有川浩 – 明日の子供たち

「かわいそうだと思わないでほしい」

児童養護施設 – 何らかの理由があって親元を離れて暮らす子供達がいる施設。その理由は多岐にわたるだろうけれど、僕も含めてほとんどの人がイメージしているであろうことは「親から離れてかわいそう」「不自由な暮らしをしてかわいそう」的なことだと思う。この本を読むまではぼくはそうだった。いままで関わったことがないということもあるけれど、字面からか、はたまた勝手なイメージか、そういうものを持っている。

ある児童養護施設が舞台。そこに赴任してきた新人職員•慎平。あるテレビの番組から影響を受けて営業の仕事から転職してきたという。彼はこういった施設にいる「かわいそうな」子供達の力になりたい、と願ってやってきた。なんとか頑張って馴染もうとする彼に、そこで長く暮らす優等生の泰子からある日壁を作られ、何故と問い詰めると、彼女が口にした言葉は「かわいそうと思われたくない」。

育児放棄や虐待、死別、引き取り手がいない、などなどいろんな理由で集められた子供たち。辛い思いをしていると思いきや、そうではなくようやく解放された、普通に学校にいける、と幸せを感じる子供もいるのだ。それを知りもしない他所者は勝手なレッテルを貼って憐れもうとする。それは実は辛く傷つくことなのだ。

子供たちは進学を希望しても主に経済的な自立のために就職を強く勧められたり、進学できてもほんのちょっとした理由で社会の波間に沈んでしまったり、経済的に自立することイコール退所であったり、そんな厳しい状況だけれど、学校にいけて、おやつももらえて、ご飯も食べられる、仲間もいる、そういう生活を堪能して暮らしている。そこに集う職員も様々。いろんな子供や職員と交わり、時にぶつかりながら慎平は成長していく。退所後、経済的にや心の拠り所としての場所をもたない子供たちはどうなっていくのか?行政からは義務や負担と思われており、常に予算削減の波に翻弄されているこういった施設の未来は?

この本を読むまでは何も知らなかった場所。慎平や彼の先輩職員たち、そして子供達のいる施設の日常と、それらに挿入される何人かの子供•職員の逸話を挿入しながら物語はつむがれていく。大きく変わっていくことはできなくても少しずついい方向へ変わっていけるとみんなは希望を持っている。それにはまず「かわいそう」というイメージを払拭すること、もっと知ってもらうこと。それを真に願ってある女の子が勇気を振り絞って有川さんに手紙を書いたことがこの物語が生まれる発端となったそう。詳しく丁寧に話をきいて、実際に足を運んで、その上で書かれた物語はとても優しく感動的で、何よりやはりものすごく有川さんテイスト。散りばめられる甘酸っぱさが照れくさく、でも嬉しい気持ちにさせたり。

有川さんって、すごく描きにくい普通なら行間に沈めてしまう気持ちをストレートに書いちゃうのよね。それがもうとてもたまんない。今回も素敵な物語、そして知るべきことを知らせてくれてありがとう、です。

幻冬舎文庫 2018

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有川浩 – キャロリング

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久々に有川さん。タイトル通りクリスマスが関わってくるお話だけれど、それが主題というわけじゃない。各章の扉にクリスマスソングの歌詞が書いてあるんだけれど、やっぱりいいなあ、クリスマス曲。

頑張っていたけれどクリスマスに畳むことになった子供服メーカーに務める俊介。同僚には元恋人の柊子もいるが、それはとても不幸な別れだったのでいろいろ気になっている。そしてこの会社は別に子供シッターの事業もしていてそこに子供たちが集まるわけだが、会社を畳むことになっても最後まで残った小学生の航平。俊介と柊子の別れの原因は俊介の親の問題だった。そして航平の両親も問題を抱えている。触れられたくない見たくない言えない過去の問題、今目の前にある自分の両親の危機、そんな男二人の悩みと波乱に柊子も巻き込まれていく。

