辻 仁成 – 明日の約束

すごく久しぶりに辻さん。最近あまり手にしていなかったというか、新しい本にめぐりあってなかった。というか古本屋さんでだけど。文庫はこのタイトルだけれど単行本のタイトルは「アカシア」

辻さんの生み出す物語たちは、ほんとうに突飛もないものばかり。やたらとピンポイントなフォーカスで描かれるのに、そのアイデアからみごとに深く広い世界が紡ぎだされる。でもそれらはなにか悲しく寂しく、そして人間のやさしさに包まれている。それはなにかのあきらめの裏返しなのかもしれない。

この本には5編の不思議な食感の短編と、あとがきにかえてアンコールのように短編がついている。

いつも毎日同じ時間に現れる女性「ポスト」、未開の地に迷い込み時間のない社会で生まれ変わる男「明日の約束」、妻を見失い鳩を飛ばして忘れようとする男の「ピジョンゲーム」、大人たちの歪んだ社会をじっと見つめる素直な目「隠しきれないもの」、冷めはじめた夫婦には何が必要だったのか「歌どろぼう」。ああ、どの物語も何か歪んでいて、非現実的で、やるせなくて、でもどこかに確実に存在しているという気にさせられてしまう。少し怖い。

そしてこれらの紆余曲折の物語たちに対し、最後のデザートで口直しをさせるかのように出される、別れ話を切り出せない彼女と結婚したい彼の心もよう「世界で一番遠くに見えるもの」。素敵。

見事としかいいようがなく、ゆえに悔しい。

文集文庫 2008

辻仁成 – いつか、一緒にパリに行こう

2003年からパリで暮らしている辻さんの、極々個人的なパリ初心者にむけたパリのガイド本、といったらいいのか、ただの「ぼくパリ好きだもんねー」的自 慢(?)本といったらいいのか(笑)。少なくとも彼にとってはパリ、そしてフランスはとても馴染みやすい魅力的な場所のようで、そこを愛する気持ちがあふ れている。パリ好きなのね。ま、似合ってるなぁ。

とりとめなくパリやらフランスの、風俗やら人々やらについて雑多にかいてある。ちょっと 文体が嫌みったらしい感じもしなくはないけれど、でも、それでも、「あ、パリってフランスって刷り込まれてるイメージとはちょっと違って、あれ?素敵か も?」なんて思えてくるあたりはさすがというか。とくにフランス人に関しての観察(恋愛感であるとか、優しさとか勝手気侭さとか、ヴァカンスのこととか、 とにかく自由が生まれた国の住人である自負とか)はなるほどなーとうなずくことばかり。さすが暮らしているだけあるなぁ。

パリというか、ヨーロッパにいってみたくなる、そんな本。

いつか、一緒にパリに行こう―パリ・ライフ・ブック
いつか、一緒にパリに行こう―パリ・ライフ・ブック

辻仁成 – オキーフの恋人 オズワルドの追憶

ものすごい大作やった。物語の面白さも小説としての巧みさも読み応えも十分。すばらしい!!

新たな連載をはじめる大事な時期なのに失踪し てしまった大作家を捜すはめになってしまう出版社の編集者が主人公の「オキーフの恋人」という物語と、その大作家が連載する探偵小説「オズワルドの追憶」 (小説中小説というのか?)が順番にあらわれるという構成の長編小説。上下巻で1200ページぐらいあった。

上巻において最初は同時並行 に進む両方とも魅力的でそれぞれ面白い物語たちであるが、下巻に進むに従って「オズワルドの追憶」が「オキーフの恋人」に侵入していく。そのあたりからの 明らかになっていく物語の本当の姿や、そのスピード、どんでん返し、そして物語の結末がすごくおもしろい。そこまで長くかかって発展していった物語が最後 にはじけ、「生きているということはなんなのか?」という作者からの問いかけが浮かび上がってくる。

うまく書けないけれど、「人にとって の人生の実感となる記憶とは何か」「人が生きているということは何をもってなのか」などという生きていく上であまりにも身近過ぎ、また当たり前にあるもの すぎて考えもしないこと、そして、「神とは何か、悪魔とは何か」「正義とは何か」というような、多種多様な価値観が同時に存在している世界にとっていちば ん厄介な問題(誰しもが自分が正義であるからゆえ)をテーマに描かれいると思う。

