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よしもとばなな

よしもとばなな – 彼女について

ずっと読んだ本のレビュー(というか自分に対する備忘録)を別のブログに書いていたのですが、今年2012年からこっちにまとめて見ることにしました。もちろんあちらにも転記はしますが。

だいぶ読んで感想書いてないのがたまってきていてあせっています。備忘録書く前に忘れそうで・・・(^^ゞ

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あいかわらずよしもとさんのつむぐ物語は不思議なテイストを持っている。たぶん章立てとかそんなものがなくて、区切りがはっきりしないのと、シーンの移り変わりがスムーズというかあんまりきっちりしてないあたりが要因だとおもうのだけれど。とにかく誰かのお話を聞いているような気分になってくる。

魔女であった母が悲しい最後をとげたときに呪いをかけられた娘由美子、そしてその母の姉(彼女も魔女だ)の息子昇一と出会い、その呪いを解く旅にでる・・・・

ちょっと現実ばなれしているような感じがするけれど、物語自体はいまの社会(世界)と地続きのような世界観。ちょうど「西の魔女が死んだ」と似たような感じかも。でもおなじリアル感があったとしてもこちらのほうが少し白昼夢のような、なにかうすいベールがかかっているかのような印象を受ける。それはそのまま主人公の置かれている状況にも似ているんだけれど。

2人の生い立ちやいまの状況がちょっとずつ明かされながら2人は過去の忌まわしい事件に関わる人や場所を訪ね歩く。そして少しずつ主人公のもつれていた気持ちをほぐしていく。そういう過程を一緒に追っていくことで、生きていること、苦しいこと、楽しいこと、死んでいくこと、そんなだれもが人生で感じること体験することを諭されていく。

ちょっとおとぎ話のような気分にもなってしまうし、結局なんだったんだろう?と思ってしまいそうになるけれど、読み終わったあとにどこか気持ちが軽くなるような、そんなお話。

よしもとばなな – 王国(その3) ひみつの花園

ついに3巻。あれほど静かに仲良く惹かれあっていた雫石と真一郎。真一郎の離婚が成立し、2人で暮らし始めようということになって家を探したりするのだが、なにか心の奥に引っかかりを覚える雫石。それがなにかとは考えないようにしていた。ある日、真一郎の親友でありあこがれの人物であった同級生の高橋くん(彼の影響で真一郎は植物の道へ進んだ)が作ったという庭園を見に行く。言葉に出来ないその見事さ。自然と人工の完璧なまでの調和。そしてそれを守る高橋くんの母・・・彼女は真一郎がかつてあこがれた人だった・・・。

生きていくのにはあることを満たすためにいろいろ我慢したり、調和をとるために目を瞑ったり、そんなこともたくさんある。そうして生きていく人が大半かもしれない。でも雫石はそうではなく、ぶつかったり、泣いたり、大切なものをなくしてしまってさえ、まっすぐおのれが信じる生き方をすることも、また生き方なのだということを発見(経験)し、それを読者に伝える。不器用で世間からはずれていることが、客観的におかしく見えたとしても、そうせずにいられないひともいるし、そんな生き方は、憧れすら憶える。

雫石の場合、そんな生き方を支えてくれるのは、おばあちゃんであり、彼女から学んだたくさんのことであり、山を降りて見つけた、同様にでこぼこした、世間からはずれてしまった人たち。いったい現実に我々はそんなものを持ちえるのか?持っているけれど気づかないのか、気づけないのか、見ないようにしているのか。まっすぐ生きていくためには、現実社会のたくさんのこととぶつかることが最初から分かっているから、ある程度目を伏せて、障害を避けながら暮らしていくのが普通だろう。でもこのお話を読んで、少しは気づくことがあるはず、何か自分を曲げていること、もっとまっすぐに生きたいのに周りの都合に合わせている自分、我慢していること、まぁこれぐらいならいいかと妥協しているさまざまなこと。それらをまったく気にしない/無視していると、きっと支障をきたしてしまう、それが今の世の中の病巣のひとつ。ストレスになるかもしれないけれど、それらを見つめ考えるのが第一歩なのかもしれない。

誰にでもきっと何もかも忘れてほっとすること/瞬間があるとおもう。世間のすべてのつながりから解き放たれ、自分よりもはるか昔から存在する自然と対峙したときに、大いなるものに包まれたときに、まっすぐ正直につくられたものにであったときに。そのときに大事に思えるものこそ大事にしたい。内なる自分のちいさな声が訴えることに耳をすませば、それは何かわかる。それで世の中とぶつかることがあるかもしれない。でもその大事なことを曲げて暮らすのは、どうだろうか、苦しくないだろうか。

このお話のようにかけがえのない人たちと出会い、かけがえのないことに気づき、守られ、世間というおおきなシステムのなかで、自分の形を変えずに泳いでいくということをできるひとなんて、ほんの一部だと思う。けれど、そうしたいと思うこと、それについて考え悩むことも大事なんだ、てことを教えてくれた気がする。3冊つづけて、物語は進むけれど、最初からよしもとさんが訴えたかったことは変わらず、深く、横たわっているようにおもう。

