伊坂幸太郎 – ラッシュライフ

結構厚い本で断片的かつ同時進行、しかしまったく関係ない物語が進んでいくので一体何がなんだったか?誰がどれだったか?こんがらなりながら読みすすんでいくうちに、物語がひとつふたつと重なっていき、やがて全体像が見えてくるという、これまた見事な構成美というか複雑さをもった作品。いやー、すごいなぁ。話自体のおもしろさよりもこの見事さのほうに感心してしまう。

神のごとく予言をする男、生きている死体、金ですべてが手に入ると信じている男、巻き込まれ青年、達観した空き巣・・・・さまざまな人間がばらばらに存在しながら交錯していく。ミステリアスな部分だけを取り出してもとてもおもしろいし、各人物像がくっきりしていておもしろい(これほど個性的な、というかくっきりしたというか、カラーが違う人間たち)し、物語のばらばらさ加減もいい。そしてそれが見事に繋がり収束する感じ。まるでとんでもない音からすごく遠回りしていたのにあれよあれよという間に見事に(しかも憎くなるほど洒落た音に)着地するドミナント進行のよう。

あまりにも複雑で時系列もこんがらがるのでネットには時系列を整理してくれる人がいるほど。なのであわてて読むとほんとよくわからない。一体どうやって書いたのだろう?と考えたけれど、もしかしてまともに書いてからちぎってばらばらに(でもすばらしくうまい手順で)並べたのかもなーと思ってしまうぐらいばらばらだ(決してそんな面倒なことはしないだろうけれど)。現代音楽、ミニマム音楽のよう。まぁちょっとつぎはぎがすごくて全体がわからなくなってしまうので、そのつぎはぎぐあいに圧倒されて物語の本筋の面白さが隠れてしまいそうになるのが難点だけれど、おもしろいことには違いない。でも強烈な印象はないかも。

印象に残るのは登場人物の黒澤さん。彼の吐く台詞がいちいち面白い(彼は他の作品にもでてきた!)。プロの泥棒である彼が言う。「誰だって人生のアマチュアだ」。その通り!

タイトルをカタカナにして英語をいろいろ充てるというアイデアもいい。音楽好きなのであろう伊坂さんを想像させる。やはり「Lush Life」を一番に想像してしまう。好きな曲。カバー表紙の絵も素敵。人生は交差することにこそある、のかも。または分かれ道の連続、ということなのかも。

新潮文庫 2005

野沢尚 – 魔笛

野沢さんの本は「深紅」以来かな。ほとんど読んだことがないのだけれど、犯罪とか組織とか人のもつ狂気とかそんなものを浮き彫りにするイメージがある。この「魔笛」、タイトルからぱっと思い浮かぶのはモーツァルトの曲とかハーメルンの笛吹き(両者とも物語の中で出てくる)とか暗いイメージのものだけれど、さてこれが物語のタイトルとしてどう作用するのかなーと読み進むと、なるほどなるほど魔笛か。

とあるテロ的な爆破事件にちらつくカルト的宗教教団の存在。以前教団が起こしたとされる事件により教団は解体され管理され、教祖や大半の主だった幹部は逮捕されていた。にもかかわらず教祖の死刑判決が出たその日におこった爆破事件。ちいさなヒントから事件の真相を追うひとりの警察官。彼(と彼の妻)が解き明かしていくその先には、教団と公安と警察の暗い三角関係があった・・・・。

いやー、面白いです。大きな力をもった組織はその存在理由もだし、組織や力の維持のために自分の力を無理につかうことってきっとあるのだろうけれど、実際に起こった事件(ここではオウムの事件)を題材に、国や公安、そして警察といった組織が何を考えて動き、どう絡み合うことがあるのかということを分かりやすく見せてくれた物語だと思う。そういう意味で脚本家として名を馳せた野沢さんらしいドキュメントとフィクションの間ぐらいの、リアルさのあるドラマという風に読めた。カラクリも面白いし、設定がいかにもありそうでいい。細かなディティール(爆弾やら仕掛けやら)もはっきりしてるし。