両親をなんとかつなぎとめたい航平に協力する柊子とそれに付き合う俊介。それにやっかいな借金の問題まで。そこででてくる物語上では悪役扱いになる赤木やその手下。普通ならそんなこと書かないだろうに、彼らの過去や人となりなんかも出てくるものだから、単に憎めなくなってくる。どの人にも人生や物語、そこに至った経緯がある。このあたり有川さんにくいなあ、と思う。

さて登場するひとたちはどんなクリスマスを迎えられるのか。はらはらとまでは言わないけれど、ドキドキする(それは事件も恋愛も、ゴタゴタも)展開。そこに有川さん特有の、いってしまえば元祖オタク的心情表現が加わるのでほんと面白い。わりと厚いけどすぐに読んじゃった。トラウマを抱え真面目で正義感つよいけどすこし拗ねてる俊介と、生意気だけどやはり子供だなーとおもわせる航平が幸せになってほしい、と願い読む物語だった。

幻冬舎文庫 2017

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有川浩 – 旅猫リポート

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有川さん×猫、こんな本あったなんて。読まずにはいられない。

以前飼っていた猫をやむない理由で手放したことがある主人公サトル。あるとき彼の車のボンネットでくつろぐ猫と出会う。ひょんなことから彼に飼われることになったその猫はナナ。しっぽが鉤型に曲がって7みたいだから。サトルとナナはすごく仲良く暮らしていたが、5年後、またサトルはナナを手放さなければならなくなる。そこでサトルはナナとの出会いの車・銀色のワゴンに乗って知人の家を回り、ナナをもらってくれないかと旅をするのだった。

ああ、これだけ書いただけでも泣けてくる。犬は飼ったことないからわからないけれど、飼っている猫をだれかにもらってもらわなきゃならないなんて、なんて寂しい状況か。あの、勝手気儘に暮らしているように見える猫も、一緒にいるとお互いの気持ちがよくわかる。そして時間が重なるにつれ明に暗に深く繋がっていく感じがする。お互い何かを共有して分け合ってるような。そういう猫のいる空間といない空間は全然ちがう雰囲気がしてしまう。

もちろん主人公はサトルなので、サトル周りで話は進むのだけれど、たまにナナの一人称で描かれるシーンがある。猫の目線で。この猫目線がよくできてるというか、有川さん猫なんじゃない?と思うぐらい猫の気持ち、生態なんかがよく描かれてる、うれしくなるぐらい。猫の好きなこと・嫌いなこと、子猫はまだバカであまり人語を解さないこと(というのと同時に猫は人語を解するということ、でもそれを人間はわかってないということw)、犬とも会話できること(もちろん犬もしゃべること)、外国の猫とはあまり通じないこと(人間も同じね)などなど。柴田よしきさんの猫のシリーズもよく生態見てるなーと思ったけれど、有川さんはより人間にちかく感じているような。

猫と旅をする。憧れることの一つ。残念ながら今まで飼った猫はみんな外が怖い子だったので、連れ出そうものならえらいことになったけれど、いつかそういことしてみたい。運転する車の中で猫が自由にうごきまわって、窓の外眺めたり、椅子で寝てたり。たまにリードをつけてどこか散歩したり。きっと旅好きな猫もいると思う。出会うかどうかはわかんないけど。いつかそんなことができたら、、、、楽しいだろうなあ。どこ連れてってやろうかな。デザイナーの平松さんが飼ってるノロが羨ましかったもんな(平松夫妻とノロは旅好き、ヨーロッパにも行った)。

かまはいなくなってしまったけれど、最近はPがやたらと甘えてくるので嬉しい。慰めてくれてるのか、単に寂しいのか、それとも単に暖かい腹がすきなのかw。でもくっついて来てくるということは、ぼくはまだ不吉な匂いがしないということだろうな、と猫に乗られながら安心する。猫は不吉なものには近寄らないから。ナナはそれがわかってもサトルと居ようとするのがたまらない気持ちにさせる。ぼくが猫と別れるときもいずれくるだろうけど。