新潮文庫 2010

よしもとばなな – 王国(その2) 痛み、失われたものの影、そして魔法

「王国(その1) アンドロメダ・ハイツ」の続き。

楓と片岡さんがフィレンツェへ旅立ってしまい、一人になる雫石。寂しくてホームシックになったり、福引であたったテレビに没頭してしまったり。山を離れて自分の力が鈍ることに焦る。でもそれは新しい生活、知らない都会での生き方、それに生まれ変わるプロセスだった。変わってしまうと怖れるあまり、現実を見ないようにしてしまう。けれど、過ぎたものは再びまったく同じものとしては続けられない。変わっても本質は変わらず、その場に適応して、また新たに生きていける。その場にはその場にあった自分でいられるはず。

あいかわらず引き込まれる文章。まっすぐなストーリーがあるわけではなく(いや、あるのだが)、日記のように、その人の語り口調のように、まるで蝶が花から花へ舞うように、おはなしはふわふわと雫石の日常と内面を語る。より一層、自然とのつながりや人とのつながり、そういう点が強調されているよう。

繰り返し繰り返し形を変え、たとえ話を変えながら、生きること、大地を踏みしめること、人間という動物として野性的であること、を諭されているように思える。現代人が便利さと忙しさ、痛みの少ない、取り返しのつく世界というもののために棄ててしまった(見ないようにしてしまった)本来あるべき姿を思い出させようとしているのかな、よしもとさんは。

雫石の成長の物語はそのまま我々の気づきの物語になっているように読める。

新潮文庫 2010

よしもとばなな – 王国 (その1)アンドロメダ・ハイツ

よしもとさんの本もその紡ぐ物語も好きだし、どれも素敵だなーと思っている。その等身大ぽい感じも人間ぽさ、小さな感じとかも。エッセイとかもそんな感じだし。でもこの本を読み出すと、おやぜんぜん違うぞ?という感じで驚いた。ふわふわしている、見えているけれどよく見ようとすると見えない、確固たるものなのに自由に変化する、うまく言えないけれど、そんな世界観。今まで読んだ物語とは明らかに違う感じがする。そして、これは、間違いなく、好きなタイプ。

おばあさんと2人きりで人里離れた山奥で暮らしてきた雫石。おばあさんは自然の力を分けてもらってお茶をつくり、人々を助けてきた。雫石はそのお手伝い。しかし彼女は植物と通じ合う不思議な力を授かっていた。

一方どこかの街のはずれでウワサになっている少し目の不自由な、でもちょっといい男の占い師、楓。彼はものを通してそのひとの背景が見える。過去も今も未来も。そんな楓のもとにアシスタントとしていくことになる雫石。普通のひとには感じられない世界のなかで共感しあう2人。

そしてサボテンを通して知り合い、恋仲になる雫石と真一郎。人と植物をちゃんと区別するけれど、植物を愛してやまない彼。そして楓の恋人(彼はゲイだ)片岡さん。

不思議な人たち、でもいわゆる常識的な世界からはちょっとはみ出してしまっているひとたち。彼らは苦労するけれど、それでもちゃんと生きている。

街と自然。忘れてしまってるもの。闇。光。植物との対話。

ぜんぜんなにも具体的でなく、はじまりも終わりも曖昧だけれど、確実に自然に流れているものがあり、形はまったくはっきりしないけれど、確実に存在するものがあり、乱暴に扱うとすぐに壊れてしまう、でも力強くそこにある、なにか。そんなものに非常にあこがれる。この物語にでてくる、自分にはない、あってほしい、素敵な魅力と能力と生き方をするひとたちに惹かれてやまない。

まだ(その1)なので物語がどうなっていくのか、よしもとさんが何を描きたいのかわからないけれど、すでにこの物語の虜になってしまった。うまく伝えられるように感想かきたかったけれど、書こうとすればするほど、ぼやけてしまう。だから読んでほしい。

新潮文庫 2010

よしもとばなな – チエちゃんと私

私の家に居候(というか共同生活、というか引きとった)するチエちゃん。少しクセがあるけれど、彼女にはまったくブレがない。何か不思議な感覚でもって彼女と私の生活が始まったのだけれど、彼女といると私はとても満足させられる・・・。

外から見れば中年のおばちゃんがちょっと年下の女性と共同生活をしていて、その人がちょっと変わり者で、いったいあの2人はなんなんだろう?やっぱり歳とって家庭も持たず、お互い淋しいからかなぁ、お金目当てかなぁ、と見えるような2人。こんな人達がいたら、きっと普通こういう目で見てしまい、実は2人にしか分からない特別な関係(説明するのも難しい)があって2人はとても幸せなのだ、ってことは分からないし理解できない、かも。でもこんなことがあるなら幸せだ。

ま、話の流れや背景なんかも面白いけれど、この本を読んですごくいいなと思うのは、ときどきチエちゃんがこぼす言葉たち。そしてその言葉を受けた私が巡らせる考えたち。生きていくことに大切なこと、大切にしていくべきこと、そんなものたちのメッセージがくるっと包まれているように思う。何でもない物語だけれどそこには大事なメッセージがさり気なく含まれていて、もっとゆっくり読んでいたい、もっと長く続いていろんな言葉を聞かせて欲しい、そう思える物語。

また読もう。

文春文庫 2009

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