結局いちばん魔笛に操られているのは誰なのか?魔笛をなんと捉えるかにもよるし、操られることが悪なのか、操られているほうが楽なのか、いまの社会とくに日本の現状を考えさせる作品に思えた。折りしもオウムの事件は16年前、その直前に阪神大震災があった。あれ以来カルト的な宗教組織はみなナリを潜めているし、反体制なものもいまはあまり力がない。人々はみんな忘れている。でもそんなタイミングでまた何者かが力の復興を願ったら・・・・。怖いことが起こらなければいいが、なんて思ってしまう。

講談社文庫 2004

石田衣良 – 夜の桃


石田さんでタイトルが「夜の桃」ってきたら男女の物語だろうなーと思って読んだらまさにその通りだった。40代半ば、仕事にも成功し、円満な家庭を持ち、魅力的な愛人まで持つ男 雅人。そして同じように成功している男3人と作った自分たちの遊び場所であるBar “Eat The Peach”。日々仕事、酒、女・・・たくさんの快楽に溺れる彼はこのまま人生の最もよき時を過ごしていくかに思えたが、あるとき出会ったまだうら若い少女のような女に、いけないと思いつつも恋をしてしまったとき、すべてが瓦解してゆく・・・。

いやらしいです(笑)電車の中で読んでいて横の人に覗かれたらきっと「エロ小説読んでるぞ、こいつ」と思われてしまそうなほど濃密な描写に溢れまくってて、ちょっと困るほど。しかし出てくる女性がどのひとも魅力的なのでぐぐぐと引き込まれてしまう。困った困った。

そういう描写をのぞけば、結構男性の生態については鋭い着眼をしていると思う。男なら誰でもこんな風に考えてるんじゃないかなと思える台詞もちらちら。結局は男という生き物はいろいろ獲得していくことに満足感を覚え、つぎつぎと新しい玩具をほしがるけれど、結局それらはすべて所詮玩具/幻想であって、ほんとうに自分本来の姿でいられるのは裸で女性といるときかもしれない。

あまりにも物語のテンポがよくて描写もこんなのだし(笑)、出てくる人物も魅力的なのですすすすーと読んでしまうのだが、こういう派手なストーリーに隠れて結構大事なことが描かれてるように思う。たしかにいまはバブルのころと比べたらなんでも小さく小さく我慢我慢な風潮になってしまっていて、男や女という生物自体の元気さ放埓さすなわち欲望の深さも削がれてしまっているよう。人間だって服を脱いで化粧を落としてしまえばただの動物。本来もつ動物的な部分まで矮小になってしまったら、それこそ種の危機なのかも(大げさかな)。石田さんはそんな弱りきった男性にエール、いや叱咤激励をしたいのかもな、と思ったり。

新潮文庫 2010

群ようこ – でも女

群さんは久しぶり。はじめタイトル見たとき「でも女?でも、女?なんじゃろな」と思って読み出したのだけれど、すべて女性の一人称で描かれているので、ぜんぶ群さんの実話なのかなーと思って読んでしまった。それほどに事細かにリアルというか、あまりにもなんでもなさすぎるというか、普通に誰かの噂話を聞いているかのようで面白い。

ちょっとあーあーと思うような女の人がいちいち主人公。なんだかちょっとぱっとしないというか、ついていないというか。でもそんなところにやたらとリアルを感じてしまう。どの主人公もなぜかダメな友達がいて、お互い慰めあったりして「あーあ」な感じなのである。でもこれが女性の実態なのかなーとか思ったりして。でもそれがかわいらしかったりして。

10編ともどこか感情移入してしまって、さくさく読めていい感じ。電車のお供に。

集英社文庫 1997

江國香織 – とるにたらないものもの


何度も書いてしまうけれど、やっぱり江國さんが好きだ。よぶんなことを書き加えない文体、ひらがなとカタカナと漢字の選び方、その配分ぐあい。この人の文章を読んでいると、文章の字が文字としてではなく、なにかうつくしいかたちとなって目に飛び込んでくる。

