野沢さんの本は「深紅」以来かな。ほとんど読んだことがないのだけれど、犯罪とか組織とか人のもつ狂気とかそんなものを浮き彫りにするイメージがある。この「魔笛」、タイトルからぱっと思い浮かぶのはモーツァルトの曲とかハーメルンの笛吹き(両者とも物語の中で出てくる)とか暗いイメージのものだけれど、さてこれが物語のタイトルとしてどう作用するのかなーと読み進むと、なるほどなるほど魔笛か。
とあるテロ的な爆破事件にちらつくカルト的宗教教団の存在。以前教団が起こしたとされる事件により教団は解体され管理され、教祖や大半の主だった幹部は逮捕されていた。にもかかわらず教祖の死刑判決が出たその日におこった爆破事件。ちいさなヒントから事件の真相を追うひとりの警察官。彼(と彼の妻)が解き明かしていくその先には、教団と公安と警察の暗い三角関係があった・・・・。
いやー、面白いです。大きな力をもった組織はその存在理由もだし、組織や力の維持のために自分の力を無理につかうことってきっとあるのだろうけれど、実際に起こった事件(ここではオウムの事件)を題材に、国や公安、そして警察といった組織が何を考えて動き、どう絡み合うことがあるのかということを分かりやすく見せてくれた物語だと思う。そういう意味で脚本家として名を馳せた野沢さんらしいドキュメントとフィクションの間ぐらいの、リアルさのあるドラマという風に読めた。カラクリも面白いし、設定がいかにもありそうでいい。細かなディティール(爆弾やら仕掛けやら)もはっきりしてるし。
結局いちばん魔笛に操られているのは誰なのか?魔笛をなんと捉えるかにもよるし、操られることが悪なのか、操られているほうが楽なのか、いまの社会とくに日本の現状を考えさせる作品に思えた。折りしもオウムの事件は16年前、その直前に阪神大震災があった。あれ以来カルト的な宗教組織はみなナリを潜めているし、反体制なものもいまはあまり力がない。人々はみんな忘れている。でもそんなタイミングでまた何者かが力の復興を願ったら・・・・。怖いことが起こらなければいいが、なんて思ってしまう。
講談社文庫 2004