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乃南アサ

乃南アサ – すれ違う背中を

surechigau

ある街の片隅でひっそりくらす芭子、そしてパン職人を目指す綾香。対照的な二人だったが彼女たちは仲良しで、二人にしかわからない過去を背負っていた。二人は塀の中にいたのだ。

読み始めてから、あれ?これ続き物の途中だなあとおもって(でも一話完結なので読みやすい)、前の読んでないよなあ、とかおもってたら、6年前に読んでました^^;(いつか陽のあたる場所で

解説で堀井さんも書いているように。きっと刑期をおえて出所した人たちは数少なくいて、そのほとんどの人が元のサヤには戻りたくなくて、住んでいた場所を離れたり、まったく違う人生を選んだりして(選ばざるを得ないというのが実情なのかも)、社会にそっと復帰しているんじゃないだろうか。そして。彼らはこの本の主人公の二人のようにいつもびくびくしながら静かに生きて、でも生きていくためにいろいろ苦悩しているんじゃないだろうか。そしてほとんどの世間の人はそれに気づいていないんじゃないだろうか。

物語中にも描かれるように。彼女たちは犯した罪を償ったにもかかわらず、それを終えたあとでさえ、罪を犯す以前と同じような生活には戻れず、まるで柔らかに刑がつづいているように悩みながら暮らしているんじゃないだろうか。仕方ない、とか、そんなものじゃ済むわけがない、という意見もあるかもだけれど。社会では等しくみんな生きていけたらいいのにな、とも思う。難しい問題。ほんと実際どうなんだろうか(再犯に走るタイプの人は除くけど)。自分の身の回り(しかも自分に関わりあるような)にいたらどう感じるんだろうか。人間関係にもよるんだろうか。

そういう内緒の暗い過去を背負う二人がひっそり、びくびくしながら暮らしているようすが淡々と描かれていくけれど、この本では、その二人が少しずつ光明をえて、片やパン職人をめざし、片やペット服作りに自分の生きていく道を見出していく、そんな姿が描かれていて、応援したくなる。うまくいくといいのにな。少しずつ街の人たちと交わったり、慎ましやかな生活のなかでもたまには居酒屋でがははと笑ったり、たくましく生きていってる姿がどこかうれしい。

まだ続きがあるみたいだから、それも探して読もう。

ドラマになったのは知ってるけれど見てはなかった。でも配役が上戸彩はちょっと違う感じするなあ。飯島直子は近い感じがするけど。

新潮文庫 2012

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乃南アサ – 水の中のふたつの月

乃南さんの作品は久しぶり。いつもじわっとくる人間の暗闇とかなどに足を引っ張られるような感覚がして、ちょっと怖いのだけれど、それでも魅力的で読んでしまう乃南さん。

小学校の時の仲良し三人組が獣数年ぶりに出会う。この少女たち小学生のときに救おうとしたいじめられていた男の子。彼女たちはそのために秘密を共有し合った。でも久しぶりの再会で、封印していたその時の記憶が少しずつ蘇る。そこにはある約束があった。

妙齢の女性3人と、そのうちの一人の彼氏。その彼が昔3人が好意を持った男の子に似ていたら?そしてそこに重なってくる昔のある「約束」。ともに秘密をもちあう3人、そして彼氏。そしてそこに重なるように、昔あった出来事が紐解かれてゆき、その「約束」が明らかになっていく。

女性のキャラ設定が少しおかしな感じするあたりから、少し変わった感じするなあと思いつつ読み進むと。じわじわじわーーーっと恐ろしい話だったり。女性(もしくは少女)の一人称が入れ替わり、過去と現在が交錯し、やがて過去が立体的に甦ってくる感じ。コンパクトにまとめることもできるんだろうけれど、それを細かな描写や心理描写などをいれながら構築していって、それによって不気味さ、というか不自然さというか、を醸し出すのがすごく上手いなあ、と感心。