きっとまだ近所に住んでいるであろう有川さんにもし会う機会ができたら、どの作品も素晴らしくて好きです、ってことを伝えるとともに、よくぞこの作品を
書いてくれたという感謝を伝えたいな。ありがとう、有川さん。

講談社文庫 2017

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有川浩 – 空飛ぶ広報室

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有川さんの自衛隊もの。いわゆる自衛隊三部作とは違って、今回スポットがあたるのは航空自衛隊の広報。ブルーインパルスのパイロットになるはずだった主人公が不幸な事故からその資格をなくし、配属された先が広報という設定。自衛隊の広報って?ポスターとかたまに見るけど、あれかな?というぐらいの認識しかないぼくらに、有川さんはそれを優しく紐解いてくれる。結構分厚い物語だけれど、面白くて(さすが有川さんって感じ)わーっと読んでしまった。ラブコメ要素やメカ的なものが控えめなのもよくて、その分航空自衛隊や自衛隊というものが浮き彫りになる。

主人公・空井がミーハーな室長や一癖も二癖もある先輩たちに囲まれて、そしてテレビ局からの長期取材にはいっているヒロイン(?)リカの相手役をすることにもなり、航空自衛隊の広報のなんたるかを通して、自衛隊そのものについていろいろ考えていく。その視点が同時に読者の視点とも重なっていて、読みながら、へー、ほー、と思うことがたくさん。普段メディアを通して見ていると、派手なメカとかざっくりした組織とか政治の立場からの自衛隊、みたいな側面しか触れられないけれど、有川さんにこういう風に見せてもらうと、また違った、というか、考えたことなかったもっとリアルな側面を知ることができる。

ストーリーについては読んでね、ってことだけど、この本を通して一貫して有川さんは、ぼやっとした組織としての自衛隊ではなくて、そこには人間がいて、彼らも苦悩するし、いざとなると一番先頭に出て行くのは彼ら、人間そのものなのだ、ということを理解するべきだ、と言い続けてるように思う。

実は2011年の出版予定だったそうだけれど、折しも東日本の震災があり、宮城の松島基地が被災したこともあって、その物語も加えてからの出版となり、その追加された「あの日の松島」というエピソードもはいっている。被災後の松島ー東松島ー石巻あたりの海岸線を走ったことがあるだけに、そこにある基地がどういう被害をうけたのかが想像できて、怖くもなり、かなしくもなり、自衛隊の意義、立場、難しさを有川さんのこのエピソードで初めて知る。例えば被災地のガレキ片付けひとつとっても、テレビとかで見てる側はなんとも思わないけど、彼らは私有地には入ってはいけないというルールがあるそう。するとやれることにも制限ができる。やれる力はあって目の前にあるのにそれを行使できないという場面もあり、忸怩たる思いをすることもあるそう。

なんでも肯定・否定というわけじゃないけれど、何も知らないであれこれいうのは間違っているなと思うし、自衛隊という大きな組織で十把一絡げに考えるのじゃなく、そこにいるのは人間であり、彼らは相当な覚悟を持ってそこにいるのだということを、もっと感じて考える必要があると思わされた。

この本そのものがすごくいい広報になってるかもだなー。

2016 幻冬舎文庫

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有川浩 – ストーリー・セラー

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一気に読んだ。いままで読んだ有川さんの本の中である意味最高傑作かもしれないとまで思う。

内容はもちろん、恥ずかしくなるくらいのラブラブ恋愛小説度も物語のスピードも、没頭のしやすさもそうだけど、何より文章というか本自体の構成が素晴らしすぎる。Side:A、Side:Bという2つの相対する物語そのものも素敵(そして悲しい)だけど、それを書いている主人公の立場とそれがうまくスライドして物語の中身とオーバーラップするようになってるそのスムーズさというか、現実と虚構の混じり具合が物語に没頭するとわからなくなって、最後に、あ、と思わされてしまうその構成(というか没頭させる文章力)が見事で、それが対になっていて、どこからどこまでが物語上の現実で、どこがその中で書かれた物語なのかわからなくなってくる。没頭して感情移入してしまうともうどうしようもない感情にさらされてしまうぐらいの濃い恋も、この人の物語の中なら何故か安心して読めてしまう。不思議。

