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宮崎駿

半藤一利&宮崎駿 – 腰抜け愛国談義

引退を表明した宮崎さん。そして最後にするとしている作品「風立ちぬ」。かねてから会いたかったと宮崎さんが言う半藤一利氏との対談書。昭和史、飛行機、夏目漱石などを通して「風立ちぬ」で描きかたかったこと、この国のありかたなどを語りあう。

こんな対談を読んでいると、いかに自分が何も知らなくて、何も考えてないかを目の当たりにされて悲しくなってしまう。本当の意味で国を憂いたり、怒ったり、そんな人生の先輩たちの対談はとても刺激になる。そしてこのひとたち本当にいろいろ物識りだなとひたすら感心してしまう。いくら好きとはいえこんな細かなことまでよく知ってるなーと。彼等にくらべて僕のもの知らずさ加減に嫌気がさすぐらい。本当に好きでいろいろ自分で行動して勉強してるひとたちは(とくにこういう人生の先輩たちは)全然レベルが違う。自分がああいうふうになれるかとは到底思えない。

しかしその博学者たちの対談は知らない話であっても非常に面白い。夏目漱石や他の文学のことも、飛行機のこと、戦争のこと、どれをとっても面白い話ばかり。もっと本が分厚つくてもいいから対談全部載っけて欲しかったなあ。もう少し映画について突っ込んだ話があるかとおもったけれど、それはあまり思ったほどでなかったのが少し残念。

文春ジブリ文庫 2013

あれから4年(アニメージュ編集部編)

一連の「宮崎さんのこともっと知りたい」衝動から手に取った本。あれから4年というのは映画「カリオストロの城」から4年ということで、1983年、実に30年前のこと。もちろん映画自体は何度も何度も見て、自分の中での好きな映画のひとつにあげられるけれど、公開時は観に行ってはない。宮崎駿という名前を知ったのはナウシカのときだったと思う。でもどちらかというと高畑勳の名前の方が印象的だったような。

この本の大半は映画の中のクラリスに関する名場面をフィルムからとったフォト・ストーリーで、あー、懐かしーという感じしかしないが、最後にちょろっと1980年の宮崎さんのアニメージュへの寄稿、81年のインタビュー、83年の富沢さんの寄稿、そして83年の宮崎さんのクラリス論、と4つの読み物がついていて、これが読みたかった。

宮崎さんがテレビシリーズのルパンについて語るところがなるほどなとおもう。すでにいろんな手垢のついた「ルパン」というキャラクターと宮崎さんの生み出した理想的な美少女クラリスをどういう風にまとめるのか。テレビシリーズの最後でもルパンのキャラを変えようとしたり、映画でもやってみたり。でもすでにお客さんの中にできているルパン像から乖離することも不可能なわけで、そのあたりの苦労がカリオストロの中にいろいろあると。なるほどそうやってみると単なる活劇映画ではなくて、人間のドラマとしても見えてくるような。

宮崎さんは当時「もうルパンで映画はつくれないけれど、娘とかだったら」とか書いているけれど、結局そういうものは産まれず(それは大人の事情もあったわけで)だったのだが、少なくともルパンのことは好きだったんだろうなーと。そしてあまりにも出来すぎた少女クラリスのつづきも知りたかったけれど、具体的な案がでたわけでもない。あのカリオストロのつづきというのは知りたかった(作って欲しかった)ところだけれど。

アニメージュ文庫 1983

宮崎駿 – シュナの旅

宮崎さんの映像作品にはたくさん触れたことがあるけれど(ジブリ作品や、それ以前の監督やら作画やら設定やってた作品も好きだ)、著作物はあんまり触れたことがない。ナウシカの原作を何度も読んだぐらいか。今公開している「風立ちぬ」を最後に長編作品はもう手がけないと言った宮崎さんのことをもっと知りたくなって、いくつか著書や漫画を入手している次第。

その中のひとつがこの作品。1983年に描かれた漫画だから宮崎さんが42歳のとき、いまの僕とそう変わらない。いろいろテレビ界やら映画での作品をつくってきていて、映画「カリオストロの城」の後、「風の谷のナウシカ」の前、並行してナウシカの連載が断続的に行われていたころか。

宮崎さんの絵はいつもまるみが気持ちいい。手塚治虫のきっぱりした丸さとはちがって、もっと素朴な丸さというか。また鉛筆書きなのが(きっと彩色も水彩だろう)とてもいい。お話としてはチベットの民話をもとにつくったそうだれけど、今読んでみると、ナウシカ的な風俗/時代/地方設定(人里離れた谷に住んでいたり、着ている服の感じやら)と、もののけ姫のストーリー骨子(主人公が西へ向かうことになったり、乗っている動物がヤックルだったり、神々が住む森にたどり着いたり、銃が草木に覆われているところも)をくっつけたような感じだったり、たどり着くところがラビュタの設定ぽい(パズーが住んでいた家みたいだったり、おばあさんがドーラに似てたり)なんて感じで、いろんな作品を見てきたからこそ気づくけれど、当時はまだこれらの作品は世になかったから、宮崎さんが内にもついろんなお話やおぼろげな映像やらなんやらの種がここにあるんだと思うと、じんとしてしまう。この頃からその先生み出す作品たちをたくさんイメージしていたんだろうな、と。

逆にいうと一貫したイメージがあるから、それ以外がなかなか難しかったのではないかと思わなくもない。でもまぁこの作品みただけで宮崎さんのいったいどれほどのものが分かるのか、なんて分かるわけない。でも、この人がどんなこと考えていたのかはとても知りたいのだ、いま。

そんなに長い作品ではないけれど、じっくりゆっくり味わって読める作品でとてもよかった。ただ、コマによっては絵の色使いとの兼ね合いで(もしかしてわざとなのか?)挿入される文章が非常に見にくい箇所もある。でもいいけど。

アニメージュ文庫 1983

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