とるにたらないものもの。普段の生活で普通に接するものだけれど、とくにとりあげるほどではないけれど、江國さんにはどうしてもひつようで欠かせないもの、いとしいもの、忘れられないものがエッセイで綴られる。「緑色の信号」「トライアングル」「ケーキ」「スプリンクラー」などなど。たしかにとるにたらないものたちだけれど、彼女の筆で語られるとそれらが生き生きたりやたらと美しく感じられたり、かわいいものに思えてくるから不思議。

ひとつのものについてはたった2、3頁でしか語られないのだけれど、行間で語られることがおおいので、一気に読めない。ちょっとずつ味わって読まないと、薄味の砂糖菓子のようにそのイメージは儚く消え去ってしまう。でもそうやってゆっくり読んでいると、まるで目の前で話してくれているような錯覚を覚える。少しずつ何か秘密を明かしてくれているような気分になる。

またこの本だけでなく江國さんのエッセイにはよく旦那さんやら昔の恋人やらが出てくるのだけれど、江國さんが独立しつつも少し甘えている感じがほのかに感じられて、ものすごくかわいらしく、または大人の女として感じられてなんともいえない気持ちになる。清潔で、ひそやかで、健康的にみだらで。決しておもしろおかしく書いたり、やたらとデレデレしたり、バカにしたりしない。そういうところがたまらない魅力のひとつになっていると思う。

ふと折に触れて読みたくなる本。大切な宝石箱をたまに覗きたくなるような気分に似ているかも。

集英社文庫 2006

中山可穂 – 猫背の王子

以前彼女の「天使の骨」という作品を読んですっごく引き込まれて別の作品も読みたいなあと思っていたら手にやってきた「猫背の王子」。中山さんのデビュー作。「天使の骨」の前のおはなし。芝居に人生のすべてを賭ける、主演男優(でも女性である)で演出家の王子ミチル。レズで女たらしでどうしようもない彼女の突き抜けた生き方、まっすぐであるがゆえに傷ついてばかりの彼女の姿に吸い込まれてしまう。

ちょうど「天使の骨」を読んだころちょっと芝居にも出てたこともあって、あの劇団特有の雰囲気とかクローズドな世界とかが少しわかることもあって、作品にのめりこんだのだけど、この「猫背の王子」ももっと強烈にそのときの想いや匂いを思い出させるものだった。そして主人公王子ミチルの姿。実際字を追っているだけでもその強烈な個性と若い女性を虜にしてしまうのであろうカリスマ性、スキャンダラスな存在感、それらを目の当たりにしてしまう。

何よりもこのミチルの生き方そのものに憧れを抱かずにはいられない。普通の人間(ちょっとした芸術家でさえ)からはまったくかけ離れた生き方。きっと苦しいことばかり、めちゃくちゃ。でもその尖った感じ、狂おしいまでに求める姿、そこに自分にはきっとできない/到達できないある意味理想の芸術家の姿を垣間見てしまう。すこし映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でのBjork(ビョーク)演じたセルマ(だったか)の頑固さ狂気さを思い出してしまった(彼女は普通の主婦の役だったが)。

そしてエロティック。女性が描くもののほうがより鮮烈におもう。男性とは違うことがきっと見えて感じるから。電車で読んでたら結構恥ずかしくなってしまうぐらい。でもこれもミチルの魅力を増させるひとつになっている。

とにかくまだ荒削りだけどその分めちゃくちゃストレートに突き刺さってくるこの物語、面白い以前に恐ろしく、でも読まずにはいられない感じだ。

集英社文庫 2000

伊坂幸太郎 – 死神の精度

タイトルからして謎かけのようなこの本。死神というと「デス・ノート」を思い出してしまい、おどろおどろしい姿を想像して本を開いてみたが、これが見事に期待を(いい感じに)裏切って、めちゃくちゃ普通の人の姿(死神なのでいつも違う人の姿に身をやつす)だし、ちょっと物知らずで世間からずれた感じだし、音楽(ここではミュージックと呼んでいる)が大好きで渋滞が大嫌い、なんとも人間味溢れる姿で微笑ましくなってしまう。そしてそういう彼らが死すべき人間の査定にやってくる・・・そんな設定にまたしてもやられてしまい、伊坂ワールドまっさかさま。

