石田衣良 – 少年計数機―池袋ウエストゲートパーク2

ウエストゲートパークシリーズ2作目。今回も池袋の路上からさまざまな事件がおこり、トラブルシューターの真島誠が立ち上がる。

今回 は、ネットの覗き部屋に住む女の子、LD(ラーニング・ディスアビリティ)の少年、新鋭銀細工デザイナー、非合法の売春宿・・・・、今どれも実際にある (いる)ものたち。石田さんはこれらの素材をごまかしなく徹底した視点と描写で見事に描き、それが主人公真島の視点と口から、「~ぽい」感じじゃなくて、 まさにそのまんま20代前半の青年の語り口で語られる。だからもしかすると少し読みにくいのかも。実際少し時間かかるし。でも、一度この語り口になれる と、もう読み手さえそのストリートの住人であるかのような錯覚さえ覚えてしまう。自分の視線の先の出来事のような。

しかし、一体、どんなフィールドワークしてるんやろ。面白すぎる。

少年計数機―池袋ウエストゲートパーク〈2〉
少年計数機―池袋ウエストゲートパーク〈2〉 – Amazon

石田衣良 – 池袋ウエストゲートパーク

石田さんの本は相変わらず視点がするどく面白い。かなり今風な若者たちストリート系の話を、また若者たちの言葉で、でもそれらに詳しくないものたちにも、なぜかわかる(とくにそういう雰囲気がすごく良く伝わってくる)書き方で、いまの世相なんかをびしびしと。

池袋の片隅で果物屋を手伝う主人公真島誠に舞い込む数々の難題たち。池袋の街、ストリートからそれらはやってくる。それらをストリートのチームやら、警察やら、ときには組関係やらと関わりながら解決していく。こんなにいろんな人間関係持ってると楽しいだろうなー。

こういう風俗の描写の徹底さ加減もすばらしいけれど、起こる数々の事件(この本ではおはなしは4つ)の話の組み立てもとても面白い。すごくなるほどなーという展開するし、でもやっぱりストリート、こんな池袋界隈ならではの話題だし、ほんと石田さんって徹底しててすごいな。

池袋ウエストゲートパーク
池袋ウエストゲートパーク – Amazon

垣根涼介 – ワイルド・ソウル

戦前からつづいていた日本からの各国への移民制度。1950年代の終わり頃、政府によるいいとこどりの宣伝のおかげで、海外にて一旗揚げてやろうと考え、 すべてを投げ打って夢の新天地を求めたものの、目の前に現れたのは耕作すらまともにできない、そこからはどこにも行けないような、アマゾン奥地の荒れ地 だった・・・・・

”ブラジル移民”というものがあって、いまでもその2世3世がいて・・・ということは知っているものの、移民政策自体 がどういうものであったかは全く知らなかった。もちろん苦労して成功した人もいただろう。でも政府の宣伝と現実のあまりの違いに騙されたと思い、苦労の甲 斐なく倒れていったひともまた数多くいたに違いない。それらは巧妙に隠され、遠い土地であったことをいいことに、関係者たちは目をつぶり、口を閉ざしてい た。

この物語はフィクションだけれど、かなり事実に基づいて描かれているらしい。先人たちがどれほどの苦労をしたのか、そして志半ばで どんな思いで倒れていったのか、その地を逃げ出せたとしても、そこからどういう人生を歩んだのか。文字を追う目がふるえてしまいそう。想像すらできない。

物語はそこから生き延びたひとたちが当時の外務省担当者や関係者たちに復讐を、しかも自分たちの苦しみがわかるような、そんな方法を編 み出し実行するサスペンスだが、そんな面も物語として面白いけれど、それよりもその関係者たちが当時の事実に対してどう思っていたのか、どんな態度をとっ ていたのかということも描かれていて、それがこの物語中の外務省という特定の場所だけでもなく、現在でも累々と積み上げられていっている国の機関の失態、 不祥事、不正、矛盾、そんなものが見えているのは実は氷山の一角なだけで、苦しくても声をあげられずにいるひとたちがたくさんいるのではないか、と思わせ られてしまう。国は誰に向かって政治をしているのか?

