伊坂幸太郎 – 魔王


タイトルを見て「死神の精度」みたいに魔王がでてくるのかなーと思ったけれどそうではなかった。不思議な力をもった(かもしれない < この辺りが面白い)兄弟のお話。表題の「魔王」は兄である安藤の話、後半の呼吸は弟である潤也の話。

念じることによって(条件はあるのだが)それを他人にしゃべらせることのできる能力。ある日安藤はそんな力が自分にあることに気づく。最初はその能力に懐疑的だったが、本物であると信じうるにあたり、あることを思いつきその実行をしようとある政治家に近づくのだが。。。そして5年後、弟である潤也は賭け事に必ず勝てるという(これもある条件があるのだが)能力があることに気づく。

しかしとくにこの兄弟の能力により何か大きな事件がおきたり、世界が変わったりする、そういう部分は描かれない。あくまで個人の力が及ぶ範囲のものごとでしか描かれてない。しかしそんな個人の力で社会に影響をおよぼしたい(及ぼすべき理由/思想があって)と兄弟は心では思っている。その対象は国政。野党ながら歯に衣を着せぬ物言いと、的確な指摘、魅力によってのし上がる犬養議員(やがて首相になるのだが)に焦点が絞られている。話は結局は彼にはおよばないのだが、なにか、話全体として大きな流れのなかに小さな力が及ぼしうる希望的可能性を示唆するかのよう。

まぁ、いまちょうど国政のややこしい時期だからとくにこの犬養という人物の言動に注目してしまうのかもしれないけれど、もしかすると世間のみなさんはこんな人物の登場を心待ちにしているかもしれない。強い、言葉と行動を曲げないリーダー。でも、彼にも、そしてそれを指示する人間にも”覚悟”がいる。なるほどもっとも。でも考えれば恐れてしまうこと。でも、それが必要なときが来ているのかも。

ちょっと読み返してみても不思議な小説。何かにオチがつかないまま無言の可能性だけを残して次へ次へとすすむ伊坂ワールド。つかんだようでつかまえられないもどかしさ、でも何か心に爪痕を残す。

講談社文庫 2005

重松清 – 半パン・デイズ


どうしてこうも重松さんが書く物語は心の底に眠る懐かしい記憶、匂い、甘酸っぱい想いなんかを見事に掬い出してきてくれるのだろう。年齢が(というか少年時代の時間的重なりが)近いというのももちろんあるのだろうけれど、ちょっとしたところで拾われる(ゆえに文章中に出てくる)物事が自分の中で忘れていたものを思い出すスイッチになっているよう。

昭和40年代半ばごろ東京からひとつの家族が瀬戸内の小さな街へと引っ越してくる。そこは少年ヒロシの父の故郷。東京と違い、言葉も荒く、港町だから気性もあらい人たちが住み、プライベートなんてあんまりない、そんな慣れない環境だけれど、一度受け入れてもらえればみんな家族・仲間。そんな中でヒロシは多感な小学生時代を過ごし成長していく。これはヒロシの成長、仲間との友情、まだ青春というには青すぎる子どもから少し大人になる時間を描いた作品。

出てくる時代背景が何もかも懐かしい。読みながら自分の小学生時代を思い出した(実際物語はぼくが生まれた頃にスタートするので6年ほど過去だけど)。子どもたちの中ででてくる流行もの。鉛筆のキャップ集め、フルーツ消しゴム、金色に塗られたシャープペンシルの芯、駄菓子屋さんのさまざまなお菓子やゲーム。4年生ぐらいになったら急に女子が大人びた感じになったこと。バレンタイン・デーのチョコレート。階段の段数をより多く飛び降りた奴がエライこと。修学旅行。・・・すべてが懐かしい。でもそれらがただ単に懐古するために描かれるのではなく、小学生ヒロシの”今”を描くためにさらりと登場し、物語の引き立てをしているだけ。でもそういう細かいものたちが僕のような世代の人間にはとって、物語をよりリアルにさせるアイテムとなっているのは確か。