そしてもしかしたらこれ有川さん本人の物語じゃないの?とまで思ってしまう。というのも、作家が主人公なので作家に向けられる言葉や作家が一人称で思う言葉が物語の中ででてくるのだけど、それらが作家じゃないと言えないような言葉なので、有川さん本人の言葉のように思えて仕方ない。文中にも「あたしは作家だ。腹の足しにもならない空想を、絵空事を、夢を、この世でお足に替えている。あたしは夢を操る生き物だ。」とか「小説なんて自分の一番脆いところをさらけ出して勝負してるのに」とあったり、それに主人公が家族から投げつけられる罵詈雑言の数々。まあ想像力の豊かさは作家必須の才能だとおもうけど(物語からも逆説的にそうなるよねえ)、なかなかこんな具体的に出るものなのかな。

そして物語とは離れるけど、作家という部分を音楽家と読み替えたら、腑に落ちたり、ああと膝を打ったり、頭を垂れたくなることも多々。同じようにものを作っていく(でもそれは”腹の足しにもならないシロモノ”であって)人間としては、気づいたり学んだり考えたり、態度を改めさせられる言葉もたくさんあった。有川さん、すごいです。

しかしほんと見事。

幻冬舎文庫 2015

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有川浩 – 三匹のおっさん ふたたび

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有川さんの「三匹のおっさん」の続編。自ら自警団のようなものを組んで夜な夜な活動する還暦を過ぎたおっさん三人。剣道の達人キヨ、柔道の達人シゲ、そして妙な道具ばかり開発しているノリ。今回も三人が街の騒動をどう解決していくのか?

クーリングオフにまつわる金銭トラブル、とだえてしまった昔からある街のお祭りの再興、独り身のノリにお見合い?!今回も本当におもしろいドタバタが繰り広げられ、三人の知恵と勇気、そしてなぜかほっこりする展開に読んでいてうれしくなってしまう。みんながこういうおっさんになれたら、世界は平和になるのになあとか思ったり。そうそう、”偽三匹”まで登場したり。文庫本だけがこうなのかわからないけど最初に漫画がついてて、最初あれ?漫画になったの?と思ってしまったが、それは序章だった。

最初の「三匹のおっさん」を読んだのがもう三年以上前なので、この物語の勘が戻るのにすこし時間かかっちゃたのだけれど、それは前の本の世界を覚えてる前提っぽい話のスタートだったので、読む前にちょっと前のんをぱらぱらめくっておけばよかったかな。

新潮文庫 2015

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有川浩 – シアター!2


シアター!」の続編。人気はあるけれど万年貧乏の小劇団「シアターフラッグ」が背負った赤字は300万。春川司はそれを肩代わりするかわりに劇団を主宰する弟・巧に出した条件は”2年間で劇団の売り上げで返済すること。できなければ解散”だった。

そんな条件を出され、そこに声優でもある羽田が加わったことから劇団が分裂し、再出発をし、司の鉄血のおかげで公演では黒字を出せるようになった劇団だったが、2年での完済にはまだ遅いペース。しかし少しずつ劇団はいい方向に向いていた。が、そこにまたいろいろ問題が噴出。メンバーのまとまりも危うくなる中、シアターフラッグの今後はどうなるのか?

今回は有川さんもあとがきで書いているように、個々のメンバーがクローズアップされているような感じになっている。前作では春川兄弟が中心となってすすむストーリーだったけれど、今回はメンバーの顔がもっとはっきり見えて楽しい。個人的には不思議ちゃん的な(天然な?)茅原が好きだなー。ああいう飄々としたのは(ちょっとちがうけど)憧れるなあ。そして有川さんといえば的な恋愛要素(でもべとべとでない)も入って来て、ますますこの劇団の行く末が楽しみに。次巻でどう完結するんだろ。というかするんかな?

