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東北再び

 

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もうだいぶ前のことになってしまいましたが、9月の頭に3月につづいてまた東北をぐるっと巡ってきました。今回は前回と違って被災地を見て回る以外に別用もあったので、それと兼ねての旅行となりました。前回は震災から3年目にして初めてだったので、目の当たりにした状況というのがいったいいつから続いているものなのか、そして復興作業がどれぐらい進んだものなのかは全然わからなかったのですが、今回はそこから半年経ってどう変化したかを見ることができました。

今回は岩手は釜石から南三陸の海岸沿い、宮城は石巻からほぼ全域、福島はまた相馬から浪江町の手前までをうろうろしました。津波被害のあったところは松島などの観光地を除いては堤防工事がまず進められていました。前回は宮城の南の方で堤防が作られつつありましたが、それがどんどんのびて行ってるようでした。福島の方が工事は遅れているように見えました。岩手のリアス式海岸の入り江もまずは堤防や護岸工事を進めているという段階で、半年前からは変化はあるものの、まだまだ先は長いように見えました。また特に宅地にするような(自治体によっていろいろ町の再生計画が違うでしょうから一概には言えないけれど)ところは護岸+土地の嵩上げをするようで、近隣の山が切り崩されていっていて、いいようにいうと急ピッチで工事が進められているという感じですが、逆にいうとすごいペースで景観が破壊されていってるという印象を受けました。

陸前高田3月

陸前高田3月

陸前高田9月

陸前高田9月

南相馬小高地区3月

南相馬小高地区3月

南相馬小高地区9月

南相馬小高地区9月

宮城・福島県境(宮城方面)3月

宮城・福島県境(宮城方面)3月

宮城・福島県境(宮城方面)9月

宮城・福島県境(宮城方面)9月

とくに広い土地が浸水した陸前高田や本吉地区なんかでは大量の土砂が運び込まれ土地を十メートル以上嵩上げするらしいのですが、半年前にはその土砂はほとんどなかった状態でしたが、半年経って運び込まれた土砂はすごい量でした。が、全体から見るとそれはまだまだ足りてないという状況で、どのくらいで嵩上げのための十分な土砂が運び込まれ、整地され、宅地などになるのか、というのは想像もできず、まだまだ先は長いんだろうなと思わされました。仮設住宅の期限もあるだろうし、町の再生計画の是非もあるだろうし、そもそも住民の体力の持続力もそう長くはなく、いくらでも待てる訳ではないだろうし、、、、果たしてこの基本的な方針がよりよい選択なのかどうか、疑問を感じてしまうところもあります。でも、何か動かさねば何も進まない、ということなのだろうか、と、見てるだけの僕にはその程度しか言えないです。

またこの夏は非常に雨の災害が多かったので、こうやって近隣の山々を乱暴に削ったり、あちこちに積み上げたり、そんなことしていると別の災害を招かないか想像すると怖かったです。現にいっているときも台風がきていたり、仙台や石巻で冠水するほどの短期間の大雨が降ったりと降雨の被害が出ていました。そのあとには立て続けに台風もきましたし。今年はそういう年なのかもしれないですが、とにかく二次災害のようなことにならなければいいなと思います。

また放射線被害で立ち入りが制限されつづけている福島県ですが、3年経ってだいぶ規制範囲が狭くなって来ていて(放射線量は下がって来ているけども、という感じ)帰宅してもいいような、もしくはもうすぐ帰宅できるようになる、というような場所が増えているようで(南相馬)、直接地震や津波の被害のなかった家屋は手入れされていたり(でも住んではいない)、周りの家屋が津波で1階部分が破壊されているにも関わらず綺麗に修繕してある家があったり(でも近所では家屋が取り壊されたりもしてるところもあり)と、帰宅したいけれどあきらめた方/帰宅できることに望みを賭けている方のように、同じような場所でも分かれてきてるのだなと感じました。それでも特に浪江町や双葉町はそのままだし、南相馬でもまだ戻れない場所がたくさんあり、みんなが戻れないことには町が元に戻らないので住めない、ということなんじゃないかなと感じました。ここは津波の被害地域以上に深刻で、いろいろ頑張って作業されている人をたくさん見かけましたが、何がどこまで進んでいるのかはあまり分からなかったです。ただ、放射線被害が軽減された場所においてはがれき撤去が進んだり、除染もいちだんと進めているな、という風には見えました。

南相馬小高地区3月

南相馬小高地区3月

南相馬小高地区9月

南相馬小高地区9月

ただ、3月に行ったときと違って田畑が復活しているところもあったり、単に草がぼうぼうと生えているところもありでしたが、全体に緑色の景色だったので、被災地の荒涼たる姿という感じではなかったです。だからといって何かが変わったわけではないのでしょうが。でも草木というのはほっとするものなのですね。

中央では2020年のオリンピックのための工事も急ピッチで進んでいて、そのために東北復興のための人足が不足していたり、資材が高騰したりしているという話もききます。決してオリンピックを否定する訳ではないですが、せめておなじように注力できないものかと思います。そりゃオリンピックは国を挙げての事業で出場する選手にとっても、それをめざす若者たちにとっても、観戦するたくさんの人々にとっても夢や希望を与えることになるかとは思いますが、せめてそれはみんなが同じ平安な気持ちで臨むものにならないかなと思います。今の状況をみていると、穿った見方をしなくても東北が置き去りにされてるという感が否めません。結局金を持つもの集めたいものの経済活動の一環だ、としてしかとらえられないようなやり方でのオリンピック開催ならばはなはだ疑問が残ります。

これからまた厳しい冬がきて、やがて丸4年を迎えることになるのでしょうけど、被災してから4年経ってもぜんぜん状況が変わらないとはいったいなんなんだ?のようなことにならないようになればいいなと思います。被災地の方々が平安な気持ちになれる日が少しでも早く来るよう祈っています。少しでもと思ってチャリティーなんかもやりますが、それは微々たるものです。なので、とにかく志ある方はボランティアとはいわないから、単に東北に遊びに行ってください。景色はいいしご飯はうまい、空気もうまい、いいところです。僕らはそれぐらいのことしかできないのですから。

カッパ淵(岩手 遠野)

カッパ淵(岩手 遠野)

森の図書館(岩手 大槌町)

森の図書館(岩手 大槌町)

瑞巌寺(宮城 松島)

瑞巌寺(宮城 松島)

中尊寺(岩手 平泉)

中尊寺(岩手 平泉)

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