黒毛の君

kamacoming

 

いま隣りで静かに眠る君へ

だれもいなくなった部屋に手のひらにのってやってきた君

真っ黒で、しっぽが途中でくにっと折れてた
ふわふわでやわらかくて、あったかくて
なでられるのは大好きだけど
しっぽを触られるのはすごくキライだった

おくびょうで、でも好奇心旺盛で、
すごくちいさくて、どこへでも紛れ込んでしまえた
にんぎょうとならぶと区別がつかなかった
どこにいったかわからなくなって何度探したことか

跳ねて、飛んで、いたずらしほうだい
しょうじは穴だらけ、ふすまもびりびり
マーキングもあちこちに
こむぎこまみれでまっしろにもなってた

 

やがてそれはそれはおおきくなって
りっぱなひげに、まんまるおめめ
毛並みはつやつや、つるつるしてて
でも、あいかわらずおくびょう
なにかあるとすぐに押入れに引っ込んでしまう
そのころから押入れがお気に入りだった

ひっこししたとき
どんどん荷物がなくなっていくことに怯えて
押入れからでてこなくなったことがあった
ひっぱりだしてみると
10円ハゲができてた

ひっこした先でも
まる3日テレビのうらから出てこなかった

玄関を開けてても
敷居の先へなかなかふみださない
ものおとがすると、一目散に部屋へダッシュ

だれかが君に会いに来ても
押入れにひっこんで
くらやみにまぎれてしまって
みんな口を揃えて「ほんとうにいるの?」と訊いた

 

そんなおくびょうな君が
いちどだけ、家出をしたことがあった

それはきっと家出のつもりなんかじゃなかったんだとおもう
あいている扉の隙間から
君はちょっとした冒険心とものすごい勇気をもって廊下へ出てみた
でもそのときにとなりのひとが顔を出したんだろう

あわてた君は
中へ逃げ込むのもわすれて一目散に廊下をはしった
気づくといったい自分がどこにいるのかわからない
そとは大きな音がするし
しらないひとがうろうろする
うろたえた君はどこか安全な場所をさがして消えてしまった

君の姿が見えないのに気づいてあわてて探しに出たけれど
君の姿はどこにもない
たてもののまわり
そのへんの垣根や車の下
近所のお庭や畑のすみっこ
となりのようちえん

もしかして、万が一
そんなことも頭をかすめたけど
しんじてあちこち探した

探し疲れてかえってきて
だれもいない部屋にはいったときの
あの、がらん、としたかんじ
君がいないだけでこんなにちがうものなの
空気がとまっているようだった

永遠ともおもえる2日間がすぎたとき
ぐうぜん、階下のよそのおうちのベランダの
プランターのかげでちぢこまる君を見つけた
がさがさにきたなくなってしまって
まるでよその子のように震えて
こわい思いをしたんだろう

それからの君はさらに用心深くなって
扉をあけても僕がそとにいないと
敷居をまたがなくなった

 

かすみそう
あじつけのり
かっぱえびせん
かつおぶし
またたび
シャワーから出るお湯

かさこそいうビニールシート
段ボール箱
きいろいライオンのゆびにんぎょう
くびのしたを掻いてもらうこと

そして何より雑誌の隙間からちょろちょろ出し入れするえんぴつが大好きだった

 

クラリネット
みかんの皮
ダイエットフード

かおの斜め上に手をかざすこと
掃除機
洗われること
抱かれること
ひなたぼっこ(黒いから?)

そして爪切りがにがてだった

 

ちいさいころ、わるいことをして
はらたちまぎれに投げ飛ばしても、すたっ、とたったりしてた
憎らしいやら可愛いやら

おおきくなってからは背中を、ばん、とたたいても
どこふく風のように平気なかおしてた

いつのころからか、電話をしているとよこから
「ねえねえ、どこのどいつとしゃべってんの?ねえねえ」と
きいてくるようになった
ふだんは呼んでも返事すらしないくせに
受話器をむけると「だれ?なに?」としゃべるようになった