女性の結束って、怖いなあ。

文集文庫 2003

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乃南アサ – ドラマチック チルドレン

人の怖い部分をよく描く乃南さんだけれど、これ読み出してから気づいたのだけれどドキュメントものだった。

富山市郊外にある「ピープルハウス・はぐれ雲」に集まる子供たちはいろいろな問題を抱えた子供たちばかり。ひきこもり、登校拒否、非行などなど。彼ら彼女たちが共同生活をおくり、そこの主である川又夫妻の厳しいけれど暖かい、そして無骨で正直な眼差しと手により立ち直ったり、また舞い戻ったりする。そんな子供たちの様子を淡々と描いた作品。物語の中では主人公となる恵という中学3年生の女の子の成長を見ていく。

話の中にときどきでてくる川又さんの言葉、地域にとけこむことの難しさ、生活とはなにか、社会コミュニティとはなにか、子供が見ているものはなにか、乃南さんの目を通して語られる様々なものごと。それらはただの物語ではなく読者の周りにも関係していることだと思える。

「落ちこぼれの落ちこぼれをつくらない」どんな子供だって将来があり、生きていけるべき。どこかで曲がり角を誤ってしまっても、気長にもどってくる方法はあるし、だれもがそれをもっているはず。熱い信念で物事をつらぬく川又さん夫妻と子供たちに気持ちが熱くなる。

新潮文庫 1996

乃南アサ – 凍える牙

白バイ出身の女性捜査官が主人公のサスペンスもの。レストランで突然炎上して焼死する男。そして人気のない場所で大型の獣に噛まれて殺された男・・・・。一見なんの脈絡もない事件がおぼろげに結びつきはじめる。そのライン上にいる人物とは、獣とは・・・

さすが乃南さんというか謎の多い事件、細やかな描写、スピーディーな展開、普通によめておもしろい。女性刑事がでてくるものは少なくないけれど、ここまで男性社会っぽい感じをリアルに描いているのも少ないかも。なので女性の立場から見たら非常に嫌な感じがする警察内部の描写になっている。まぁ実際この社会は男性に寄ってるところは多いのは事実とおもうし、まだまだ女性の入りにくい世界ってのもあるんだなと改めて実感させられる。

サスペンスやこんな女性問題もいいんだけれど、やっぱりこの物語で乃南さんが描きたかったのは、(ネタバレになるけど)大型の犬=オオカミ犬のことなんじゃないかな。というか実物はもういないからオオカミのことだったんじゃないかな。物語の後半はこのオオカミ犬の描写であふれているような気がする。物語の筋なんてそっちのけでオオカミ犬の美しさ、強さ、賢さなんかが押し出されているようにおもう。勝手な推測だけれど、どこかで乃南さんが出会って、強烈な印象をうけたのかもしれない。

それほど描写が精密だし、その生物としての能力の高さ、賢さ(人間のものとはちがう生き物としての)そしてそれゆえの美しさ、そんなものが崇拝ともとれるほど。実際それほどの生き物なのかと見てみて触れてみたくなる。ラストのバイクと疾走するシーンは圧巻。

大型で賢い動物というのは話こそできないけれど、それ以上に目で話したりするんだろうな。僕も出会ってみたい、オオカミ犬に。

乃南アサ – 花盗人

乃南さんの文章もやっぱり素敵。読み出した瞬間に周りの景色は消え、すっと静かに音が消えてしまい、景色が立体的に迫ってくる。きっぱりと独立した世界。それらを多くない描写で確実に描き出す。そしてその温度感。けだるさの中にも冴え冴えとした空気。

乃南さんらしい意外な展開と人間がちょっと怖くなる結末をもった10の短編からなる本。どの短編も面白い。こんな風に書けるということは乃南さんはよく人間を観察しているか、異常に想像力のたくましい人なんだろうな。

しかし短編集といえども「薬缶」「寝言」という軽くジャブ的な短編からはじまって、「向日葵」「愛情弁当」「今夜も笑ってる」と少しずつ怖く、ズブズブと泥沼にはまるように抜け出せなくなって、「他人の背広」「留守番電話」と本当にありそうに怖い話が続き、ちょっと趣向の変わった「脱出」、本書一番の長編「最後の花束」(見事な構成!)、そして表題作「花盗人」と、全体でちゃんと集としての構成もできているから、単なる寄せ集めではなく、読み進むごとに世界が拡がっていく短編群のよう。見事。最後までおもしろかった。

