淀みなく、しかもわりに速いスピードで流れていくので、すっきりした感じがあった。かといって物足りないわけでもなく、このあたりのバランスがすごくいい。

あと、やっぱり年齢が近いせいなのか、同じ時代の空気を吸って生きているからか、セリフに含まれるほんのちょっとした物事や表現、しゃべり口、街の空気感、登場人物の(語られない)背景なんかが理由なく腑に落ちてくる感じがする。そうそう、そうよね、うん、そんな感じ、というように、ただただその”感じ”に共感するというか。

ストーリー自体はとくにびっくりするようなどんでん返しがあったりするわけではくコンパクトだけれど、ギャングたちとその周りの人間たちのキャラがたっているのでそれだけでも面白い。やっぱり響野の語りが面白いなぁ。こんな人一度でいいから一緒にお茶のんでみたいなーと思ってしまうなぁ。それでいて話したこと片っ端から忘れてたりして(笑)。あ、あとこの話が仙台が舞台じゃなかったのも、ちょっと新鮮だった(ま、ふつうなんだけれど)。

そしてもうひとつ、伊坂さんの話には音楽(ジャズ系が多いように思う)のことがいろいろでてくるけれどこの物語にでてきた『僕は誰よりも速くなりたい。寒さよりも、一人よりも、地球、アンドロメダよりも』というところにドキっとした。阿部薫よねぇ。17年前の阪神大震災の1週間後、阿部薫をモデルにした音楽劇をしたことを思い出した。懐かしいが、昨日のことのように新鮮だ。

百田尚樹 – 永遠の0

初めて読む百田さん。プロフィールを読むと2006年にこの本を出版して作家デビューしたそうだが、関西老舗番組「探偵!ナイトスクープ」の放送作家をされてたとかで勝手な好感を抱いたりして。帯をみると、最高に面白い本大賞(文庫・文芸部門)で1位をとったり、児玉清氏が号泣したとか書いたりしてる。たしかにものすごく面白いし、とても感動する物語だけれど、僕には面白さや感動よりももっと哀しさや怒り、憤り、そして敬意、感謝の念を抱く物語だった。

主人公健太郎はライター志望の姉の依頼と興味もあって自身の祖父の過去を調べることになる。祖父は60年前の太平洋戦争で特攻隊にいて、そしてそこで戦死したらしい・・・・。同じ隊にいたひとや戦地にいたひとを訪ね歩く彼ら。彼らの口から語られる祖父は臆病者であったり、天才だと言われたり、さまざまな姿。しかし共通して言われるのは祖父が「死にたくない」「生きて帰りたい」と言っていたこと。なのに彼は特攻にいった。それは何故だったか?

祖父の姿を紐解いていくのと同時に、太平洋戦争が時系列に語られていく。日中戦からいよいよ対米開戦となり、いかに日本軍(ここでは主に海軍について語られる)が戦っていったのか。戦場はどんなところだったのか。真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル攻防、レイテ海戦、沖縄戦、と言葉だけでは知っている戦争を祖父の同僚であったパイロット(や、整備員、訓練生)たちの視点から語られるとき、この戦争が教科書的なものではなく、人と人とが生身で戦っていたこと、それらがいかに大本営の思惑や作戦によって左右されたかということ、そんなことが肌に感じられるような気がする。理屈としては分かっていてもこんな風に感じたことはなかった。

開戦当初の日本軍パイロットたちは優秀で、戦いの中でもおおらかに生きていたこと。開戦時にあまりにも優秀すぎた零戦ゆえの悲劇。敗戦色が濃くなっていく中で戦うことの意味を模索する彼ら。そして特攻へと向かう彼らの心境・・・・彼らのいろんな姿を通して僕たちの先祖がどんな気持ちでいたのか、想像を絶するけれど、その入り口は見せてくれる。

戦争が終わってだいぶたってから生まれた僕たちは歴史の中のものとしてしかこの戦争をしらない。でもたかだか60数年前のことだ。この本に描いてある世界を想像してみると、いまからは全く考えられない世界だ。でもこれらは事実であり、もっともっと知っておかねばならないこと。なぜなら、この戦争の犠牲の上に僕たちは生きているからだ。この物語で描かれるようなパイロットひとりひとりの屍の上に立っているのだ。それをもっともっと感じないといけないんじゃないかな。戦争の善し悪し/結果とは関係なく。