名前もない死神だけれど、ちゃんと個をもつ主人公(?)がいろんな姿で人間界に降り立つ。そこで死ぬべきと査定された人間と7日間過ごす。そんなエピソードが6つ。ひとつひとつは独立しているが同じ登場人物が別のエピソードにもでたりして、伊坂さんの構成力にまたまた感心してしまう。そしてどの話も人間じゃない死神がすこし人間くさくていい。

死神というのはここではリアル世界の流れからは切り離された存在だ。その死神という視点をもって人間界を眺めると、ぼくたちが普段普通に思っている事象がどれも少しゆがんで感じられる。解説で沼野氏も書いているように「異化」という手法だそう。我輩は猫である、もその一種かな。視界を覆いつくす大きな流れの中にいると流れがわからないけれど、そこに一点止まっているところがあると全体がよく見える、という感じか。普段小さなことすぎて目にも止まらないけれど、違う視点から見てみると、それが実に全体を現しているようなこと、それが実は本質ではないだろうか。大きなドラマなんか実際はなくて小さな波の上で生きている、それが人間なんではないだろうか。

そんな取るに足らないことが、死神の目を通すと実に生き生きし、ぼくたちがすばらしいと感じているものは実は取るに足らないことなのかも。こうやって生きて時間が流れている中でもそういう視点をもてばまた違う進み方が見えるのでは?と示唆されているように思ってしまう。

ま、そんなぐだぐだはさておき、すごく面白かった!すっきり読めて爽快。余分なものがないって感じかな。実際死神いるのかもしれないな、と思ってしまう(笑)

文集文庫 2008

乃南アサ – 花盗人

乃南さんの文章もやっぱり素敵。読み出した瞬間に周りの景色は消え、すっと静かに音が消えてしまい、景色が立体的に迫ってくる。きっぱりと独立した世界。それらを多くない描写で確実に描き出す。そしてその温度感。けだるさの中にも冴え冴えとした空気。

乃南さんらしい意外な展開と人間がちょっと怖くなる結末をもった10の短編からなる本。どの短編も面白い。こんな風に書けるということは乃南さんはよく人間を観察しているか、異常に想像力のたくましい人なんだろうな。

しかし短編集といえども「薬缶」「寝言」という軽くジャブ的な短編からはじまって、「向日葵」「愛情弁当」「今夜も笑ってる」と少しずつ怖く、ズブズブと泥沼にはまるように抜け出せなくなって、「他人の背広」「留守番電話」と本当にありそうに怖い話が続き、ちょっと趣向の変わった「脱出」、本書一番の長編「最後の花束」(見事な構成!)、そして表題作「花盗人」と、全体でちゃんと集としての構成もできているから、単なる寄せ集めではなく、読み進むごとに世界が拡がっていく短編群のよう。見事。最後までおもしろかった。

茶木さんの解説も見事。

新潮文庫 1997

江國香織 – いつか記憶からこぼれおちるとしても


たとえるなら江國さんの紡ぐ文章というものは、ひとくちで食べられるほど小さな、でもゆっくり味わえばほのかにでもはっきりとしためくるめく香りと味を楽しむことの出来る甘いお菓子のようなものなんじゃないかなと思う。一見するするっと流れる文章のなかに突然現れる確固たるおかしなテイスト(でもそれがおかしくは感じない)や、はじまった瞬間から周りの音が消えてなくなるほど隔離され確立された孤独感や、ゴール間際になって初めて思い知る長いゆがみの曲線たち。それらの香りや味がたくみに(それが狙ったものなのか、自然に生まれるものなのかはともかく)並べられ、一口くちにいれた瞬間から江國さんの世界のとりこになってしまう。