各章の話と劇団が演じた芝居をうまくオーバーラップさせていて、うまいなーと思う。台本(という設定の文章)が差し込まれていてニクい。

メディアワークス文庫 2011

有川浩 – シアター!


子どもの頃ちょっとだけ引っ込み思案だったおかげでいじめられ、兄だけが遊び相手だったという巧は父の才能を受け継いだの話を作るのがうまく、やがて演劇にのめりこみ劇作家として劇団を主宰するまでになる。が、ファンが多いとはいえ彼が主催する劇団「シアターフラッグ」は多くの小劇団と同じように貧乏劇団。しかも劇団の方針を変えようとしたことから劇団員が激減、おまけにずっと見えていなかった負債が300万もあることが判明。

そんな危機的状況で巧が泣きついたのは兄・司。会社員として普通に働く司から見れば劇団の経営はずさん極まるものだった。そこで兄が負債を肩代わりするために出した条件、それは「2年間で劇団の収益のみでこの金を返せ」だった。

ふとしたきっかけで見に行った劇団から着想してこの物語を書いたという有川さん。相変わらずアンテナが広いというか、敏感。この物語をいろいろつくりあげる弟・巧の感じって有川さんそのものなんじゃないだろうか。小気味いいテンポで軽すぎず重すぎず、でも内容と背景はしっかりあって、ちょっと薄いけどいつもの恋愛要素もあって、と有川さん得意なパターン。でもぜんぜん劇団のことなんか知らなかった人が3ヶ月でこんな劇団よく知ってる人のような感じで物語を作り出せるもんだろうか?ほとほと感心。

読んでいて、以前劇団に参加させてもらったことをいろいろ思い出した、もうずいぶん前だけれど。練習はほんといくらやっても足りないし、何もないところにお客さんに景色を見せようとするといろいろ道具もいるし、それが大掛りになればなるほどいろんなものが必要になって大変になる。でもそんな苦労をしょってまで(結構肉体的にも精神的にもお財布にも厳しいw)しても芝居をしたい人はたくさんいる。でも「貧乏と芝居は3日やったらやめられない」(だったか?)と言われるように、あれは面白い。独特の世界。非日常にすべてを没頭できるということは、本を読んだり、映画をみたり、ゲームにのめり込んだりすることなどよりもっともっと刺激的でかつ現実から乖離できる(夢の世界で遊んでいられる)楽しさを与えてくれるので、やってみたらわかる、癖になるもの、なんだと思う(そう思った。また芝居やりたい!一度でいいから映画でたい!)。

この「シアター!」まだ続きがあるはずだから、はやく読みたい!

2009 メディアワークス文庫

有川浩 – フリーター家を買う。


またまた有川さん。この作品もまた面白いタイトル。”フリーター”と”家を買う”っていう言葉、ある意味(リアルな世界においては)真逆なものに感じられる昨今、いったいどんな物語なのかなーとベージをめくると、今まで読んだ有川さんと全然違うトーンの物語が始まる。

折角就職した会社をたった3ヶ月で「自分にあわない社風だ」と思ってやめてしまい、フリーターをしている息子。そんな中、実は彼の知らないうちに長い年月ストレスをためていた母親が鬱になってしまう。自分がかわいくて自分のため以外には何もしようとしない父と衝突する病院に嫁いだ姉。殺伐とする家庭内。とにかくいざという時のために金を貯めねばと肉体労働のバイトに精を出しはじめた主人公にひょんなことから再就職のチャンスがやってくる。

後半はどんどん展開が明るくなっていくあたり、やっぱり有川さんらしいなとおもったけれど、前半の胸が痛くなるような感じははじめて。甘さのかけらもない物語の展開は読んでいて苦しくなってしまった。決して誰もがこんな状況には陥らないとは思うけれど、でも、誰しもがこの可能性がないとはいえないし、特に息子の立場である自分のことを考えてみても、こういうことや似たようなことになる可能性はなきにしもあらずなので、すごく怖かった。

