松尾貴史 – なぜ宇宙人は地球に来ない?

Twitterとかで話題になっていたので、いつか読もう読もうとおもってて、先日本屋さんでようやく見つけて買って読んだ。Amazonとかで入手してもよかったんだけれど、やっぱり本屋さんにいって探すってのもオツなもの。

松尾さんが面白おかしく、でもすごく論理的に、世の中に蔓延する宇宙人やら風水やら霊魂やらなんやら、いわゆるオカルトと呼ばれるものたちを検証していく本。個人的には松尾さんと同じく「オカルト懐疑派」なので、この手の話ってのはだいたい眉唾だなーと思うのだけれど、いくつかは「ほんとにあるかも?でもなぁ」なんて感想を抱くものもある。実際はどうなん?てのが普通の人の感覚か。でもすごく信奉する人たちもいるし、あってほしいなーと思えるものもあるし。それらいろんなオカルト話をいちいち取り上げて、すごくまっとうな、そして客観的な、そして中立的な立場で読みといている、と思う。だからなるほどなーとおもうし、とにかく面白い。

個人的には神道的なものは信じたいなー、もしかして古代の世界はもっと神話的なものがあったのかなぁ(でもそれは自然に対する畏怖だったとおもう)なんて思うし、ロマン感じるけれど、これらオカルト的なものには、それに巣食う金儲けのネタにしている輩がたくさんいて(だいたいテレビにでてるような占い師なんてそんなんばっかり)、それらが少しだけ存在するホントのものを邪魔しているような気もせんではない。信じる心は純粋だから、それらを蝕むものは許しがたいなぁ。

ちょっと考えたら「そうやなぁ」とおもえる話ばかり。そりゃ宇宙人こないよ、地球に、わざわざ、ね(笑)

PHP新書 2009

佐藤勝彦 – 眠れなくなる宇宙のはなし

もともとこの手の本は大好きで、子供の頃にも図鑑の「宇宙」とかその類のモノばかり読んでいた。でもそれを突き詰めるようなことはしたことなく、興味ある本を見つけてはちょっと読んでみて、また忘れて、また読んで、みたいなことを繰り返してきているのだけれど、この本もまた気になったから読んでみた本。

内容としては古代からの人類の宇宙観、世界の成り立ちなんかをわかりやすく紐解きながら、現代の最新宇宙論のかじりの部分までをわかりやすく読み物にしてくれたもの。ややこしい数式やらなんやらでてこないし、ひとつのお話は2~3ページだし読みやすい。そしていくつかのお話(時代によって区切ってる)をまとめて6章にして、6夜で読めるように(でも眠れなくなるかも(笑))している。とても楽しい。

この本を足がかりにもっと宇宙のこと知りたくなるよなぁ。久しぶりにこんな本読んで、また夜空を眺めてみたくなった。宇宙って魅力的よねぇ。

宝島社 2008

小沼純一 – あたらしい教科書8 音楽

偶然あるお店においてあってちょっと読んだら興味がわいたので入手してみた。小学校や中学校であるような音楽の授業以外では音楽を学んだことないけれど、このところ音楽についてもっと知りたいし、もちろんたくさん聴きたいという欲求もあるけれど、世の中にたくさんある音楽をしりたい、今まで出会ってない音楽に出会いたい、体系的に知っていくべきと思うようになってきたので、こういう本(ほんの入門でしかないだろうけど)はとてもうれしい。

20世紀のみに特化して、00~10年代、20~30年代・・・80~90年代と5章にわたり、その時代に大きな影響を与えたと思われる音楽家をピックアップしてその人について、またそれに関わる物事について解説している。ジャンルも問わずなので、いろいろ興味惹かれるがおおく、またここから新しい出会いが生まれそうでうれしい。帯に出ている人だけでも、プッチーニ、ドビュッシー、ピアフ、マイルス、ビートルズ、ケージ、武満、YMO、ビョーク、ほら魅力的でしょ?

時々挟まれるコラムもおもしろい。やっぱちゃんと時間の流れにそって知りたいし、その音も可能な限り聴きたい。こんなんがほんとに教科書だったら音楽の授業も楽しかったかも。でもそう思うのは歳くったからかな?

