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辻仁成

辻仁成 – 99才まで生きたあかんぼう

99akanbou

辻さん、面白い本を書いてくれたなーと思う。ある意味絵本ぽい(絵がそうあるわけじゃないけれど)物語。1ページごとに主人公がひとつずつ歳をとっていく。0才だったあかんぼうは、10才になり、20才になり、いろんな経験を積みながらやがて99才になる。

辻さんはどこから読んでもいい、最初からでも自分の年齢からでも、というようなことを書いているけど、まさにその通りでどこから読んでもいいし、それ相応の年齢の感じが伝わってくる。人生の経験の地層みたいなものが。でもやっぱり最初から読んだ方がいろいろシンパシー感じるかも。物語ぽくもあるけれど、いつの間にか自分の人生に重ね合わせてしまう。まあ、自分とは全然ちがうのだけれど。憧れも含まれてるし。

そんなに長くもないし、簡潔に描かれているけれど、その簡潔な分じわりじわりと主人公の人生の浮き沈み、喜怒哀楽が伝わってくる。大切なこと、幸せを感じるものごと、家族、友人、もしかすると僕たちの人生に必要なものはそんなに多くないのかもしれない。どう接するかであって。どう考えるかであって。

そういう点とは別だけど、2005年に描かれたこの物語が、今の世の中の様子と微妙にリンクしていて、その未来も描いてるもんだから、ちょっと考えてしまうところもあり。どうなるんだろう世の中は、この先。それでも人は生きていくのだけれど。

人間は死ぬまであかんぼうなのかも、とは、なるほどなあ。

2008 集英社文庫

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辻仁成 – ダリア


久しぶりに辻さんの、鋭いというか、感覚が研ぎすまされたというか、少し冷たい、そう、悪徳の美のような印象をあたえる物語だった。ダリアと呼ばれる男がやってきたことからじわじわ変化して行く幸せだった家庭。あとがきで辻さんはある日みた窓からの光景が彼に何か大いなる啓示をあたえ、それを記録しておこうと記した小説だそう。だから、物語も脈絡がないわけではないけれど、辻さんが可能な限りその想像の翼を広げ、細めた眼の隙間から見える光景を克明に、しかも出来るだけ素早く記録した、というような感じがする。

だからとくに物語としての感想はない。あるのは与えられた印象。どうしようもない運命の誘惑に巻き込まれ、抗いながらもそれに甘んじてしまう感覚。ダメだという倫理観を破壊してしまう甘美な匂い。まさに悪徳の美。視覚的でも触覚的でもなく、それらを飛び越えて心や身体の隙間に入り込んでくる言葉で表し難い感覚・印象。それらが同時に、立体的に、四方からやってくる感じ。一瞬の中にある永遠の、そして繰り返される時間。

気をつけないと、溺れてしまう。

”人は生涯覚めながら見る夢の中にいる、とわたしは常々思っている。でも、その思っている私が誰か、そのことを、もう次の瞬間のわたしは、わすれつつある。”

新潮文庫 2012

辻仁成 – マダムと奥様


久々に辻さんの本。新刊ならともかく、だいぶ彼の本を読んでるのでなかなか読んでない本にあたらないので寂しい。が、久々に知らないタイトルあったので手に取った本。2007年ごろに雑誌「女性自身」で連載されていたコーナーの書籍化。

主に辻さんから女性へのいろんな助言やら、辻さんの意見やら(とにかく女性に元気になってほしい、と願ってらっしゃるみたい)がおもしろくまとめられているのだけれど、それよりも普段まず垣間みることのできない辻家(フランス在住)の様子が透け見えて面白い。奥さん(言わずとも知れた中山美穂さんですな)との生活の様子やら、フランス生活への馴染み方、お子さんのことなどなど、フランスと日本のギャップを軸にして、日本の女性に願うことやら日本についてやらをさらさらっと書いているところがおもしろい。普段の辻さんの小説と全然カラーが違ってるのも。文体が口語調なのだけれど決して普段はこの文体のような話かたしないと思う、けど、なんかもしかしたらこういう感じなんかなーとか。もしかして結構人見知りなんかなーとかw ロッカーなのにw 優しい旦那さんなんかなぁ。