茶木さんの解説も見事。

新潮文庫 1997

乃南アサ – ピリオド

親や家族、恋人や友達、仕事、そして住まい、帰ることの出来る家、など、関わりたくて関わりながら生きていくもの、関わりたくなくても関わらねばならないもの、そんなものたちに囲まれて我々は生きている。それらは自分の人生を照らすものであり、比較するものであり、自分の位置を見定める灯台となるものだ。

別にドラマチックでもなく普通な人生でも、同じように人の上には時間はながれ、小さいながらも人や物事によって自分の人生に波がたつ。でも立ち止まることはなく、それらをひとつひとつ手にとってそして放してゆく。時間の中に標をつけていくことで、自分の進んだ道を記憶し、糧としていけるから、人はそうやって何かどこかにピリオドを打ちながら生きていくのだろう。

子供を持てずに離婚し、恋人はいるけれど愛人で、日々の仕事に流される日々。人と関わるのはわずらわしいけれど、人と離れ続けるのは寂しい。人に優しくするのは人のためか、それとも自分の寂しさを紛らわせるためか。だれしもどこか心当たりのあるような日々。そんな中に起こるさまざまな事柄。兄の病気、恋人の困りごと、家のこと、甥や姪のこと。つぎつぎなにかが起こり、すべては時間とともに流れていってしまうもの。昨日起きた大きな事件も、明日を生きていくときには過去のことになる。

死、帰るべき家がなくなること、取り返しのつかないことに直面しつつも、時間という制限を受け、逆にそれにより解放され、それらにピリオドを打ち生きていく。どれも想像するだに恐ろしいけれど、誰もが必ず通る道。いつかやってきて、そして去っていくだろう。

双葉文庫 2002

乃南アサ – 不発弾

「かくし味」「夜明け前の道」「夕立」「福の神」「不発弾」「幽霊」からなる6編の短編集。

今回はどんなお話読ませてくれるのかなーと期待して本を開いたら、最初の「かくし味」からいきなり面白いなぁと思う展開。常連ばかりが集う古い居酒屋の看板料理の煮込み。何年食べても飽きない。なにかの隠し味があるはず。しかしお店の老夫婦は神様仏様のおかげ、という。そして年月が経つにつれ常連が一人一人と亡くなっていく・・・。ラスト、うまいなぁ。

その後も、不気味なのに気持ち温まる「夜明け前の道」、実際に世間のどこかで起こっていそうな「夕立」と不気味な、でもリアルにいそうな人間たちのドラマがつづく。

中でも一番いいなと思ったのは次の「福の神」。途中までいったい誰が福の神になるんだろう?なんて思いながら読みすすんだけれど、こんな意外な(でもないか)展開、というかストレートだけれどうまくちょっとだけ捻った、心温まる展開にほろり。いい話ー。こういう感じはじめてかも。

表題の「不発弾」、気持ちよーく分かる。世間にはこんな不発弾がひしめいているんじゃないか?あまりにも忍びない。けれど逆の立場から見たら、また違う気持ちになるのかも。そして最後の「幽霊」。あー、スカッとする!

どの話も人間模様が中心に描かれている。でもこんなに見事にばらばらなお話の感じがするのもすごいなぁ。しかしどろどろしたこわいものも、心温まるものも、なにか共通したものが通っているように思う。そこが単にリアルぽい、ちょっと怖い話、という部分で終わってない理由かも。言葉すくなに的確に人物を表現しつつも、人間の弱さ、ダメさ、怖さ、そんなものを少し許容しているような、そんな部分か。

講談社文庫 2002

乃南アサ – 幸せになりたい

人間だれしも幸せになりたい、そう願うのは普通のことだ。でも少し願い方を誤ってしまう(世間の常識からずれたり、願い過ぎたり)と、幸せからは程遠いところにたどり着いてしまう。そんな歪んだおはなし7つ。

