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まんが

五十嵐大介 – SARU

先日読んだ伊坂さんの「SOSの猿」という作品と対になっているというか、セットになっているというか、コラボした作品がこの「SARU」という漫画だそう。五十嵐さんの作品には初めて触れる。「SOSの猿」のベースというか引用しているのが西遊記、すなわち孫悟空なのだけれど、このSARUという作品も孫悟空がキーワードになっている。

孫悟空の身外身(つまり分身。毛を抜いて息をかけると分身ができるという技がある)が独立してこの世に残ってしまったことから、彼等(2体)が世界の運命に影響をあたえることになる。一体は自身のエネルギーに耐えられなくなり肉体を捨てて精神的な存在となり、たくさんの人類の体にわかれて宿る方法をとった。それらがいわゆる予言者や能力者となる。そしてもう一体はエネルギーを蓄えられる巨大な生物となって人類史にときどき影響を与えながら(その度に能力者達によって封印され)地下で眠っている。しかし、いまそのバランスが崩れ巨大な猿が蘇ろうとしていた。。。

いままでにもあった科学的に説明できないような物事、古い文明でよく描かれる猿の姿、世界各地にある神聖な踊り、インカ帝国をほろぼした征服者ピサロ、キリスト教を布教した聖職者たち、整地と呼ばれる場所などなどいろんなものをうまく繋げてこの漫画の世界観を構成してるのがすごい。そして「SOSの猿」と同様のテーマを投げかける。2体の猿の争いは決着がつくのかつかないのか。見る立場によってはどちらが悪でどちらが正義とはいうことはできない。すべてはそのバランスなのではないか。

なるほど伊坂さんがいうようにこの作品は「SOSの猿」とセットになった物語として読める。おもしろい。そういえば伊坂さんの作品には五十嵐さんでてくるなー。おもしろいなーこういうちょっとした仕掛け。

小学館 IKKI COMIX 2010

宮崎駿 – シュナの旅

宮崎さんの映像作品にはたくさん触れたことがあるけれど(ジブリ作品や、それ以前の監督やら作画やら設定やってた作品も好きだ)、著作物はあんまり触れたことがない。ナウシカの原作を何度も読んだぐらいか。今公開している「風立ちぬ」を最後に長編作品はもう手がけないと言った宮崎さんのことをもっと知りたくなって、いくつか著書や漫画を入手している次第。

その中のひとつがこの作品。1983年に描かれた漫画だから宮崎さんが42歳のとき、いまの僕とそう変わらない。いろいろテレビ界やら映画での作品をつくってきていて、映画「カリオストロの城」の後、「風の谷のナウシカ」の前、並行してナウシカの連載が断続的に行われていたころか。

宮崎さんの絵はいつもまるみが気持ちいい。手塚治虫のきっぱりした丸さとはちがって、もっと素朴な丸さというか。また鉛筆書きなのが(きっと彩色も水彩だろう)とてもいい。お話としてはチベットの民話をもとにつくったそうだれけど、今読んでみると、ナウシカ的な風俗/時代/地方設定(人里離れた谷に住んでいたり、着ている服の感じやら)と、もののけ姫のストーリー骨子(主人公が西へ向かうことになったり、乗っている動物がヤックルだったり、神々が住む森にたどり着いたり、銃が草木に覆われているところも)をくっつけたような感じだったり、たどり着くところがラビュタの設定ぽい(パズーが住んでいた家みたいだったり、おばあさんがドーラに似てたり)なんて感じで、いろんな作品を見てきたからこそ気づくけれど、当時はまだこれらの作品は世になかったから、宮崎さんが内にもついろんなお話やおぼろげな映像やらなんやらの種がここにあるんだと思うと、じんとしてしまう。この頃からその先生み出す作品たちをたくさんイメージしていたんだろうな、と。