プチグラパブリッシング 2006

石田衣良 – Gボーイズ冬戦争―池袋ウエストゲートパーク7


IWGP7作目。今回も小気味いいテンポで読ませてもらった。相変わらず旬のネタをうまくつかって、でもそのネタではなく、登場人物たちの人間像を描いていておもしろい。

今回は表題にもなってる「Gボーイズ冬戦争」でのマコトとタカシの堅い友情というか信頼しあっている様子が、なんかある意味クサいけれども、そこがよかった。やっぱりマコトはかっこいいなーとおもうし、タカシやサルといったいい仲間をもっててうらやましいなーと思う。いいなぁ。

あと毎回おもうけれど、マコトがお店で聴く音楽、どれも魅力的なのよね。どんな音楽かしりたくなるし、そう思えるような挿入のされかたがまたたまんない。石田さん音楽のセンスもいいよなぁ。

文春文庫 2009

涙 – 乃南アサ

上下巻あり、結構長い小節。

昭和40年前後、東京オリンピックが開催された頃、主にそのころの東京、そして宮古島(当時はまだアメリカ占領下)が舞台。婚約相手の刑事が何かの事件に巻き込まれて突然失踪してしまい、その理由を求め、彼を探し歩く主人公萄子の姿を描いた長編。

何よりも昭和っぽいものが好きなので、話の合間に差し込まれる時代背景の描写、街の風景なんかがとてもうまく、物語の時代性、あの頃の日本の空気感を描けていて、物語に立体感が生まれていると思う。別にストーリーとしてはいつの時代でも良かったんだと思うのだけれど、あえてこの時代設定にしたのは、当時の人間が感じていた日本の広さ、琉球の遠さ、まだ日本人たちがもっと奥ゆかしかった、そんなものを描きたかったから、かな?

長編なので、謎が深まっていくあたりは楽しいのだけれど、それを意固地なまでに追求しようとする萄子の姿が、途中痛いたしく、さらには苦々しく、嫌気がさすようなところまでいってしまうのだが、時間とともに微妙に変化していく彼女の心理の、その微妙な変化の具合の描き方が見事だと思う。

諦観、浄化、うまく言葉で書けないようなラストの主人公たちの、体を食い破られるような気持ちがひしひし伝わってくる。悲しい物語だ。

新潮文庫 2003

栗本薫 – 見知らぬ明日(グインサーガ130)

130巻。この巻にて絶筆。未完。

なにもかもが悲しい。寂しい。

友人におもしろいよと勧められて読み始めたのがたしか中2のときだから、もう25,6年前。そのときはまだ15巻も出てなかったように記憶しているが、もともとこういうサーガもの、ヒロイックファンタジーもの、剣と魔法がでてくる中世的な世界観なんかが好きだったので、すぐに虜になって貪るように読み、新刊が出版されるたびに喜んで買ってきては読み、途中何度か読まなかった時期もあったけれど、再び読みつないで、新刊が長く出ないときにはまたいちから読み直したことも何度か。そして完結するといわれた100巻を越え、一体どこまでいくのかと思った矢先の著者の病状悪化。そして絶筆。

こんなに長い間読んでいると、もうこのグイン・サーガの世界が自分の中では現実のどこかに存在する世界であり、確かにこのキャラクターたちが息をして生活している、という実感さえあるものとなっている。だから、この先もう物語が語り継がれずにすこしずつ彼らが風化していってしまうのがとても寂しい。もっともっと新しい物語が読みたかったし、彼らの運命の行方を知りたかった。

ダンボール箱の中に収められている、ボロボロになったグイン・サーガたち。こんなに長い物語をまた読むのだろうか?と疑問に思い、何度か捨てようかともおもったけれど、やっぱり別れがたい。また最初から新鮮な気持ちで読みたいな、と。歳を経て(もちろん自分自身も、物語も、そして作者も昔は若かった!)読んでみると、またちがった感想を持つのかもしれない。

ほんとありがとうございました、栗本薫様。
あなたの物語が私の血と肉の一部分となり私が出来ているのです。

改めて安らかにお眠りください。

ハヤカワ文庫 2009

栗本薫 – 運命の子(グインサーガ129)

129巻。ヤガに乗り込んだヨナとスカールだったが、「新しきミロク」によって追い詰められる。無事ヤガから脱したかに思えたが、追っ手は執拗でヨナも再び捕まってしまう。一体この新興勢力は何者なのか?そしてフロリー親子の運命は?

