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伊坂幸太郎

伊坂幸太郎 – 残り全部バケーション

nokorizenbu

やはり久しぶりに読むと面白い伊坂さん。なんてことはない物語であっても、パズルのように組み合わせられると、その断面の見え方で違う感じになったりして、例えばある人の意外な面を突然見せられたりするようで面白い。この物語は当たり屋やらなんやら非合法なことを生業として生きている岡田と溝口。この岡田がある日この稼業から足を洗いたいと言ったところ、溝口は「適等な電話番号にメッセージをおくってその相手と友達になること」を条件とする。そこから物語が始まる。

時系列を行ったり来たりするので相変わらずけむに巻いたような感じで話は進んでいくが、岡田がいろんな余計なことに首をつっこむ(彼の性格らしい)と、なんでも適等に考えずにやってるようにみえる溝口のキャラが軽妙で、割と深刻なことを描いてあったとしてもそう思えないから不思議。この辺りのさじ加減も伊坂さんらしいなというところか。子供の虐待をまるで映画ターミネーターとヤマトの話をまぜたようなネタで解決してみせたり、子供時代の岡田がでてきたり(描かれてなくても昭和感がででる)、同じ世代の人が書くもの語りは設明なしにシンパシーを感じてしまえる。

途中で岡田は溝口のさらに上司である毒島に連れ去られてしまって(仕事の失敗を溝口が岡田に押し付けた、この辺りも溝口の適等さ加減がでている)、その消息はわからなくなってしまうが、、、、そして溝口と毒島も対決することになってしまうが、、、その結末は。。。

ちょうど読んでいるときに北朝鮮の金正男氏の暗殺事件があって、その手口が複数人による手の込んだやり方で、実際に手をくだした人間はテレビのドッキリだと思っていたあたり、この物語で描かれるある場面に似ていてびっくりしていた。「作業は一つずつこなしていけばいい。分担するのだ」こういった溝口のセリフがこの事件に重なって強くなった。伊坂さんなんか知ってるの?(そんなわけはないがw)

解説で佐藤正午氏が見事にこの小説をひもといてくれているし、その中で伊坂さんの手法についても書いてくれている。。この本の仕掛けについても、伊坂さんのねらいについてもなるほどなあと思うことばかり。すばらしい。

集英社文庫 2015

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伊坂幸太郎 – 夜の国のクーパー

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仙台からヤケになって船をだしたのはよかったが、あらしに巻き込まれ、気づいたら知らないところで寝転がっていた。しかも縛られている。ふと見ると胸の上に猫がいて話しかけてくる。。。。

伊坂さんもいろいろ読んできてるけど、こういうパターンは初めてだし、まあ昔はかかしがしゃべったりもしたけど、猫が喋るという点でもう読まずにはおられない気持ちになった。

猫はいろいろ語りかけてくる。この国(どうやら知らない世界、国は来てしまったらしい)では長く戦争があったけれど、それがようやく終わった。しかしその戦争には負け、いよいよ占領軍がやってくるという。占領軍は怖かったが一応なんとかむちゃくちゃはしないようだ。でもこの状況を打破したい。それにはクーパーの戦士というものたちが救ってれると街のものは期待している。クーパーとはその戦争をしていた相手国との間にある谷に発生(?)するという木から変化した巨大な怪物らしい。。。。

おとぎばなしや寓話のような肌触りで、だからこそ奇想天外なだったり、非日常的な物事が起こったりしても「まあ、わかんないけど、それはそれとして飲み込んで次にいくか」的な感触を与えながら、どんどん物語が展開をつづけていくのはちょっとオーデュポンの祈りの感じに近いかなとも思うけれど、この物語の場合は、そのふわふわふわーっとした、まるで子供が空想したもののような確固とした手触りのない物語の奥底かはたまた空の上に、見えないほどかすかだけど確かに存在する暗闇や暗雲のような不安感をずっと感じさせる。面白おかしく描いた寓話の裏に実は真実が隠してあって、、、的な。