上下巻併せて900ページほどあるが、あまりにも面白くて一気に読んでしまった。 伊勢に記念物としておいてあったブラジル丸、これも移民船だが、こんな歴史があったと知っていたら、子供心にも違って映ったかも。知らないという事は罪な のか。奇しくも世間はブラジル移民から100年だそう。ぜひ読んでほしい。

ワイルド・ソウル〈上〉
ワイルド・ソウル〈上〉 – Amazon
ワイルド・ソウル〈下〉
ワイルド・ソウル〈下〉 – Amazon

 

田口ランディ – 忘れないよヴェトナム

ランディさんがまだ大分若い頃にふとしたことから偶然にも訪れるベトナムの旅行記。

96年頃に書かれた本なので、もしかするともうベトナ ム(とくにホーチミンとか)はダ大分様子がかわってしまっているのかもしれないけれど、この本を読んでみても、一度訪れたくなる国。ホーチミンからはじま る旅行は、その文章からも、あのアジアの南方の特有のむっとするような湿度と、街の騒がしさがつたわってくる。行った事ないけれど、なんとなく想像でき る、アジアの街角たち。

しかしこのときのランディさんはベトナムが気に食わなかったみたい。それは彼女の状態がよくなかったからかもしれ ないし、ベトナムと彼女の波長があわなかったからかもしれない。なので、彼女は10年前にたまたま友人からきいた「メコン川に沈む夕日を見る」という目的 をもってメコンデルタへと出かける。そこは何か彼女にひっかかるものがあったらしく、カントーという街を中心に彼女はだらだら居座ることになる。なんか、 うらやましいなぁ。

旅行記といっても、話の中心は出会った人間のことが大半。しかも偶然こんなにいろいろ出会うか?というぐらいいろんな 人がでてくる。それらはベトナム人だけではなく、旅行をしてる日本人、外国人、さまざま。こんな人たちに出会える旅というのは、ほんと楽しいんだろうな。 でもそういうことができるのも、彼女の持ち前のバイタリティからだろう。本人はそう思ってないかもしれないけれど、ほとんどしゃべれない英語を駆使して人 とつながって行く様子はうらやましくもありほほえましくもあり。いいな。

でもほんとは外国にいくって、旅行ということは楽しくても、煩わ しいこと(とくにこういう国々にいくと)も多いだろうし、危険もたくさんある。それでもやはり旅することに憧れるのは、もともともっている素質なのか、そ れとも旅というものが抱かせる幻想なのか。こういう旅をしてみたい。でもたくましくないと。

旅に出たくなる本だった。
2001 幻冬舍文庫

忘れないよ!ヴェトナム
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宮尾登美子 – 天璋院篤姫

実はこういう時代物というか、日本の歴史ものを読むのははじめて。もともと多分そんなに得意でないので、どうだろうと思って読み出したのだけれど、ちょう ど江戸時代末期の波乱に満ちた時代の話である事もあって、ぐんぐん引き込まれた。現在NHKでやっている大河ドラマ(ほとんど見てないが)とは大分印象が 違う。幼なじみうんぬんな話はでてこないし。

また、はるかな昔に社会の授業でかすかに聞いた覚えのある(笑)ような、桜田門外の変、戊辰戦争などなど少しはなじみのある史実がでてきて、へー、あの話はこんなときのことなのかー、と思えるのも楽しい。

13 代家定以降の徳川家の人々やその流れ、篤姫自身の人となりの考察もすばらしいけれど、やはり大奥の描き方が見事かと。いまの時代ではまったく考えられな い、かなり複雑なシステム。それによってゆがむ人と人の関係。そこには上に立つものの喜びよりも苦しみがたくさんあらわれる。

でもそん ななか、そして徳川家の瓦解への不安な時流、異国の侵攻、ひとつの大きな時代の流れの終焉のなかにいて、薩摩藩とはいえちいさな分家から大奥の御台所と なった人間のつよさ、それゆえの哀しみ、軋轢、意地と意地のぶつかり、そんなものが浮き彫りになっていて、想像の中でしかないが、そういう時代に生きると いう事、しかも大奥という中で生き、時代に翻弄される身であること、そんなもの大きさに圧倒されてしまう。

関西とくに京都では篤姫は悪 くいわれる事がおおい(14代家茂の正室は京都の天皇家からもらったが、篤姫というか大奥つまり武家の家風と相容れず、公家風であったため、いじめられ て、結局は夫もうしない京へもどったため)らしいが、この本を読めば、どっちもどっちというところか。それが大奥でなければ、この2人の女性の運命もち がったはず。

今から350年ほど前、いったいどんな時代だったんだろな。

上下巻、かなりのボリューム。
講談社 2007

新装版 天璋院篤姫(上)
新装版 天璋院篤姫(上) – Amazon
新装版 天璋院篤姫(下)
新装版 天璋院篤姫(下) – Amazon

 

江國香織 – ホテルカクタス


「ホテルカクタス」という名前のアパートに住む3人の住人、それも不思議な住人たち – 帽子ときゅうりと数字の2 – のおはなし。まるで絵本になりそうな感じのおはなしのようだけれど、読み進んで行くと、これはなにかしっかりした人生哲学を説かれているような気にもなっ てくる。

お互いはじめて顔をあわすところから(そのきっかけもちょっとした迷惑騒ぎから)まったく違う性格の3人が、しかも普通ならきっとあまり結びつかないような3人が、仲良くなって、一緒にいろんな経験をしていく。いくつもの夜を語らい、恋をしたり、旅をしたり。