思い返せばいろんな奴がいた小学校。最初はみんな同じようでも学年が進むに従って、走るのが速い子、賢い子、おもろい奴、けんかばかりする奴、やんちゃな子、悪い奴・・・いろいろな顔が、特徴がでてくる。仲良くしたり喧嘩したり、競ったり、泣いたりしながらみんなで過ごした時間。今から思えばみんな可愛い。そうやって中学というより大きな社会に出て行く前の小さな社会で、でもそれが世界のすべてであるかのように思っていた小学生時代は幸せだったのかも。時代もよかったのかもしれない。女の子と本気でけんかできたのも子どもの頃だけよねぇ。へんなあだ名つけたりからかったりして。

最初は「トーキョー」というあだ名までつけられ、ちっとも馴染めなかったヒロシが、おどおどしながらもやんちゃな同級生や周りの大人たちに励まされ、いじめられ、仲良くなったり別れたりしながら成長していく物語がすがすがしい。9編の短編からなってるが、とくに「あさがお」「しゃぼんだま」「みどりの日々」が好き。

読者それぞれにもヒロシのどこかの部分が重なるかも。こんな本を書いてくれて重松さんに感謝。

講談社文庫 2002

唯川恵(選)- こんなにも恋はせつない

女性作家10人の作品を唯川さんが選び集めた短編集。タイトルからもわかるように全部恋愛もの。ネタは違えども同じ分野で書かれた作品を比べて読めるので面白い。

収録されているのは、江國香織「焼却炉」/ 川上弘美「物語が、始まる」/  小池真理子「倒錯の庭」/ 高橋のぶ子「ドン・ジョバンニ」/ 田辺聖子「おそすぎますか?」/ 藤堂志津子「グレーの選択」/ 林真理子「花を枯らす」/ 森瑶子「アンフィニ」/ 山田詠美「天国の右の手」/ 唯川恵「月光の果て」

やっぱり文章のトーンや字や表現の選び方で江國さんが一番好きかな。川上さんの作品は読んだことあるぞぞっとするやつだった。あとは森瑶子さんはぽいなーという感じか。話としておもしろかったのは藤堂さんの「グレーの選択」。ま、どれも面白かったけど。でも林さんのは読まなかった、苦手だから。

音楽にはオムニバスもの結構あるけれど、文庫本でもこういうの手に入りやすくあれば、いろんな作家さんに出会えるかも。でも魅力は全部わからないかも。そういう意味では音楽と一緒か。難しいな。

光文社文庫 2004

石田衣良 – 波の上の魔術師


大学は卒業したものの就職浪人して毎日パチンコでぶらぶらする男・白戸の前に、ある日老人が現れてパートナーにならないかという。やくざ者ともかかわりを持っているような雰囲気のある老人だったが、その元を訪れてみると、老人はディーラーだった。老人から株のディールについて教わる白戸。はじめは何も分からなかったのだが、そのうち数字が踊り、その波が見え感じられるようになっていく・・・

僕はいわゆる金で金を生むような行為は好きじゃない。やっぱり労働の対価としてあってほしいものだし、金が金を生んでいる場所にはリアルはものは存在しない、全部データだけ。そういう世界はありだけれど、自分はリアルに感じられるものを触っていたいと思う。そんなだけれど、まったく知らない世界の話、そしてきっと簡単ではないけれど、一部の才能と勇気がある人間になら乗りこなせる世界がいくつかあって、そのひとつはこの株の世界なんだろうと思う。

何も知らなかった白戸がどんどん株の勘を会得し、老人の目的を知るようになっていくに従ってストーリーもスピードアップしていき話にどっぷりはまってしまった。単なる金儲けの話じゃなくて、バブル崩壊後の日本経済の悪化とそのときの国策や銀行や保険会社の行動、世界経済について社会的な指摘も交えながらの話の構成は見事。結局銀行や保険屋の食い物にされたのは子供のためになどなど小さな幸福を望んだ高齢者ばかりだった。犯罪かそうではないのか?事実にそっているだけにすごくリアルさがあって面白かった。そして単純なハッピーもしくはアンハッピーエンドではなく、ちょっとした仕掛けもあっていい感じ。さすが石田さん。そしてこんな世界の話なのにどこか青春小説ぽいところがまたいい。

