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有川浩 – 図書館革命

図書館戦争シリーズ最終作、4冊目。結局やっぱり一気読み。おもしろいんだもん。恋のゆくえもさることながら、図書館のゆくすえ、おいては現社会への問題提起(と、勝手に思ってるのだが)がどうなるのか。

今回はいままでのようにエピソードが並んでいるのはなく、一つのおおきなお話。でも前作からつながってる。いきなり国内において原発テロが起こる、というシーンから。これにはびっくり。2011年の東日本の大震災も記憶に新しい(というかまだ続いているよね)けれど、あのとき少なくない数の人々が日本の弱点に気づいたはず。それを理解した上でかこの”原発テロ”の出だしにはびっくりする。しかも若狭だし。

このテロが起こったことにより(テロの真実については謎のまま、犯人がすべて死亡してしまう)、日本という国が国際テロのターゲットになりえる国になった、という解釈になるだろう。そしてこのテロの手口そのままを描いたかのような(犯人たちが参考にしたのではないかと疑われるほどの)著作を持つ(無論フィクションである)小説家が世間の注目を集めることになった。それは「テロなどを未然に防ぐため、このような危険な事件の参考になりうる著書を書いた作者の執筆は制限されるべきであるか否か」という点であった。

3作目では言葉に対する検閲に対して問題提起した有川さんだけれど、今度はそれを含めて表現の自由はいかなる場合も守られるべきかどうか、という、作家さんたち自体がもつ大きな問題に焦点をあてているように思う。”国”や”社会”といった公共の利益のためにはたとえ一部とはいえ”表現の自由”は制限されてもよいのかどうか。とても難しい問題だと思う。日本においては憲法において保証されている権利であるが、ひとつ間違えば、いまから数年後には変わっているかもしれないような世の中の流れだ。対象や目的は違えども、いまのこの日本を覆う不穏な空気の一端を指し示しているかのよう。もちろん人によって意見はばらばらになるだろう。

ここで有川さんが繰り返しキャラクターたちの口にのぼらせるのが、この国の国民たちは自分たちが直接関係ない(対岸の火事)出来事にはあまりにも無関心すぎる、ということ。いざ自分に影響がでるときまで過ちに気づかない。もしくは知ろうともよく考えようともしない。それがとても危険なことである、と。上記のようなことがもし現実に起こった場合、多くの人々は「制限もやむなし」と考えるかもしれない。それはそうだ、本に感心がないひともたくさんいるだろうし、ましてや多く存在する作家のうちの一人の著作が制限されたところで、大半の人には関係ないものであるから。でもこれはとても危険なこと。ひとつの例が作られれば、その上に同じような例が積み重ねられていくというのは歴史をみれば明らかなこと。「一部制限する」というのは「ほぼ全部制限する」のと同意なのだ。

物語はその作家をいかに守るか(図書の自由をまもることはすなわち作家の執筆活動の自由をも守ることである)というストーリーで、どんどん手詰まりになっていく中、郁の何気ない一言で物語がおおきく展開していく。今回は隊員たちの動きがドキュメントのように手に汗を握る感じですごくリアルで面白い。そして堂上と郁の行く末も。

一気に4冊とも読んじゃったけど、こりゃ別冊も読まないと気が済まないなあ。

今回のおまけは手塚と柴崎の物語「プリティ・ドランカー」。児玉さんとの対談も最終回。

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