含蓄多い言葉やエピソードや、なるほどとうなってしまう台詞がたくさんあって、何がいいかなんて選べない。辻さんの本でも今までのなかで1、2争うぐらい好き。

オキーフの恋人 オズワルドの追憶〈上〉
オキーフの恋人 オズワルドの追憶〈上〉
オキーフの恋人 オズワルドの追憶〈下〉
オキーフの恋人 オズワルドの追憶〈下〉

 

辻仁成 – 太陽待ち

とても分厚いので、少し読書モードでなかった時期に読んだために時間がかかってしまった。でも時間がかかったのはそれが理由だけでない。じっくりと話を噛み砕きながら読みたかったから。それほど、内容の濃い、複雑な、いい話だった。

書 き方自体もすごく不思議な構成になっていて、各章がそれぞれ登場人物の一人称でつづられていく。物語の最初は登場人物たちの関係がどんどん描かれていき、 ラストに向かうにしたがって各人の一人称的な描き方になっていく。最初はあちこち話は飛ぶし、一人称が変わっていくので話についていきにくいのだけれど、 そのジグソーパズルのように散らかった話が、どんどん結びついていって、まとめあげられていく構成は見事だった。そしてなんといっても物語の端々に登場人 物たちの台詞(とくに独白)から辻さんの考えがひしひしとつたわってくるのが、とてもいい。

老映画監督が抱える戦時中のトラウマ、兄の元 恋人への恋心に悩む弟、その恋人が抱える兄への断ち切れない思い、広島原爆投下の下見中に捕虜となったアメリカ兵の自分の行為への懺悔、その息子が抱える 日本社会で生きる異人の苦悩。そんなものたちが複雑に絡まりながら、やがて、生きていくこととは?死ぬこととは?老いるとは?なすべきこととは?などな ど、考えても果てのない誰もが抱く人生に対する疑問を浮き彫りにしていく。決して「こうである」と明快に答えをだせるものでないけれど、登場人物たちのな かにそのヒントというか答えの一端を探す事ができる、と思う。

そして日本人たちにいまだに影をおとす戦争とはいったいなんだったのか?も う直接しるものは少なくなってきたにせよ、その次の世代の人間もやはり影響をうけている。それは一体なんなのか?原爆はいったいなんだったのか?そんなこ とへの問題提起的な小説にもなっていると思う。すぐ隣にあることだけれど、普段は意識していないものごとが目の前におかれた感じ。

こんな長い小説のレビューなんて簡単にかけない。消化に時間がかかりそう。でもすごく読み応えあってよかった。辻さんの作品のなかでも好きな部類。刹那的でないのが珍しいような気がする。

太陽待ち
太陽待ち – Amazon

辻仁成 – 目下の恋人

めちゃめちゃひさしぶりに辻さん。このところ女性作家ばっかり読んでいたので、男性作家の、しかも恋愛ものを読むととてもその違いにびっくりする。とくに この人の場合はどーしても刹那的だったり恵まれなかったり、なにかすこし哀しい感じがしてしまうことがおおいのだけれど、この短編集はそうでもなく、心温 まるものやら、もっと悩んでしまうようなものまで。

表題作である「目下の恋人」がとてもいい作品だと思う。男の人ならこういう感覚がわか る(決して刹那的ではなく)ひとも少なくないのではないか。何か未来的なゴールやら結末というものを設定せずに、それでも大事な人を今まさに大事におもえ る/思うがために、目下の(いまのところの)恋人、と呼びたくなるような気持ち。実現できたらそれはすごく素敵な事なんだろうなと思う。

そのほかにも哀しくなるくらい奔放すぎる「青空放し飼い」「裸の王様」という連作やら、長い人生における恋愛?を舗装増させる「愛という名の報復」とか、どれも愛や恋についての話。どれもいいなーと思えるものばかり。

でもあとがきでも書かれているように、愛と恋は連立するようでしないものなのかも、これはぜんぜんわからない。恋はしたくなるものだけれど、愛はやってくるもの?はぐぐむもの?両者は同居できない?感覚的にも理性的にもぜんぜんわからない問題だ。悩んでしまう。