そして後半は生活を安定させたり、地位を得る、という以上に、働くってのはとてもいいことよね、と思わせてくれる内容だった。何かを成し遂げることも楽しいけど、人とのつながりとか、そこで生まれてくる物事とか、そういうことに触れたり、出会ったりできるのは非常に楽しいことだと思う。

主人公の悩みや逃避、気づきや成長を通して、じぶんを眺めてみて(比較する?)一体自分はどうなんだろうと考えたり。自身のためには何かできているかもしれないけれど、少なくなってしまった家族やその周りの人、仲間たち、というような人間関係に与えたもの、そして生み出してきているはずのもの、そんなものがちゃんとあるのかな、と。毎日を消費してしまって(いるように感じる)このところに何か一石を投じられた気がする。停滞して悩んでいるばかりではだめよね。

重松清氏の解説もまたいい。

幻冬舎文庫 2012

有川浩 – 県庁おもてなし課


実際に高知県にある「おもてなし課」をモデルに、高知県愛をこれでもかーと詰め込んだ有川さんの作品。この作品読むまで有川さんが高知出身だとわかってなかった。「空の中」読んだらわかりそうなものなのになぁ。意識していなかったか。

さて、「おもてなし課」は実際にあって、そこから有川さん自身が観光大使を依頼されたことからこの小説の構想が始まったそうなのだけれど、実際このお話もそういう展開で、だからこそかやたらとリアルさがある。そして実際にお話の中で紹介されるスポットやらイベントやらは実際にあるものだし、出身者の有川さんが描くからというのもあり、お話の”フィクションじゃないさ加減”がすごくて、ほんとにあった話(実際あった話の部分は多いのだけど)みたいで見事。そしてその高知県愛が彼女の父からもたらされたものである、というのもよくうなずけるお話。実際そんな父親いたら楽しいだろうなぁ。

書かれたのは2011年だけれど、20数年前に瀬戸大橋ができてようやく四国が陸続きになり、相次いで明石海峡からのルートやら広島から島々をめぐって今治に到達するしまなみ海道なんかができて四国へのルートは楽になった(それまではフェリーだったから。それも旅情あってよかった。なので時間あったらあえて載ったりする)けれど、実は高知はまだ遠い場所。実際、関西圏から到達するのにもっとも時間かかる都道府県は高知もそのひとつ。四万十なんてどんなに遠いか。高速道路が高知市から少しの辺まで伸びたけれど、他の四国三県に比べると実際にアクセスは悪く、僕自身もながいこといってない。でもすごく魅力的な場所なんだけれど。海は広いし、太平洋を望む海岸に立つと「いっちょやったるか!」て気分になるし、山は深く険しく緑が深い。そして当然食べ物はおいしいし、いうことない場所なのだけれど、なかなか行きにくいのよね。でもそれを逆手にとる、なるほど、街中に住む人間はあの開放感はどこにいっても味わえないもの、不便さの魅力、ってのはこれからもっと求められるものかもしれない。

そして、やはり有川さん作品らしく、きゅんとさせてくれる恋話できゅっと締めてくれるあたりさすがだなと。やもすれば重たそうな話題も、彼女のかかれば明るく未来ある話に聴こえてくるし、なによりわかりやすくて、興味がわく。リアルすぎてどこからどこまでかフィクションなのかわからないけれど、おもてなし課の成長物語はほんと感動してしまった。これが全国でしょぼくれ気味になってる地方で広がればどんなに楽しいか。どの県もちゃんと魅力あるもんね。よそ者には見えて、地元には見えないものがたくさんある。

また行きたいなどっか遠いとこ、そして高知県。「あーー、やっとたどり着いたー、ぐてー」って思えるのも、たまにはいいのよねぇ。

2013 角川文庫