なんにちか家をあけることがあって
心配してかえってきても
「あら。いたの?ふうん」
というくらい愛想のなさはずっと変わらなかった

でも寒くなるとふとんのうえにやってきて
足のあいだか、よこか、どこか掛け布団のうえで寝るもんだから
ぼくは寝返りうてなくて、けっこう困らされた

そのくせ君はそんなときにかぎって
すうすう気持ちよさそうに寝入ったり
ちいさくいびきをかいたり
あまつさえ寝言まで言ったりしてた

 

そうそう、そういえば君はじぶんの名前以外に
3つだけわかる言葉があったよね
「ウィ〜ンすんでー(掃除機をかける)」「おふとんあげるでー」
こう言うとどこにいてもそそくさと押入れへ

そして

「ごはんやでー」
こう言うとそそくさと押入れからでてきたもんだ

 

やがて首の周りとかに白い毛がちらほらしてきたころ
あたらしく白い仔がやってきた

ずっとひとりでいろいろのびのびやってきたのに
やってきた闖入者はやたらとはしりまわるし、うるさいし
自分にもましてわがまましほうだい

生まれつき遠慮がちな君は
すごくうっとおしくて
結局この仔とはあまり仲良くなれなかった

ぼくのわがままからつれてきたこの白い仔が
結局君にすごくいやな思いをさせてしまったのかもしれない
そして結果的に君からたくさんの時間を奪ってしまったのかもしれない
それをかんがえると
ほんとうにほんとうにすまない気持ちになる

 

ぼくたちでいう80さいぐらいになるころから
きゅうに君はげんきがなくなってきた
もしかしたらびょうきだったのかもしれない
それでも君はなにもいわずにたんたんと暮らしていた

すこしずつすこしずつ
うごきがおそくなって、ごはんもあんまりたべなくなって
なにをするのもしんどそう
おおきくこきゅうしていた

それでも白い仔につっかかられると
ぎゃーぎゃーいって歯向かっていた

そんなになっても、たまに君はあまえてやってきて
やれなでろ
やれ膝にのせろ
やれごはんだ
やれみずをいれろ
やれほっといてくれ
というのだった

 

そしてきのう

さいきんお気に入りのばしょ
ソファーと壁の間に、ちん、としていた君に
じゃあ、いってくるね、またねと言って
目やにをふいて、ちょちょっとなでてあげたら
すこしだけごろごろといってくれたのが
ぼくがみた君のさいごの凛々しい姿になった

 

くるしかったのかもしれない
もうだめだとかんじたのかもしれない

プライドの高い君はさいごに
さよならのマーキングをして
じぶんの居場所
押入れの奥まで這っていって
しずかによこになった
まるでぶざまな姿をみせたくないとでもいうように

 

もっともっともっとはなしたかった
もっともっともっとなでてあげたかった
もっともっともっともっともっと
いっしょにいたかった

 

どうしてぼくたちはことばをかわせないんだろう
はなせたなら、君がなにをおもってるのかいっぱいきけたのに

でも
君とは
はなせなくても
おたがいせなかむきになってても
ずっとつながっていた気がする

そうおもってる

 

じぶんのかぞくのつぎに
いちばんながくいっしょにくらした
かまたま

へんな名前つけちゃったけど
きにいってくれてたらうれしい
君がいたからぼくはさみしくなかったし
君がいたからいまのぼくがいる

感謝しています

ありがと、かま
またね。

 

kamaandtake

かまたま
2000.4.4 – 2016.11.15

 

2016.11.16

“黒毛の君” への5件の返信

  1. なんのアレもありませんが。。。
    「ありがとう」といいたくて、コメントしました。
    武井さんの想いとか、ねこさん の情景が みえて。自分のねこさんとの時間が、重なって
    ありがとう って いいたくなりました。
    すみません。

    1. 浪江さん

      ぼくも何のアレもないのですが、、、、
      そういう風にいってもらえるとなんだか嬉しいですし、救われますし、ちょっとじんわります。
      彼と過ごした日々は過ぎ去っていっちゃってしまうけど、まだ胸の奥にはちゃんと住んでます。

      こちらこそありがとうございます!

      1. 時間は 流れているけど。
        そう、胸の奥に住んでますよね。
        ほんまに。私もまたじんわります。

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