帽 子、きゅうり、数字の2、という、とても彼らが動いたりしゃべったりするのを想像しにくいキャラクターたちが、読み進んでいるうちに気にならなくなって、 しっかりした姿でないにしろ、なにか「こんなかな?」ていう姿ができてきて(でも絵に描けといわれたら、無理(笑))、彼らが生き生き動き出すのが不思 議。これも江國さんのマジックかな。

淡々と話はすすんでいくけれど、なにか大事な事を諭されている気がしてくる。やわらかな文章のなかの強い意志。とても江國さんぽいと思う。

PS 高橋源一郎氏のあとがきがこれまたとてもいい。

集英社 2004

田口ランディ – ミッドナイト・コール

少しずつさみしい女性がでてくる9編からなる短編集。みんな自分を見失って苦しんでいる。それらがごくふつうにあるような景色のなかで見事に描かれてい る。自分が女性でなくてもこの物語たちのなかにでてくる女性たちの気持ちはなにかしら染みてくる。それはこの話が立場逆にしても少しはわかる物事を描いて いるからなのか、単に僕がそういう性格だからなのか、はわかんない。でもこの物語たちの中に出てくる女性たちの相手、つまり男性、の立場でみても「あぁ、 こういう男いるなぁ」と思ったり、「こういう態度とることあるよなぁ」なんて思う。ランディさんってなんて観察眼がいいのか。経験してるよなぁ。

「ア カシアの雨にうたれて」に出てくる男性は、男がだれしも一度はそんな経験あるんじゃないかな、こんな風にするの。「花嫁の男友達」はこれまたよくわかる (といってもこんな経験ないけど)話。「海辺のピクニック」「海辺のピクニック、その後」は男が「あちゃー」と思う男がでてくるけれど、僕なんかそんな風 になってしまいそう、いや、なってしまうんちゃうかなー、と思うような情けない男が、「100万年の孤独」を読んだら”100万回生きたねこ”が読みたく なった。

ほかにも短編あるけれど、これらが好き。

PHP研究所 2003

ミッドナイト・コール
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安西水丸 – 手のひらのトークン

このひとが小説書いてるって知らなかった。村上春樹氏の本になんともユーモラスな絵を描いてる事ぐらいしかしらなかった。だから小説あるのかーと思って手にとってみた本。

時 代は69年、NY。まだNYに住んでる日本人なんかすごく少なかった時代(だと思う)。そんなときに、広告デザインの仕事をしながら、遅れてやってきた彼 女との日々を暮らす主人公のお話。いまのNYとは全く違った、まだのんびりした感じもうけるNYでの日々が淡々と綴られる。でも今も昔もそこにある問題は 同じなのかもしれない。

読んでいると、今ではあたりまえのNYの風景もすごく珍しいものとして描かれていることに、改めて新鮮さを感じる。こんなNYならもう一度行ってみたい気もするな。

というか、やはり60年代というものが、いまとなっては懐かしさ、なにがしかの良き時代を感じさせる、そんなノスタルジックなものになっているのかもしれない。

実は、ほとんど著者の実話だそう。

新潮社 1990

 

江國香織 – ウエハースの椅子


江國さんの小説。まるでウエハースのように、ふわふわとした、すぐに壊れそうな、でも凛としてそこにある、そんな景色が見える。

このひ との小説(とくに恋愛の)のなかでも、かなりじわっとしたほうだとおもう。ほとんど変化のないような日常しか描かれていないけれど、事態はじわりじわりと 深刻な闇を抱いてやってくる。そんなじわり感がまるで優しさであるかのように錯覚してしまえるような文章。哀しいとまではいえないけれど、かなりハラハラ してしまう。こんな恋愛、こわいやろなぁ。

でもなぜか、よく心に届く。よくわかってしまう。

角川春樹事務所 2001

田口ランディ – ひかりのあめふるしま屋久島

ランディさんの、たぶん、割と作家人生最初のころの作品、かな?不思議な縁(というかたんなる思いつきで)訪れた屋久島にみるみるうちにはまっていく作者が描かれたエッセイ。

海やら森って町からは遠い世界で、実は無意識には怖がっているのだが、こうやって、森や海の不思議、すばらしさ、自然の偉大さについて、こうもストレートに描かれると、畏怖をこえて、すばらしさを垣間みたような気がして、そんなものたちに触れたくなってくる。

実はすごく行ってみたい島なのだが、ランディさんも書いてるように、なんかこの島の場合、島に行くのではなくて、島に呼ばれるらしくて、そんなに遠くもないからいつでも行けるといえばいけるのだが、なんか行くまでに至らないのよね。でもいつか呼ばれてみたい!

幻冬舎 2001

ひかりのあめふるしま屋久島
ひかりのあめふるしま屋久島 – Amazon