そして物語のなかで描かれる海軍士官たちのとった行動/作戦の数々が目が点になることばかり。少なくない数の作戦が失敗したそうだが、その要因が見切りのあまさ、弱腰、そして昇進競争のための点数制度などにあったらしい。自分たちは遠い場所で現実をみない作戦をつくり、兵は消耗品と考える、現場でも実際の作戦の成果よりも、点数を稼ぐためだけの指令、そして有利な状態からの撤退等々。読んでいるといまの社会と同じような構図になっているような気がしてならない。利権や派閥、出世欲のための争いばかりで、本当に必要な戦いをなにもできない行政や官僚や富めるものたち、そして彼らの陰で飢える民。戦争が終わって変わったはずなのに何も変わってないように見えるのはなぜだろう。

ほんとに太平洋戦争についてあまりにも知らなさすぎるのに愕然とする。学校教育も古い時代のことはともかくとして19世紀以降の近代史をもっと教えるべきなんじゃないかな(いまってどうなんだろ)。この本を読んでたくさんのことに興味をもった。自分がいまこうやって生きていることを噛み締めるためにも少し前にあったことをもっと知りたいと思う。

重松清 – きみの友だち


交通事故で足が不自由になった恵美ちゃん。それまで明るかった彼女は事故を境に心を閉ざし、クラスのみんなから距離をおいた。そして病気がちであまり学校に来られず「もこもこ雲」を探している由美ちゃん。彼女もクラスになじめずにいた。2人はクラスからいじめられてだれとも付き合わなくなってしまう。クラス内で彼女たちをいじめる子もそれに便乗する子も人気者も優等生もみんな「友だち」とか「みんな」というものに振り回されてそれぞれに悩んでいる。そんな子供たちの姿を通して「友だち」という意味をさがす物語たち。

よく僕たちはいう「みんながそう言ってるから」「みんながしてるから」。その”みんな”ってほんとは誰のことだろうか??自分の立場を守るためによくわからずに不特定多数の味方をつけたくてつかっていないか?”みんな”がいないと自分の立場を見いだせないなんて、それは結局”自分”というものを持ててないからなんじゃないだろうか。他人と違う自分、弱い自分、ダメな部分、いい部分、いろいろ”自分”にはあるだろうけれど、それらを認めてこそ、”他人”がわかる、そんな自分を認めてくれる「友だち」ができるんじゃないだろうか。

恵美ちゃんと由美ちゃんの成長に合わせ、クラスの子どもたち、よくできた弟ブンちゃん、そのライバルのモトくん、いろんな子どもたちがでてくる。ひとつの短編でそのひとりが主人公になって彼らの視点で「友だち」というものについて悩む姿を描く。どの物語にもでてくる恵美ちゃんの発する短い言葉に、生きること、友だちというものに対する深い意味が語られるのが印象的。

物語全体で流れていく年月とともに物語が迎えるエンディングも素敵。

井上夢人 – あわせ鏡に飛び込んで

初めましての井上さん。実は岡嶋二人の片方だったのか、知らなかった。人間味あふれるじわっとくるホラー10編。どれもいい感じに怖い。

最初の「あなたをはなさない」を読んだときからもう夢中。怖い話は得意ではないのだけれど、オカルトものではなく(そういうのも入ってるけど)人間がやることの怖さ、の怖さ、がとても面白く、ずんずん読んでしまった。特に気に入ったのは「あなたをはなさない」、「書かれなかった手紙」かな。表題「あわせ鏡に飛び込んで」はちょっと推理モノっぽくなっているのだけれど、情景描写が読み取りにくくてもったいないなあと思ってしまった(じっくり読んでないからか?)。

この短編集は書き下ろしってわけではなく、井上さんがいろんな時期にいろんな理由で(それは各短編の冒頭ページにどういう理由でこの短編が書かれたか、という説明があり、これもおもしろい)書いたものを集めたもので、どれも面白いのだけれど、時期が違っているからというのもあってか話のパターンが似ているものがいくつかあるので、最初読んだインパクトのまま連続して読み進んでいくと、別の話のときに先がちょっと読めそうになったりしたのが残念かな。もしかしたらちょっとずつ間を開けて、忘れたころに読むのがいいかも。

浅田次郎 – 姫椿

相変わらずいい感じの味を楽しませてくれる浅田さん。短編が8つ、どれも素敵なお話ばかり。「?(シエ)」「姫椿」「再会」「マダムの咽仏」「トラブル・メーカー」「オリンポスの聖女」「零下の災厄」「永遠の緑」。どの話も似ていなくてテーマやシチュエーション、テイストが違うので飽きずに最後まですっと読めた。