あとがきや解説で作者本人や松浦氏がそれがどういうことなのかという話は書いていたりするけれど、でも、それ以上に(その作者が書いたあとがきの言葉以上に)もっともっと、いまの世に訴える、人々に気づいて欲しいなにか、漠然と感じているかもしれないけれど、それが何かであるかはみんな普段考えまいとしているような物事、を伝えようとしているんじゃないかと思ってしまう。考えすぎなのかもしれないけれど。魔王やマリアビートルのときにも感じた、「これこれこういうこと、あったら怖いよねえ。あ、いやーそんなこときっとないけどね、ははは」というように言ってしまいそうな、あるかないかわからないけど、あったら(起こったら。もしくは存在したら。もしくは存在するけどみんなが見ないようにしてたら)恐ろしい物事を描こうとしてるように思ってしまう。

まあそれ以外にも、この物語自体を、自分の身の回りのことや、伊坂さんいうようにいまのこの国に置き換えて読んでみると、あれれ?もしかしてなあ、とか思うこともたくさんある。世の中ではそれを陰謀だなんだかんだと、どちらかというと面白い方向に目を向けてしまいがちだけど(向けさせてしまいがち?)、それより実際、我々のような力のない市民がいざという自体になったとき、何ができるのか?実際はなにもできない弱い集団であって、気づかないうちにやんわりとだけどじわじわと崖っぷちに立たされようとしてる、、、それがどういう物事の比喩かは置いておいて、そんな状況に実際なってることがいくつもあるのに、昨日から今日、そして今日から明日へとつづく安穏を貪りたいがために、目の前に吊される美しくて心地よい看板しか見ないようにしてる、そんな情況を危惧してみなに訴えようとしてるんじゃないかと勘ぐってしまう。実際はもっと個人的な感情で書いている、というように言っているけど。

読んでるときや読後すぐは、なんだろこれ?面白いのか面白くないのか?とか思ってしまうけれど、あとになってジャブのようにじわじわぞわぞわと何がしかの感触が這い上ってくるような作品だった。

解説では松浦正人氏がもっと物語の(文章作品としての)伊坂さんのねらいやうまさ、テーマとそれに紐づく哲学者たちの言葉などを書いてくれていて面白い。こんなことは知らないと読んでるときはなにも出てこないけど^^;

創元推理文庫 2015

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伊坂幸太郎 – PK

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伊坂さんの作品は文庫で出ているものだけ読んでいってるので、ほぼ追いついていてなかなか新しい作品に出会えなくてやきもきしているのだが(どうもハードカバーは好きじゃない。装丁とかいいし、持っててもいいんだけど、本棚に並べると邪魔なので)、久しぶりに手に入ったので嬉々として読む。

「PK」「超人」「密使」の三編からなる作品。これらは一続きのものではないのだが、「PK」と「超人」は一部登場人物が重なっている。でも読んでみるとわかるけれど、あれ?同一人物なのか?違うのか?何かすこし違いを感じる。それは時間か、場面か、何かほんと微妙なもの。そしてそれらを結びつけるのが「密使」。これまたすごい(誰もそんなの思いついたことないヤツが鍵を握る)発想のSFぽい作品。なので、ばらばらの三編としても読めるけれど、実は三位一体となって出来上がっている一つの作品ともいえると思う。

一つの話のなかにも幾つかのパートがでてきて、それらが時間を軸として繋がっている。なので、注意して読まないとなんのこっちゃわからない(でも、普通に読んでいても面白いのが伊坂作品のすごいなとおもうところ)。結局、大森氏による解説を読むまで、うすらぼんやりとしかこれらの話の裏側はわからなかったけれど、それを読めば、ああ、なるほど、こういうことだったのか(自分で気づけよ、という話だが)と納得(でもそれすら正解かどうかわからない)。

ある点でドミノだおし的展開をする「フィッシュストーリー」に似ているけれど、伊坂さんが「割り切れない倒れ方をするドミノを作ろうと思った」といっていた(らしい)とおり、気持ちよく、スカッと話のピースがピタッとはまる感じはなく、なんとなくうやむやとした感じになる。でもそこが狙いだったんだろうと思う。