そして一番哀しかったのが、この本の一番最初の言葉

一瞬が永遠になるものが恋
永遠が一瞬になるものが愛

この言葉たちが実感できない自分。

目下の恋人
目下の恋人 – Amazon

辻仁成 – 彼女は宇宙服を着て眠る

久しぶりの辻さん。

ちょっとだけ長い「愛の工面」(これはこれで別で読んだことあった)を除いては、短編ばかりの全7編。

な んでこの人の文章はこうも刹那というか、死や消失のような影がちらつきつづけるのだろうか。が、そういったものが気持ち悪いわけではなく、人生哲学のよう に、自然の成り行きのように、天体の運行のように、運められたもの、というふうに感じられる、受け入れられてしまう。

幸せというのはそういったなくなったり失ったりするものがあるから故の幻想なのかも。

幻冬舎 2002

彼女は宇宙服を着て眠る
彼女は宇宙服を着て眠る – Amazon

辻仁成 – TOKYOデシベル

騒音?とういか音関係の短編2つとほか1編。

音関係である「音の地図」と「グラスウールの城」は両方とも別に単行本として読んだことがあったのだけれど、手にとって読み出したらそのまま止まらずに全部読んでしまった。

3つの短編どれもが、すこしゆがんだ、すこし暴力的だけれど、おとなしい、やはり自分を破壊してしまう方向にすすんでしまいそうな、そんな主人公の男性たち。少し心にかげりがあったり、病んでいるときには、すごく共感してしまいそうになる。共感というより共鳴か。

あ まりにもたくさんのモノ、音に囲まれすぎていて、僕たちはすべてのものを見失ってしまっている、そんな気がする。いや、実際気がしているのではなく、そう なのかも。そんな日常が普通に流れていくのが怖い。どこか間違っている、けれど正せない。そんな狭間で現代人たちは知らずに苦しんで、そのはけ口を間違っ た方向に見出してしまう。

悲しい。

文藝春秋 2007

TOKYOデシベル
TOKYOデシベル – Amazon

辻仁成 – 青空の休暇

第2次大戦時に青春をすべて戦争に費やし、真珠湾攻撃に参加した主人公を含む元戦闘機機乗り3老人が、50年を経てまた真珠湾を訪れ、まさにそのとき米国艦にのっていた元米兵と交わりをもち・・・という話。でも小説のホントの筋は主人公と3年前になくなった妻との間の愛の物語。

あたいら戦争をまったく知らない人間には戦争を体験した人々の気持ちを本当に共感することはできないけれど、何かの形をもって知りたいとは思う。当時の人たちの言葉やらドキュメントの書物などはたくさんあるだろうけれど、実はわかりにくい。でもこの辻氏の物語はその悲哀などなどの気持ちがじんわり伝わってくる。

老いるとはどういう気持ちなのか?青春ってなに?答えはどこに?本人が経験しないとわからない疑問は、答えがわかるときにはすでにその答えの中にいる。人生というのはほんとうに短いものなんじゃないかな?

幻冬舎 2006

辻仁成 - 青空の休暇
辻仁成 – 青空の休暇

辻仁成 – 二十八光年の希望

もともとは「今この瞬間 愛しているということ」という題で発売されていた、フランスの二つ星レストランの総料理長とシェフの間の愛の話。いままでよんだ辻氏の中の本では一番ぐぐっとくる感じだった。すごく悲しい愛の物語だけれど、何かすべてが昇華されていって幸せすら感じるほど。後半すごいスピードで読んでしまったけれど、ゆっくり読んでたら泣いちゃうだろな。彼の作品にしては破滅的でなくて好き。

またレストラン、パリが舞台となってることから、物語にすごくうまく料理が出入りしてきて、それだけでもうれしくなってしまう。ほんとのフランス料理なんて食べる事ないけれど、和や中華とちがってまた全然知らない深いものがあるんだろな。しかしミシュランの星ってのはそんなにすごい、命かけるようなものなのか。料理人がそこまで求める感じってのがどれほどのものなのか、想像もできない。

知らなかったけど、いま辻氏ってフランスに住んでるのね。

集英社

辻仁成 - 二十八光年の希望
辻仁成 – 二十八光年の希望

辻仁成 – 千年旅人

3編からなる中編集。

どの編も少し寂しい。せつない。そして狂ってる。とくに3編目である「記憶の羽根」は小説、文章というよりコトバの色彩という感じ。相変わらず読むのに作者が意図したものと同じスピードで読ませることを強要させられるかのような文体。

1編目「砂を走る船」は自らの手で映画化されているそう。

集英社 2002

辻仁成 - 千年旅人
辻仁成 – 千年旅人