やっぱ小説読みたいなぁ。瀬戸内寂聴さんと(心的な)師弟関係とは知らなかった。同業界に尊敬できて可愛がってくれる先輩がいるのというのはとてもすばらしく、うらやましいこと。

光文社文庫 2009

辻仁成 – 愛はプライドより強く


すごくぼくが思っているイメージの辻さんぽい作品だなと感じた。すこし鋭角で、すこし冷たい感じがするけれど、その奥に狂おしい感情を隠している感じ。作品の構成もすごく細かく章にわかれていて(短いところは1行だけってのもあった)、それがまた場面を変えるというかうまい区切りになっていてすごい。

同じ音楽制作会社で働いていたナオトとナナ。二人は恋に落ちて結婚したいと考えるが社内結婚は禁止という掟があって、片方がやめざるを得なくなった。ナナは新進気鋭のプロデューサーであり、辣腕でミリオンヒットをつぎつぎ飛ばすヒットメーカーで会社の稼ぎ頭となっていた。そのためナオトは以前からやりたかったという作家業に転職するのだが。

ヒットのためにはいかにヒットする音楽を作り上げるかということに情熱を燃やすナナとぜんぜん筆が進まないナオト。一緒に暮らすもののすれ違いの生活、お互いの仕事への干渉を薄くするにつれ少なくなる会話。情熱を燃やした結婚というものも一体どうしたらよいのかわからなくなっていく2人。そしてナナの前に現れる大人の男。。。。

歩み寄るためには「愛」あればいいのに、お互い自分の仕事への「プライド」や相手のために思いやっていると思っている「プライド」そんなものが邪魔をして気持ちと行動がちぐはぐになる感じ、誰しも少しは経験あることだろうから、すごくダイレクトに響いてくる。

読み進むにつれて分かってくるのだけれど(まだどっちがどっちか判別できてないけれど)、途中ぐらいからナオトまたはナナの本編のストーリー以外にナオトやナナという名前の主人公(とくにナオトがおおいんだと思うんだけど)でナオトが書く小説が混じってくる。なので(この本の物語上で)どちらがリアルでどちらがフィクションなのかがわからなくなってくるのだが、それでも何か両方に通じるもの/空気感があって、読んでいてどちらがどちらなのか混沌として行く感じがおもしろく感じられた。実際どっちがどっちかわかってないんだけれど。でも最後はすとんと上手く落としている(てのがどっちかも、判別しにくいんだけれど、それはそれでいいのかも)

特に音楽業界の描きかたはさすがその業界にいる辻さんだからできることとほんと感心。そして数字か内容か、なにが大事なのか、問題提起してくる。「売れなくてもいいと思って歌っているのなら、自主制作で十分でしょ?少なくともこの世界ではそういう理想は通用しません」ナナはこういう。(とくにメジャーと呼ばれるような業界では)そのとおりだけれど、そうだけであってほしくないというのが希望だけれど、どんどんそうでなくなっていってるのは何も制作側だけが悪いのではない、と思う。

幻冬社文庫 1998

辻仁成 – ピアニシモ・ピアニシモ


たしか辻さんには「ピアニシモ」って本もあって、それは以前読んだはずだけれど、この「ピアニシモ・ピアニシモ」と勘違いしてないかなーなんて心配しながら(よく同じ本買ってしまうのです。この本の前に同じ辻さんの「青空の休日」を買って読んでて、途中で読んだことあることに気づいたけれどおもしろかったので最後まで読みました、が)読み始めましたが、これは読んだことなかったのでほっとしました。最近の本だもんそりゃ当然ですねぇ。

うまくリアル社会との適合ができずにどこでも「いるだけの人」になってしまう主人公トオル。そして彼だけに見える親友ヒカル。彼が通う学校では以前生徒が殺されるという事件が起きていた。そしてまた同じような事件が起ころうとしている。そんなときにトオルがであう少女の幽霊。それは殺された女生徒だった。そして学校を徘徊する殺人者とおぼしき人物。謎をおうトオルがたどりつくこの中学校の地下にひそむもうひとつの中学校。トオルは生きて帰れるのか?

