先週末19から21に上演された、劇団レトルト内閣「まつりGORIN」、5公演とも盛況に無事終演いたしました。観劇いただけたみなさん、本当にありがとうございました!
今回もつくづく役者さんというのは凄いなと思いました。何もないところに何かを生み出すという意味では音楽と同じなのですが、舞台は聴覚的な部分もありますが、視覚的な部分が大きくて、テレビのように何でもかんでもモノやセットがあるという状態ではなく、ほとんどがないモノを見せる、聞かせる、想像させるわけですから、身一つでそれを表現するというのは、正解もないし、相当難しいことなんだろうなーと見ながら思っています。
今回のような群像劇(というの?)の場合は、ひとりだけのタイミングではできなくて、同時に存在する役者さんとの間の息というか、タイミングの取り方一つ、セリフひとつの言い方によってそのシーン全体の雰囲気や意味が全然かわってしまうということも体験しました(返しをやっているときに、そういう部分を追求してるのを眺めていた)。台本に書いてあるセリフは字ですが、それを口にすることで、そのセリフの影にかくれるいろんな意味を表現できたり、その人物の性格を表せたり、、、すごく奥が深いです。
そして毎回感心するのは、決まった風に演技せずに、毎回違ったやり方をしても、その人物像がぶれなかったり、まさにその瞬間のシーンに必要な感じ(マッチしている)というか流れが自然だったり、そういうことをしてもっともっとその人物が自然にそこに存在しているように感じられる演技が生まれることです。上手な(という言い方は適当でないでしょうけど)役者さんはみなさんそうで、演技をしているのだけど、それ以上にその人物がそこに普通にまさに今存在しているように見えます。相当なことだと思います。
よく通る声、もちろん発声がいい、というのでひとくくりになっちゃいそうですが、囁いたり、ぼそぼそ喋ったり、あくまで普通のトーンで喋っていても、今回の近鉄アート館のようなお客さんが270度広がっているような舞台でもどこでも聞こえる、というのは、優秀な演奏家の音が、実際小さく聞こえるのに、どんな場合でもはっきり聞こえるのと似ています。物理的にデシベル数が大きいのとは違うのですよね。演技の体の動き一つとってもそうですが、発声も、なにもかも、役者さんの身体訓練というのはすごいなと思います。
今回も前回に引き続き参加された鈴木洋平さんの演技に感心させられたり笑わされたりしっぱなしでしたし、初めましてだった久野麻子さん(スイス銀行)の素晴らしくナチュラルな存在感に魅了されました。その他の方々も稽古も含め間近に演技が見られてとても面白かったです。舞台の後ろ側からというのは、また違った側面が見えやすいのかもしれないですね。
改めて、今回もこんな楽しい舞台に演奏で参加して、舞台に彩りを添えることができて嬉しく思います。今回書き下ろした曲2曲も久家順平さん(舞夢プロ)を始めみなさんにほんと素敵に歌ってもらえたし、ありがたさ限りなしです。関わってくださったアート館のスタッフのみなさん、お手伝いしてくださったみなさん、舞台を彩った役者のみなさん、バンド(今回は”ジミー原口とザ・ジミーズ”という名前でしたw)のみんな、そして劇団レトルト内閣のみなさん、ほんとうにお疲れ様&ありがとうございました。またご一緒できるときをとても楽しみにしています!
ps
ほんと楽しかったです。毎回そうですが、終わると、あの皆で全力で作り上げた世界がなくなってぽっかり胸に穴が空いてます。はやく次の舞台がみたいです。