文集文庫 2003

宮部みゆき – ブレイブ・ストーリー

映画にもなったし、話題になっていたので読みたかったのだけれど、なかなかチャンスなく読んでなかったが、ついに手元にやってきたので読んだ。本屋さん(といっても古本専門ですが・・・)にいったりしてもずっと出会えなくても、ふと知人がくれたりする(こういう本好きなんだろうなーと想像して)。本との出会いは不思議。

突然の離婚騒動に巻き込まれ、不幸な自分そして嘆く母をみているうちに、この状況をなんとかしたい、できれば何も無かったときへと時間を巻き戻したいと強く願う。そんな小学生ワタルの前に不思議な扉が開く。それは現世を反映して存在する”幻界”へと続く扉だった。扉は10年に一度しか開かない、そしてその扉の中に飛び込めばひとつだけ願いを叶えることができるらしい・・・・。そしてワタルはその扉に足を踏み入れる。

幻界はまるでワタルが大好きなPRGの世界のように、剣と魔法があり、さまざまな種族が暮らし、モンスターやドラゴンの生息する世界。その世界でワタルは勇者となってその”現世で叶えられるひとつだけの願い”を叶えてもらうために、5つの宝玉を探し、どこかにあるという運命の塔に住む運命の女神に会いに行くという冒険に出る。苦難の旅がつづき何度もくじけそうになるが、水人族のキ・キーマとネ族のミーナと共に冒険を続けていく・・・・。

上・中・下と3冊だしちょっと厚いめなので時間かかるかなと思ったけれど、面白かったのもあってあっという間に読み終えてしまった。こういうヒロイックファンタジーものというか冒険ものが好きなので(ゆえにRPGも好き)。ただグインを読みなれたものとしては幻界の描き方とか世界観がもっと欲しかったなあというところ。まぶたを閉じてもあまり映像として浮かんでこない。やはり形こそ冒険ものになっているけれど、宮部さんの描きたかった部分は違うところにあるからかな。

ワタルが出会う苦難の数々、行く先々で出会うヒトたちや街の感じなどからワタルが感じること、得られた経験、そのときは何を意味するかわからなくても、あとになって腑に落ちること。そういったものを通して、自分はどうしたいのか/どうするべきなのか、本当は自分は何を望んでいるのか、のようなことを悩むワタル。それは自分を見つめていくこと。こういうところはすこし「星の王子様」に似ているかも。勇気はそこにある。

どういう対象向けに書いたのかわからないけれど、子ども向けならなるほどなーで大人に向けては少々物足りなさを感じる。それは冒険ものとしてでもあるし、普通にフィクションとしてでも。宮部さんのほかのミステリーなどに比べるとちょっと薄い感じがしてしまう。まぁこの長さだと難しいからかも。でも子供向けなら納得できるかな。でもこういうシリーズも書いていってほしいなぁ。

角川文庫 2006

田口ランディ – 富士山

ほんと久しぶりにランディさん。なかなか出会わなかったのもあって読んでなかったけれど、久しぶりに読むと、心がわしづかみにされるというか、胸が苦しくなるような文章、突き刺さってくる感情、という感じか。

富士山が近くに遠くにある風景がらみでの短編4つ。夢と現実の境目がうすくいったりきたりしてしまう人間関係がうまく構築できない男、そして女の「青い峰」、中学生たちが冒険の末に出会ったもの、人の生き死にとは「樹海」、閑静な街にそびえるごみ屋敷の住人の本当の顔とは「ジャミラ」、産院の看護士という仕事に悩む女性が女性ばかりの富士登山ツアーに参加する「ひかりの子」。どれも面白いし、どれもぐっとくる。