SFでもファンタジーでもノンフィクションでもない、ぼくにとってはすごく”辻さんぽいな”と思える作品だった。表現とか話の進みかたとか主人公の生き方の刹那的加減というか、ともすれば脈絡なくなってしまいそうな部分とか、無機質、ハード、暖かみが相容れないような感触とかとか、そういった世界観とか。そんな中で主人公トオルと不思議と心を通わせるこれまた不思議な同級生シラト。彼は身体は女性だけれど心は少年。そのどちらでもなくどちらももった人間が絶望しがちなトオルに生きる勇気と希望を与える。全体の雰囲気が暗く冷たいからシラトの存在が暗闇を遠くから照らす太陽のように暖かく感じる。温度とか、湿度とか、そういうものが吹き込んでくる。

全体の話の流れ方とか筋とかが緩急とか山谷とかそういう感じではなくて、破綻しているようでぎりぎり破綻してなくて、跳躍したりしてそうでしてなくて、という不思議な読感のある文章で、少年たちの心、社会のゆがみ、なんかの音がギシギシきこえてきそうで息苦しくなる感じ、これぞ辻ワールドだと思うんだけれど、どうだろう。うまく書けないけど。

いいのか、おもしろいのか、なんともわからないけれど、何か心に引っ掻き傷(嫌な感じじゃない)がのこる作品だった。

文集文庫 2010

辻仁成 – 代筆屋


辻さんの本の中では、ちょっと違う感じのものかも。作家をめざす主人公がそれでは食えないためにやむなく始めた(人の人生を覗き見るという勉強になるとも考えた)手紙の代筆屋 – いまとなってはあまり日常的ではなくなった手紙というもの – で手がけた文章をいくつか紹介する、という形をとったエッセイのような短編集。短編集といっても全部同じ主人公/設定だけれど。

若者たちのラブレターもあれば、人生の終わりに夫に文句を言いたくなった老婆、家族への遺言という名の甘え、長く秘めていた恋心、などなど、代筆という形をとってその人のなりやその人の人生そのものも透かし見る。何かを文章にするということは、そのとき考えていることだけでなく、その陰に潜む思い、長い時間、人との関係などを掬いとることとほぼ同じこと。(この物語上で)文章で描かれる背景がなくとも、手紙だけでもその人の境遇や思いがありありと出せる。手紙というのはすごいメディア。簡易で迅速でないからこそ成り立つものなのかも。そしてその人のためだけにその人に向けて書かれる手書きの文字の数々。何かを伝えるのにはとても素敵なもの。

たしかにもう手紙は書かなくなってしまった。昔は書いていたこともあった。でもいまは面倒になって、というか必要に駆られないというか。でもちょっとしたものに手書きで付けてみたりすると無味乾燥なワープロ文とは違う暖かみがあるような気がするのも確かで、肝心なときには手書きの文章を添えたりする。でも書いてみたものの文章や字そのものが気に入らなかったりして、何度も書き直したり。でもそれが結局は文章を推敲したりする時間にもなり、拙くとも相手になんとか何かを伝えようとする見えないものが乗っかって、手書きならではのものになるんではないかとおもう。

たんに事実を伝えたり、用件を理路整然と伝えるだけでなく、面と向かえない相手に何か気持ちを伝えるのにはやはり手紙。もらったときもすごくうれしい。字から感じられるものって多い気がするしね。

素敵だった。

幻冬舎文庫 2008

辻仁成 – 右岸

先日読んだ江國さんの「左岸」と対をなす本。あとがきで読んで知ったけれど、もともとは江國さんと辻さんで呑みながら「だめだめな男女のおはなしを書こう」といって連載されはじめたそう。だけれども、ダメダメかなぁ?ダメダメかもしれないけれど、愛すべきダメダメさ、なのかも。