物語は急展開していく。まるで著者の余命が少なくなっているのをわかっているかのように。ここにきて外伝一巻「七人の魔道師」との絡みが急にわいてきたり、なんのかんのと物語を少しでも収束する方向に導こうとしている意図が感じられるのにもさえ、栗本氏の焦りが感じられるなーと思うのは、考えすぎ?

なんせ、あと1巻しかない・・・・

ハヤカワ文庫 2009

よしもとばなな – チエちゃんと私

私の家に居候(というか共同生活、というか引きとった)するチエちゃん。少しクセがあるけれど、彼女にはまったくブレがない。何か不思議な感覚でもって彼女と私の生活が始まったのだけれど、彼女といると私はとても満足させられる・・・。

外から見れば中年のおばちゃんがちょっと年下の女性と共同生活をしていて、その人がちょっと変わり者で、いったいあの2人はなんなんだろう?やっぱり歳とって家庭も持たず、お互い淋しいからかなぁ、お金目当てかなぁ、と見えるような2人。こんな人達がいたら、きっと普通こういう目で見てしまい、実は2人にしか分からない特別な関係(説明するのも難しい)があって2人はとても幸せなのだ、ってことは分からないし理解できない、かも。でもこんなことがあるなら幸せだ。

ま、話の流れや背景なんかも面白いけれど、この本を読んですごくいいなと思うのは、ときどきチエちゃんがこぼす言葉たち。そしてその言葉を受けた私が巡らせる考えたち。生きていくことに大切なこと、大切にしていくべきこと、そんなものたちのメッセージがくるっと包まれているように思う。何でもない物語だけれどそこには大事なメッセージがさり気なく含まれていて、もっとゆっくり読んでいたい、もっと長く続いていろんな言葉を聞かせて欲しい、そう思える物語。

また読もう。

文春文庫 2009

ごとうやすゆき – ダメ犬グー

著者が飼っていたダメ犬グーの生涯をつづった、詩的な本。ぽつりぽつりと語るように書かれた文章と、それに添えられるグーの絵がかわいい。

犬を飼ったことがないからいまひとつグッとくる感じが薄いのだけれど、家族の一員として(ま、猫もそうなるけれど)存在していたグーはほんとにみんなに愛されていたんだなーと。ごとう氏(とその家族)の私的な気持ちばかりが描かれているけれど、それがわが子可愛や的なめんどくさい感じもせず、ある意味淡々と語られるグーの生涯が浮き出ていて、読んでいてホロリとしたり。

いなくなるのは、悲しいなぁ。いなくなるのがわかっていても。

幻冬舎文庫 2006

菊地成孔 – 憂鬱と官能を教えた学校

分厚かったし、内容が濃かったので読むのに時間がかかった。以前読んだ「東京大学のアイバート・アイラー」の2年ほど前にさる美学校で短期間開講された菊地氏の講義の実録。いわゆるバークリー・メソッドとそれを取り巻く商業音楽を俯瞰し、20世紀の音楽の歴史をたどっていく内容になっている。

「東京~」よりはぐっと実学に近い内容になっていて、いわゆる音楽の理論専門書のような難解なものではなく、歴史の時間軸に沿って、どうしてそんな音楽が生まれ、それを理論体系化していったのか、そこから生まれたものは何であったのか、なんてことをそこかしこで脱線しつつ解説していく。菊地氏の軽妙な話術と言葉に魅了されながら、あぁこんな講義受けてみたいなーとつくづくおもう。

確かに音楽の素養がまったくない方にはかなり難解かもしれないけれど、少し(とくにジャズ寄りの)音楽理論等に興味がある人なら、十分読めて楽しめるとおもう。また単に音楽理論とその中身というと、えてしてつまらないものになりがちだが、ここでは20世紀以前の音楽の歴史から20世紀の商業音楽の成り立ち/変遷を見ながら、音楽理論(ここではバークリー理論)がどう立ち上がっていったか、そしてその中身はこうこう、みたいな順で話が進むので、表層だけさらっとさらうといっても、全体を体系的に知ることができるので、とても勉強になる。この本からもっと知りたい人は自分であちこち的を絞っていけるヒントや雑学がたくさんちりばめられているのもうれしい。

音韻と音響。言語と律動。なるほどなーとおもうことがたくさん書かれていた。いままで「どうしてあんな曲が思いついたりできるのか?」とおもっていた謎が少し解明されたような。

菊地さん、もっと本出してください!

河出書房新社 2004