なにか要因があってそこから結果がうまれる。それらがたくさん集まって世界やら運命やら時間やら、僕らの手では負えないものが動いていく。一人一人では大きな力は発揮できなくても、小さな力、勇気、それを奮い起こすもの(ヒーロー)がいれば、やがて大きなものの行く先は変わっていく。気持ちが萎縮すればまた違う方向に流れていく。

セリフとして引用されるいくつかの言葉がキーになり僕らに力と夢を与えてくれる。チャップリンの言葉「ひとりひとりはいい人たちだけれど、集団になると頭のない怪物だ」、同じくチャップリンの言葉の変形「人生を楽しむには、勇気と想像力とちょっぴりのお金があればいい」、アドラーの言葉「臆病は伝染する。そして、勇気も伝染する」。なんか泣けてくる。

これはもう一度話の構造を分かった上で読んで、楽しまなければ。

講談社文庫 2014

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伊坂幸太郎 – マリアビートル

東京駅から東北新幹線に偶然か必然か乗り合わせた”物騒な仕事をする”人たち。息子の仇討ちをしようとする元殺し屋、闇の大物の息子の救出を見事になしとげた腕利き2人組、この新幹線内での密命を受けた優しすぎる男、優等生の顔の裏に悪魔が潜む中学生。昔の仲間に復習しようとする男。だれかを始末するためにいるらしい人物など。そんな彼らがアタッシュケースをキーに結びつき、交錯し、知恵を絞り合う。もしかしたら目的は別だから彼らはバラバラになにも交わることなく単に新幹線内での時間を少しずつずれながら共有しただけだったかもしれないのに、神のイタズラからか、彼らの運命が交錯する。お互い関わりたくなかったとしても。

列車の中の物語というのはあまり視点(舞台。もっともこの話の場合はちょっとだけ列車外の世界もでてくるが)が変わらないのでもしかして物語をつくるのって難しいのじゃないかな。でも「オリエント急行殺人事件」とかとか素材にした物語も数あるところを考えると、逆に細かな部分をいろいろ作り込めるのかもしれない。この作品の場合は途中でいくつかの駅(最終目的地は盛岡だが)で停車する、それぞれの駅の間の時間がいろいろだ、ってあたりで物語の時間的な制約もあったりで、逆にそれがポイントになったりして面白く書けたりするんだろうかー、とかいろいろ考えてみたけど、もしかして伊坂さんが単によく乗るから、って理由だったら面白いな、とか思ったり。

今回も魅力的な(そしてすごく憎らしいやつもいたり)キャラクターが揃ってて面白い。好きなのはやっぱり2人組の殺し屋さんかな。極端な職業に就いてる人たちだから言うことも行動の仕方も極端なんだけれど、それらがうまくバランスをとっていて、また、いつものように謎で含蓄ある台詞をしゃべったりするので、楽しかったり唸ってみたり。あまりトリッキーなことやバラバラな話がパズルのようにぴたっと収まったりというアクロバティックな作品ではないけれど、なんせスピード感があってとてもいい。

けれど、そういう表面的にはスピーディーでオモシロくて、、、という部分じゃなくて、その裏にまるで山椒の小粒のようにピリリとエッジを効かせているのは、いくつかの作品で(といっても文庫だから少しタイムラグはあるが)伊坂さんが描こうとしてるんじゃないかと思う「悪」というか、「いいもの、それで普通に見えていたものの影にある実は悪なものもの」じゃないかな。それらは分かりやすいものではなくて、いままでは見えにくかったけれどもずっと存在していて、ネットなど社会と人間のつながりが変化して少し見えるようになってきたもの、積もり積もったものが腐ってほころびてきた部分、とかまたは現代社会になって新たに生まれてきたような「悪」とか「悪意」とか「善のようなふりをしている悪」のようなものを描こうとしているのかな、と思う。