逆にいうと一貫したイメージがあるから、それ以外がなかなか難しかったのではないかと思わなくもない。でもまぁこの作品みただけで宮崎さんのいったいどれほどのものが分かるのか、なんて分かるわけない。でも、この人がどんなこと考えていたのかはとても知りたいのだ、いま。

そんなに長い作品ではないけれど、じっくりゆっくり味わって読める作品でとてもよかった。ただ、コマによっては絵の色使いとの兼ね合いで(もしかしてわざとなのか?)挿入される文章が非常に見にくい箇所もある。でもいいけど。

アニメージュ文庫 1983

きくち正太 – おせん 真っ当を受け継ぎ繋ぐ。(4)

まんが続きます(笑)。暑さのせいか、いまは字をあんまり読む気がしなくて、まんがばっかり読んでます。でもこの「おせん」の場合は単なる漫画というより、日本の文化とか、食の大切さとかをとくにここ数年は強く推してきてるし、この4巻のころ東日本大震災があったので、それにちょこちょこ言及するようなこともあり(きくちさんは東北の方)、いろいろ考えさせられるし、知らないことにたくさん触れられて、この本から他のものに興味を抱くことができるようになる、という意味で、単に漫画やん、という枠では収まらないのがとてもいいです。主人公おせんさんがすごく魅力的ってのもあるけどw

この巻は、全巻からつづく骨董にまつわるお話で、知らない世界のことなので、たとえばテレビとかで触れてもぜんぜん興味が湧かないのだけれど、このおせん、つまりきくちさんの目を通して語られると、もちろん遠い世界のことだけれど、身近にも存在する(用の美とか)もので、決してわれわれ庶民の生活に関係ないものではない、むしろその延長なんだと少し感じることもできる。いつか僕も骨董に興味が湧いたりするのかな。

一度骨董市とか行ってみたいなー。大きな擂鉢すごく欲しい。欲しいw

きくち正太 – おせん (16)

活字も大好きだけれど、実はまんがも好きなんだけれど、4年前だかテレビドラマがになってそれによってきくちさんがえらくショックを受けたらしく(原作になっていたのに、あまりにも違う内容だった)、連載がストップしてしまったシリーズ最終巻。出てたの知らずだったのでようやく入手。

最後のエピソードは本枯節の話(鰹節ね)だったのだけれど、日本料理ひいては日本人の味の基本のひとつである出汁の悲しい現実の話で、考えさせられることが多い。最初は粋な女将のいる老舗の料亭のちょっと面白い話からスタートしたけれど、文化とは、心意気とは、人情とは、生きていくこととは、なんていうテーマをこれでもかこれでもかと筆に力を込めて描くきくちさんに拍手を惜しまない。まんがという形をとった文化論書のよう。

残念ながら「おせん」はこの巻で終わりだけれど、連載誌を移して「おせん 真っ当を受け継ぎ繋ぐ」というシリーズになってます。これも読むべし。

16巻は話の数は少ないので、「萬屋先生道行恋の春絵巻 よひわひな」が収録してある。

浅野いにお – ソラニン

一気読みした、って2冊だけど。すごくよかった。素直に楽しめたし、絵も、コマ割りも、キャラクターもお話もよかった。大学で音楽サークルに入ってたし、あんな雰囲気だったし、あんな毎日だった。懐かしさとせつなさがよみがえってくる。

この物語のようなドラマなんてなかったけれど、あのころの意味のないアツさがこみ上げてきて、猛烈にバンドがしたくなった。音楽をもっと希求したい。喜びを。

きっと映画は見ない。せっかくの曲がイメージと違ってて壊れるのがいやだから。まんがの中で描かれる音のない曲はきっと読む人ひとりひとりの心に響いていて、それはそのひとだけのものだから。

こういうとき多摩川って絵になるよなぁ。東京とかさ。だれか淀川が絵になる作品つくってくれないかなぁ。同じごちゃごちゃさでも、なんか大阪ってきちゃないのよねぇ。うーん。

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