両方読み終わったからいうけれど、たぶん江國さんの左岸から読んだ方が最後まで話がクローズ(辻さんの本のほうが、より物語全体の構造というか、お話上の論点の帰結がわかりやすいかもしれないので、先に読んじゃうと江國さんの本のほうが、事実後追いのように感じるかもしれない)しなくていいような気がする。ま、たまたま好きだから江國さんから読んだけれど。もしかして逆でも、また楽しいのかもしれないけれど。

で、この辻さんのは物語の主人公の片方、祖父江九の物語。江國さんのを読んでいたときは、子供の頃は仲良かったのに茉莉の兄・惣一郎が死んでからは人間が変わってしまい、いつの間にかどっか放浪して、最後に帰って来たひと、みたいなイメージでしか(あとは時々寄越す手紙でくらい)なかったけれど、いやいやこの辻さんのほうの物語読むと、もしかすると茉莉以上に波瀾万丈の人生だったのかも。そして、物語の最後にどうやって再び茉莉と九が交わったのかがよくわかる。大いなる輪廻。

2つとも読むと見事に物語たちがシンクロし、過不足なくひとつのおおきな物語をつくってることがわかり、執筆段階での綿密な計画と周到な準備、そして2人の著者の見事な文章力に脱帽するしかない。とてもおもしろかった。やたらと盛り上がったり、おもしろおかしいわけではないけれど、2作品とも実に見事に各々の主人公の人生を描いているし、彼らの人生が、まるで自分のことであったかのように、走馬灯のように頭の中にありありと像を結んでいて、2人分の人生を生きたような気がする。

また、この辻さんのほうでは、九がいろいろ考えたり語ったりすることや、彼に多大な影響をあたえた黄色いオババの言葉、後の方にでてくる彼の前世に関わりのある人物が語る言葉が、ちょうどいま僕の人生にとても含蓄のある言葉として響いてくる。決して説教臭いわけではない。けれども、なにか迷いのあることそのものを発見させ、それについての対し方を教えてくれているような気がする。

ひとつ、オババの言葉:「人間は、苦しいのが当たり前なんだ。悲しいということが基本だ。寂しさから逃れられる者はいない。辛さから離れることは不可能だ。大なり小なり、みんな辛いんだ。それが、生き物の基本さ」(下巻p.171)

辻さん、江國さん、いい物語をありがとう。

集英社文庫 2012

 

辻仁成 – 愛をください

辻さんでこのタイトルだとどうしてもZOOって歌を思い出してしまうけれど、それとは関係ないのかあるのか。久しぶりに読んだ辻さん。巻末に辻さんの著作一覧が載っているのだけれど、辻さん久しぶりだなと思ったのは道理で写真とか絵メインのやつ以外はほとんど読んでる。気づいてなかったな。まぁ、辻さんの本は好きだがまた読み返すかどうかはわからないけれど。

この本はある2人の文通だけで綴られた作品。親に捨てられ孤児として育ち人生に何の希望も持てない17歳の女の子と、同じく親に捨てられたが養父母に拾われなんとか育ったという二十歳過ぎの男。養育施設のある人を通して知り合った(男から女の子に文通が持ちかけられる)2人だが、「絶対に会わない」というルールのもと、そのときの本当の気持ちを語り合う。それを通して2人の愛とはまた違う信頼関係が築かれていくことになるのだが。

こういうパターンだとなんとなく先が読めてしまうのだけれど、辻さんが用意したストーリーはやがて全然違う様相を見せ、意外な結末を迎える。なるほどと思うけれど、救いがあるのかないのか、わからない、受け止め方によるのかも。希望も何もない女の子が生きる希望や愛というものを享受できるようになる/なったのか、というあたりが読ませどころ。

キャラが2人しかいないので(正確には違うけど)、彼らが書いた(という設定の)文章を読んでそこから勝手に想像する彼ら2人の像が楽しい。女の子のほうの文はいかにも女の子っぽいのだけれど、男のほうの文章って、わざとそうなのか、若い男がなんだかちょっと大人っぽく書こうとして書ききれてなかったり、読んでいて恥ずかしかったりする感じが、もしかして辻さんの狙い通りなら、すごいなぁと思った。