今まで読んだランディさんのホンとはだいぶ違う感じがする(こちらのほうが好きかも)。これまでに読んだ彼女の本はもっと自分の内面を直接的にさらしだすような感じだったけれど、それにフィルターがかかって、読み物的になってる、というと書き方悪いけれど、彼女のものとは違う、彼女が生んだ物語というような。

富士山、実際遠くからしか眺めたことないけれど、どんな山なのだろうか。確かにあの山にはほかの山にはない何か威厳、もしかしたら人々が信仰することによって築き上げられた大いなる畏怖の念みたいなものを、日本人は心のそこで共有しているのかもしれない。そんな山と比較した人間の小ささ、おろかさ、そして命というもの。お話としてではなく、なにか教え考えさせられる小説だった。

文集文庫 2004

有川浩 – 三匹のおっさん


還暦を迎えた3人の男たち。彼らは「おじいちゃん」と呼ばれるのをいやがり自ら「おっさん」と名乗る。高年齢化してきていまや60歳なんて若く見える人もたくさん。そんな幼なじみの三匹のおっさんたちがある事件を境に自警団を組み、”地域限定の正義の味方”として街のトラブルに陰となり日向となって立ち向かう。剣道の達人キヨ、柔道の達人シゲ、達人エンジニア ノリ。この3人がいろんな事件を解決してくプロセスが面白く、なるほどーうんうん的な落としどころになるのがいい。

相変わらず有川さんの物語のシチュエーション作りというか目のつけどころが素晴らしくて、読んでいてもすごくわくわく、ほのぼの(は少し違うかも)した気分になる。三匹の活躍を読んでいると痛快で、久々にすっきりした気分になる本だった。こんな素敵な(?)還暦を迎えられるなら年を食うのも悪くないなーとか思ったり。でもそれにはちゃんと生きていかないとなーとかも思ったり。こういう祖父が身近にいてくれたら、また楽しかっただろうなぁ。

三匹のうちの一人キヨの孫 祐希、家庭やじいさんに反抗しつつも仲良くなっていくところとか、ノリの娘が清楚でかわいいあたりもキュンとする(この辺は有川さんぽい)のもとてもいい。続編もあるので早く読みたいなぁ。

文集文庫 2012

石田衣良- 東京DOLL


小さいながらもミリオンヒットを飛ばすゲーム会社の柱となる天才クリエーターMG(=Master Of Game)。彼が新作ゲームの構想を練っているときに、出会った天使の羽を持つ少女ヨリ。ゲームのイメージを具現化するモデルとして彼女を雇うMGだったが、ファインダー越しに覗く彼女の姿を見ているうちに彼女に惹かれていく。すごく成功していても何か満たされない男、そして小さな夢をもって生きる魅力ある少女。モデルとして完璧な彼女は「人形にしてよ」という。そして「人形は思いっきりもてあそばなくちゃいけないのよ」と言う。孤独なMGの心をヨリは癒していく。しかし彼女の不思議な能力により、この先にゲーム会社にもMGにもそしてまわりの人間にも不幸が訪れることが予知され・・・・

東京を舞台にした、都会の冷たさとバーチャル世界の深さ、そこからかけはなれて存在する人肌の温もり。相変わらず石田さんの描く世界はかっこよくて、クールで怖い。成功とは都会のビルの陰のように孤独なものなのか。文章自体もあまり温かみなく、冷淡というほどのトーンで描く感じがいいな。なのでより一層ヨリが際立って、色彩強く見えてくる。

物語自体はそうややこしくもなく、ほほえましくもなく、だけれど、スピード感もって読めていいな。もっと結末はややこしくなるかなーと思ったけれど、そうはしなかったか、ふーん、という感じ。