不甲斐ない男か玉の輿か「キャンドル・サービス」、奪った愛人の魅力も奪えたか「背中」、出世欲にとりつかれて「お引っ越し」、母は女性だった「たのしいわが家」、思わぬ形で反撃が「口封じ」、手紙は受け取り方次第「挨拶状」、今日まで恋人明日からは愛人「二人の思い出」。ああ、どれも面白い。けど、ちょっとゾッとしたり。好きなのは「背中」と「二人の思い出」かな。

ほんのちょっとしたことだけれど、人間の愚かなところ、小さな心理、おかしくない程度に病的なことなんか描かせたら乃南さん、うまいなぁ、とほとほと感心。男性、女性両方の心理をよくわかってるなぁ。

祥伝社文庫 1999

乃南アサ – いつか陽のあたる場所で

東京のある街のすみっこでひっそり暮らす芭子(はこ)、そして友人というにはちょっと年上の綾香。彼女たちがあまり目立たないようにしているのには理由があった。彼女たちは塀の中にいたのだ。

そんな設定でのおはなし。全く知らない世界だから、あまりにも芭子がおどおどしたり、おとなしすぎたりすることにイライラしてしまうが、そうか、そんなふうに考えてしまうのか、世間は(自分も含めて)きっと同じような反応をして、刑期を終えて償った人間を同じ一種類の人間として見てしまうだろう、そんなことがショックだった。重罪を犯した者も軽微な罪で悔い改めた人間でも、塀の中から出てきた人間に対し、そうでないものたちは異常なまでの興味を示すか、蔑んでしまうだろう。数多の出所者たちがまともに社会復帰できない理由のひとつもそこにある。

主人公の2人も同じように出所してきたことを知られることを異常に怖がる。当たり前だ。でもなんとか社会の隅で生き抜こうとする。でも知られるのが嫌だから思い切ったこともできず、人目につかないようにし、家族からも絶縁され、セクハラを我慢し、何を生きていったらいいのかわからない。普通ならばいろいろ文句のひとつも言えるようなちょっとした世間の悪意に翻弄されてしまう。

それでも若者にドジ呼ばわりされながらパン職人に挑む綾香の姿や、少しずつ近所の人を受け入れる芭子の姿、彼女たちのたくましい生き様を見ていると何がしか勇気をもらえる。

これらの物語はシリーズになっていくそうだが、とても楽しみだ。
重里徹也さんの解説もいい。

新潮文庫 2010

乃南アサ – 氷雨心中

表面上はするっとした物語だけれども、最後にギクっとするような怖い終わり方をする短編6つ。どれもが人間のドロドロっとしたところを表していてコワイ。

家業である線香屋の秘密が怖い「青い手」、男が変わる度に着物を染め直す女と着物屋の人間模様「鈍色の春」、表題にもなっている造り酒屋の時代を越えた愛憎物語「氷雨心中」、ジュエリーデザイナーを夢見る歯科技工師の甘い思いが壊れるとき「こころとかして」、能面に自分のすべてを賭ける舞踊家と能面作家のふれあい「泥眼」、そして提灯屋の妻の密かな思いが突き刺さる「おし津提灯」。どれも秀逸。

怖いけれど、どの話も日本の美しい事柄が描かれていて素敵。それらが美しいから、人間の気持ちの恐ろしささえ美しく感じてしまう。日本てこういう国、人柄だよな。

一番好きなのは「泥眼」。泥眼とは能で用いられる、女の生霊を表すといわれる面。自分の納得のいく面を追い求める女流舞踊家が求める泥眼とは何かということを通して、面打師は彼女の思い、生き方、そして女の人生への諦観、それらを垣間見る。そこに同じような立場である自分を少し重ねて考えてみてしまったりする。少しわかる。分かりたくないけれど、そうなりたくないけれど、すこし近いところにいる自分をみつけて、こわくなってしまう。

幻冬舎文庫 1999

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