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三浦しをん – まほろ駅前 多田便利軒


三浦さん本を読むのは久しぶりだけれど、今まで読んだのとはまた違うテイストの本。のんびりした感じというか。

郊外のまあまあ大きな街の駅前で便利屋を営む多田。あるとき得意先に出かけそこで高校時代の同級生に出会う。一言もしゃべらない変わったやつだった、行天。多田は実はこの行天に後ろめたいことがあったからもあり、彼に居つかれてしまう。そこから始まる奇妙な同居生活。お互いやもめの二人はなんとなくウマがあっているのかいないのか(笑)。勝手気儘に、でも仕事を適当に手伝ったり、たまに気の利いたことを言ったり、下手なことをするとどこかえ消えてしまいそうな行天を多田は追い出すことができない。

便利屋にはいろんな仕事が舞い込み、それをこの凸凹というか、ぐだぐだ中年コンビが奔走し片付けていく。日々は流れ、彼らはその中でも役立つことや人との関わりに小さな幸せを見出す。しかし、彼らは根本的にぱっとすることがない。というのは実は彼らは理由は全然違うにせよ、妻子と別れており、妻はまだしも、子供と会うことができないという理由があった。さらにその影には複雑な事情が。

行天というのが読めば読むほどどうしようもないやつなので、多田が抱える後ろめたさがなければ「さっさと追い出せばいいのに」とか思ってしまうのだけれど、読み進むうちになにか憎めないようになってしまう。やせ細ったブチのある捨て犬のような感じ。彼らの関係を見ていると、取り返しのつかないことはつかないし、それを取り戻すことはきっとできないけれど、そこをスタートにまた新しい関係を産むことはできるんじゃないか?と問われているような感じ。

物語のテーマは幸せはとり戻せるか?というようなことなんじゃないかな。壊れたもの、壊してしまったものを同じ様に同じところにもどすことはできないけれど、違う方法で代替(というとおかしいか)したり構築して別だけどまた違う幸せを産むことは可能なんじゃないか、ということ。物語は軽妙に日常が過ぎていくけれど、彼らの会話や行動の端々にときどき陰がさし、そういうことを示唆するような言動がうまれる。それらの発端は行天と多田の高校時代の話、つまり多田のうしろめたさ(これを告白はしない)。

でも、そういう幸せを取り戻すことが明らかにできてなくとも、そこへ向かっていることが少しでも感じることができれば、やるせない気持ちを抱かえつつも日々を生きていくことはできるよね、と三浦さんに諭されているような気分になる。いい物語。

いくつかハッとする言葉がでてくる。少し挙げると「不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だとういうことはない」(行天)、「愛情というのは与えるものではなく、愛したい感じる気持ちを、相手からもらうことをいうのだと」(行天の元妻・凪子)。その他にもいろいろ。噛みしめてしまう。

第135回直木賞受賞作。

文集文庫 2009

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