講談社文庫 2007

重松清 – きよしこ


どもってしまうある少年の物語。少年は父親の都合で転校をくりかえす。毎回転校先で事項紹介をするとき、カ行やタ行をどもってしまうので、自分の名前である「きよし」すら言えず、恥ずかしい思いばかりがつのる。思うことをいえない少年はいつもひとりぼっち。いじめられたり、笑われたり。でもある日勘違いから生まれた何でも話せる空想の友達「きよしこ」と出会い、教えられる。「それがほんとうに伝えたいことだったら・・・・伝わるよ、きっと」

物語は決してドラマチックでも何でもない。どもりに立ち向かったり、克服したり、なにか希望の救い手が現れたり・・・なんてしない。けれど、少年はがんばる、頑張り続ける。いつか言いたいことをちゃんと伝えることができるようになるために。

小学校や中学校、そして大人になる前に出会うひとたち。彼らは少年と、そのどもりを通して少年と対峙する。笑うもの、仲間になるもの、助けてくれるもの、喧嘩するもの。彼らに少年は言いたいことをうまく伝えられない。でもその少ない言葉から気持ちが伝わるときもある。間違って受け取られているときもあるけれど、少年が伝えたいことが少しは伝わるのかもしれない。それは少年時代特有の、子どもと大人の間だから許される時が生み出す奇跡なのかも。

なんでもない物語なのに、心の奥にしまっていた、懐かしい空気、景色、音、匂いを思い出し、くらくらしてしまいそうになる。懐かしい・・・・というより、ああああ・・・・という感じか。どもりという少し特殊な環境の話なのに、お話から感じる波動は普遍的なもの。そのあたりに重松さんの本の面白さがあるんじゃないかな。

やるせないなぁ、たまんないなぁ。

新潮文庫 2005

伊坂幸太郎 – チルドレン


伊坂さん初の短編集だそう。本人いわく「短編のふりをした長編」だそうだけれど、なるほど読んでいくと分かるけれど、おもに3人を主人公として、話ごとに視点がかわっていく連作のような感じ。ただし、短編ごとに時代というか時期が前後するので、全体を通して時間の流れがわかったりする仕掛けがあるのも伊坂さんぽいか。

長編に比べてこねくり回し感が少ないのですっと読めて気持ちいい。でも短編といえどいろりろ仕掛けがあって読んでて楽しい。とくに陣内というキャラが何かと強烈ですっとするところもあればいらいらするところもあり、魅力的。彼を見ていると時間の進み具合がわかる。

分かりやすいかもしれないけれど、中では「チルドレンⅡ」が好き。ぼくたちも人生の中でなにか奇跡を起こしたいと思っている。それがどんな形であってもいいから。奇跡なんてない、と思うより奇跡は起こせる/起こると思っていたほうが幸せに生きられるんじゃないかな。

あと先天的に目の不自由な永瀬、彼が哲学的で面白いし、思考も論理的でなるほどなーとおもうところがあって楽しい。こういうキャラも伊坂さんぽいなぁ。「イン」でおもに音を題材とした話が描かれるけれど、なるほど、ぼくたち音楽に携わるものにもヒントを与えてくれるようなエピソードがちらほら。

”・・・僕は耳に神経を集中させる。耳の外側に、大きなメガホンを取り付け、遠くの音までを拾う。そういう感覚だった。僕はこういう時、川の中に立っている気分になる。(中略) 自分の身体の周囲を、水が次々に流れていく。温かい場合もあれば、冷たい場合もある。周囲の音も同じだ。僕のまわりを次々と、音が、音楽や声や雑音や騒音が、通り過ぎていく。(中略)そして、川の中を泳ぐ魚や、落ちている小石、流れる小枝、水生の昆虫、そう言ったものを手で掬うように、僕は必要な音を拾い上げる。すごく神経を尖らせて、タイミングを見計らわないとつかまえられないものもあれば、さほど苦労もなくひっかかるものもある。・・・”

なるほど。普段無意識にやっている聞く(聞こえる)という行為。もう少し見直す必要ありかと。

講談社文庫 2007