あと、漢字とひらがなとカタカナの選び方、バランスが絶妙だと思う。とくに好きなのは「ずぼん」そして「りぼん」(この物語には「りぼん」が何度も出てきた)。往々にしてカタカナで表記されやすいこれらのことばをひらがなにしたときに、その音のおもしろおかしさや、すこしだらっとした感じや、かわいらしさを醸し出せることを知る(「ぼん」という発音がそうさせるのかも)。割とひらがなが多いのはきっと本人のくせもあるのだろうけれど(女の人の独り言に含まれる子供っぽさのよう)、本を開いたときの文字がつくる模様が、がしがしした感じがしないためかも。物語もそうだけれど、目に触れる形としてもあまりひっかかりがないようにしている感じがする。

さて、この物語は女子高生たちの初冬のちょっとした物語たちだ。まだ大人でない分、素直にそして残酷になれる彼女たちの姿がさらりと描かれている。こうして彼女たちは生きているのだろう。何かを訴えることもなく、とくにおおきな事件が起こるわけでもなく、結論が生まれるわけでもないけれど、その6つの短編を読んだ後にはなにかほのかに心がわさわさする感じが残る。でもそれを確かめようとするとはかなく消えてゆく。これが江國さんの魅力なのか。

個人的にはひとつめの短編「指」が好き。

装丁の黒猫(白いソックスを履いている)がかわいい。

朝日文庫 2005

梨木香歩 – 西の魔女が死んだ

初めて読む梨木さん。映画になったか何かでタイトルを知っていたので本屋さんで手に取った。装丁もすごく素敵。タイトルだけ見てなんだかジブリの「魔女の宅急便」みたいなお話を想像してしまっていたのだが、ぜんぜん違って、魔女の血を引くおばあちゃんとその孫のお話だった。

クラスのしきたりになじめずに学校に行くことができなくなった少女まいは、ある日大好きなおばあちゃんの家で過ごすことになる。おばあちゃんは実は魔女の血を引く家系の生まれであり、同じ血を引くまいも魔女の修行を受けることになる。こんな風に書くと魔法だ呪文だ魔物だーみたいなお話である感じになるけれど、描かれる世界は現在そのものであり、魔女は魔法を使うわけではなく、ひとよりすこしだけ優れた能力を持っている(それは訓練して得られる)というような設定なので、実際ありそうなことだなーとおもえてしまう。

おばあちゃんと孫が山で・・・というとよしもとばななの「王国」を思い出してしまうのだけれど、実際魔女という言葉の出てくる/こないがあるけれど、生きていくうえで大切なことを考える、ということは共通したテーマだと思う。幸せとは何か、現代の便利な暮らしによって我々が失っている(忘れている)ことは何か、そんなことを考えさせようとしてくれる。

まいの成長の物語だとするとちょっと短すぎるなーと思うし、ページが増えてでももっと山でのおばあちゃんの知恵や生きる上での工夫(これらは少し昔の人たちは普通にできたことだ。いまの人間はみな忘れてしまった。本当に簡単なことなのに。)を書いてほしかったし、「生きていくこと」「幸せとは何かを考えること」というテーマについても読みすすむ時間を通してもう少しじんわり噛み締める時間が欲しかったな。

というのは、なんだかあっさり読めるというか、たぶん読み解きたいテーマの割には表面の物語が簡単で流れていってしまうから(というように読んでしまった)かもしれない。読むスピードと読み取るスピードが一致しにくくて画があんまりでなかったからかも。

読み始めてしばらくは、文体がとっつきにくいのか句読点が多いのか何が原因ははっきりしないけれど読みにくいなぁと思っていたけれど、多分お話の進み方(物語上での実際の時間的経過というか映像的な進み具合)と読み取るスピードが一致しにくかったからなんだろうなーと気づいた。作家さんによって文体なんて違うの当然だけれど、物語の進み方と描写とのしかたによってはするする読める場合と引っかかって読みにくい場合(感じがどうのということではなく)があるような気がする。

文庫版にはこの物語の後日談「渡りの一日」という素敵な短編も収録。すこし魔女に近づいたまいの姿が読めます。これ素敵なお話。

新潮文庫 2001