辻 仁成 – 愛のあとにくるもの

本当に久しぶりに辻さん。だいぶ読んでしまっているのもあるけれど、なかなか最近出会わないので。でもこの本ももう3年前のものか。相変わらず辻さんの筆は鋭く、少し突き放すかのような一見乱暴に見えるのだが実はすごくやさしい、まるでツンデレ(といってしまうとすごく安っぽいが、うまい言葉が見つからない)のような文体が、読みながらどんな話が待ち受けているのかという期待と不安を(結構不安な気持ちになってしまう)ないまぜにして投げつけてくる。

昔、突然だがまるで必然のような出会いをした主人公潤吾と紅(ホン)。若く希望にあふれていたふたりは当然のように恋に落ちるが、やがて小さな行き違いから暗雲がやってきた。そして7年後作家になった潤吾がソウルを訪れたとき偶然にもまた紅と再会し・・・・。

物語では最初どうした別れがあったのかは明かされないが、それは言葉だけでは越られない国境のようなものだった。文化の違う人間、愛を抱いていたとしても、お互いを理解するのは難しい。理解したと思っていてもそれは勘違いだったかもしれない。

辻さんの小説はいつも読み終わる寸前までどういう結果がまっているのかわからずにドキドキする。この本も最後の最後まで「そうなのか。裏切られるのか?」とドキドキした。爽快感とやるせなさ、暖かさと寂しさ、なにかいろんな感情が宙に浮いた上体で集まりやがて霧散していく、そんな気分になった。

読み終わってから気づいたけれど、これ韓国人作家の孔枝泳さんとのコラボなのね。「冷静と・・・」と同じパターンね。でも探して読もう。

幻冬社文庫 2009

辻仁成 – 五女夏音

辻さんの本は好きでいろいろ読んできたけれど、こういうタッチというか描き方のは初めてだな。すごく新鮮だったし、お話も着眼点もすごく面白かった。

夏音は五女。つまり5人姉妹。祖母も母も健在で、その母が姉妹たちの旦那や子供も含めた大家族の長となりその大家族を仕切っている。そこに夏音の夫として大家族の一員となる物書きの主人公 平太造。彼は父母のみの核家族で育てられたため、この旧態依然とした大家族に苦悩し、また作家としての自分の進路を迷う。

だいたいもうこんな大家族ってない。大きな家もないし、兄弟姉妹がたくさんいる家もなくなってきた。それは時代なのかもしれないし、文明のせいなのかもしれないし、政治のせいなのかもしれない。が、事実いまは核家族化が進んでいるし、現在に至ってはそれすら壊れようとしているように見える。

この物語ではまるで学者が第三の視点で研究するかのように、太造の目を通して大家族の生態というものが観察される。まずそこが面白いし、太造の視点というのが、現在大半を占めるであろう核家族で育った男の視点としてすごく平均的なもの(作家という設定がすこし影響をだしてるけれど)なので、すんなり読める。なるほど自分も同じ立場になれば、きっと同じことを思うであろうから、すぐに感情移入してしまった。

そんな大家族の古いしきたりを受け入れられない感覚に居心地の悪さを覚え、末席に据えられてしまうこと、作家という仕事への影響などから大家族への嫌悪感を増すのだが、子供をもうけ、その生死の危うきに接して、家族への考え方を改めていく・・・しかしやはり生まれ育てられた感覚はなかなかぬぐえない。ゆえに深く押し込めてしまうのだが・・・

いや、ほんと自分だったら・・・的感覚で読めるし、章ごとに挿まれる学術的解説もなるほどって感じだし、面白いなぁ。物語も長編だけれどうまくまとまって起伏あって、家族の物語として読めるし、研究論文みたいにもよめる(そういう体裁をとってるだけある)。

核家族で育ったものにとっては大家族というのは、知らないからこそ生じるあこがれと、想像だけで思い込むめんどくささ、の両者の同居した摩訶不思議なものとして目に映る。そんな気持ちをある面から代弁してくれるこの物語は、自分の気持ちや頭のどこかにうまくはまり込んでくれる、そんな気がした。

中公文庫 2001

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