可愛がっていた猫を亡くし悲しみにくれるOLの元にやってきた謎の生物「?(シエ)」、行き詰って自殺を考えた男がふと立ち寄った街でたどり着く銭湯「姫椿」、友人から妙な話を打ち明けられ自らもそれを体験してしまう「再会」、オカマたちが尊敬する大ママの見事な引き際「マダムの咽仏」、会社の窓際たちが追いやられた小さな部署の同僚は問題児だった「トラブル・メーカー」、数十年前の恋人が忘れられない男の前に現れる聖女「オリンポスの聖女」、事実は小説より奇なり「零下の災厄」、堅物の大学教授とその娘が通う思い出の競馬場「永遠の緑」。どれもいいなぁ。

とくに好きなのは「マダムの咽仏」と「オリンポスの聖女」そして「永遠の緑」かな。人と人とのつながり、人をいとおしくおもう気持ち、そういったものが行間にさらっと描かれているのがいい。ドラマチックでなくても、じわりと心を動かされる、ささやかだけれど強い想い。どういう生を歩んでいたとしても、人間て素敵だな、生きていることは素敵だなと思えるときがある、と教えてもらえるような気がしました。

乃南アサ – 凍える牙

白バイ出身の女性捜査官が主人公のサスペンスもの。レストランで突然炎上して焼死する男。そして人気のない場所で大型の獣に噛まれて殺された男・・・・。一見なんの脈絡もない事件がおぼろげに結びつきはじめる。そのライン上にいる人物とは、獣とは・・・

さすが乃南さんというか謎の多い事件、細やかな描写、スピーディーな展開、普通によめておもしろい。女性刑事がでてくるものは少なくないけれど、ここまで男性社会っぽい感じをリアルに描いているのも少ないかも。なので女性の立場から見たら非常に嫌な感じがする警察内部の描写になっている。まぁ実際この社会は男性に寄ってるところは多いのは事実とおもうし、まだまだ女性の入りにくい世界ってのもあるんだなと改めて実感させられる。

サスペンスやこんな女性問題もいいんだけれど、やっぱりこの物語で乃南さんが描きたかったのは、(ネタバレになるけど)大型の犬=オオカミ犬のことなんじゃないかな。というか実物はもういないからオオカミのことだったんじゃないかな。物語の後半はこのオオカミ犬の描写であふれているような気がする。物語の筋なんてそっちのけでオオカミ犬の美しさ、強さ、賢さなんかが押し出されているようにおもう。勝手な推測だけれど、どこかで乃南さんが出会って、強烈な印象をうけたのかもしれない。

それほど描写が精密だし、その生物としての能力の高さ、賢さ(人間のものとはちがう生き物としての)そしてそれゆえの美しさ、そんなものが崇拝ともとれるほど。実際それほどの生き物なのかと見てみて触れてみたくなる。ラストのバイクと疾走するシーンは圧巻。

大型で賢い動物というのは話こそできないけれど、それ以上に目で話したりするんだろうな。僕も出会ってみたい、オオカミ犬に。

よしもとばなな – 彼女について

ずっと読んだ本のレビュー(というか自分に対する備忘録)を別のブログに書いていたのですが、今年2012年からこっちにまとめて見ることにしました。もちろんあちらにも転記はしますが。

だいぶ読んで感想書いてないのがたまってきていてあせっています。備忘録書く前に忘れそうで・・・(^^ゞ

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あいかわらずよしもとさんのつむぐ物語は不思議なテイストを持っている。たぶん章立てとかそんなものがなくて、区切りがはっきりしないのと、シーンの移り変わりがスムーズというかあんまりきっちりしてないあたりが要因だとおもうのだけれど。とにかく誰かのお話を聞いているような気分になってくる。

魔女であった母が悲しい最後をとげたときに呪いをかけられた娘由美子、そしてその母の姉(彼女も魔女だ)の息子昇一と出会い、その呪いを解く旅にでる・・・・

ちょっと現実ばなれしているような感じがするけれど、物語自体はいまの社会(世界)と地続きのような世界観。ちょうど「西の魔女が死んだ」と似たような感じかも。でもおなじリアル感があったとしてもこちらのほうが少し白昼夢のような、なにかうすいベールがかかっているかのような印象を受ける。それはそのまま主人公の置かれている状況にも似ているんだけれど。

2人の生い立ちやいまの状況がちょっとずつ明かされながら2人は過去の忌まわしい事件に関わる人や場所を訪ね歩く。そして少しずつ主人公のもつれていた気持ちをほぐしていく。そういう過程を一緒に追っていくことで、生きていること、苦しいこと、楽しいこと、死んでいくこと、そんなだれもが人生で感じること体験することを諭されていく。

ちょっとおとぎ話のような気分にもなってしまうし、結局なんだったんだろう?と思ってしまいそうになるけれど、読み終わったあとにどこか気持ちが軽くなるような、そんなお話。