以前読んだ「モダンタイムス」では”見えているもの/みんなが知ってること本当の姿か?”、”ネットで検索してでてこないものは存在しないものか?”というような昨今の社会の人々の意識/知識のあやうさを描こうとしたように思えた。物質的にや社会システム的にはだいぶ満たされて皆それなりに幸せぽく暮らして行けるこの日本の(世界の?)社会だけれど、なにかどこかに昏い落とし穴があるような空虚さを感じたり、善意の顔をした嘘がふとしたときに視界の隅を横切ったりするようなことある。それはたまたまじゃなくて常に存在するものなの?見えてるもの、そうであると信じて来たものが本当に正しいのか、いいことなのか、というのは巧妙にごまかされている場合があるんじゃない?と問題提起してるんじゃないかな、というと言い過ぎなんだろうか。

なんせ「王子」の徹底的な悪ぶりが、腹立たしいぐらい悪くてたまらない。それに対して各人たちがこれまた含蓄ある台詞を吐くのだが一度読んだだけではここにピックアップすらできない、多すぎてw。唸らせられる。そして物語がはっきりと終わらないあたりも(聞いた話のようにして終わるあたりも)この物語の主題をもう一度示唆させてるのかもねぇ。うーん。

でもほんと面白かった!600ページ弱あるけど一気読みしてしまった(電車で)。マリアビートルってそういう意味なのねぇ。

買って長いこと読まずに置いてたら(順番待ちしてた)うっかり2冊買ってしまった。。。ああ。

角川文庫 2013

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伊坂幸太郎 – バイバイ、ブラックバード

だいぶ伊坂さん作品も出版された文庫に追いついて来てしまったので、なかなか新しいのに出会えない。ハードカバーを入手すればいいのだけれど、どうも大きいのもって歩けないのでねぇ。この本もずいぶん前に手に入れてたけれど、読むまで(順番があったので)時間が経ってしまった。

「bye bye blackbird」といえばジャズを聴く人間なら一度は聴いたことあるであろう曲のタイトルだ、とすぐに連想してしまう(以前読んだ「ゴールデン スランバー」のタイトル見て、あ、ビートルズだ、と思ったように)。このタイトルがいつどういう形で物語に関わってでてくるのだろう(やはりゴールデンスバンバーもそういうシーンがあった)とか思いながら読み始めたけれど、そんなことさっさと忘れて没頭してしまい、あっという間に一気読み。すごく面白かった。短くはない物語であるのにすごく軽やかに読め、かといって単純な訳ではない。巻末の伊坂さんへのロングインタビューを読むとそれがなぜか分かる。

この本は6章だてとなっているけれど、実はこれらは短編として連作されたものだそうで、しかも「ゆうびん小説」という形(一つお話ができると、それを選ばれた50人の読者に送って読んでもらう、という形。ある日帰って来たらポストに伊坂さんの小説、しかもできたてほやほやの、があったらなんて素敵なんでしょう)であまり締め切りを切らずに書かれたものだそうで、伊坂さん自身も結果としては結構速いペースで書いたけれど、追われずにかけたので一話ごと納得ものになった、といっている。なるほど、だからこんなにぎゅっとした、短編なのに長編のような読後感があるのか。

主人公・星野一彦は自身の不祥事(これもなにかは詳しく語られない)のせいで繭美という粗暴で下品な大女に見張りにつかれ、やがてやってくるという<あるバス>(これについても曖昧にしか語られない、それがいい)に乗せられどこか知らないきっと戻ってこれないであろうところに連れて行かれることになり、嘆願して彼の5人の恋人たち(なんと5股だったわけで)に別れを告げに行く、というストーリーなのだけれど、一話ずつ完結して描かれているのだけれど、連作ということで、同じ話の形を踏襲している、というか同じ台詞から始まる、こういうちょっとしたことが面白い。でも話が重なっていくにつれて、前後にちょろっと関係があったりするのも楽しい。そしてキャラクターが楽しい。星野のよく考えたらむちゃくちゃなのに憎めないキャラもだし、繭美のむちゃくちゃすぎるのに筋が通ってる感じもだし、5人の恋人たちも、なにか普通とちょっと違う感じなのがいい。

お話だからふーんと読めるけれど、これ実際だったらこんな感じにはならずにもっとめちゃくちゃになりそうな感じがするのに、そうならないのは、伊坂さんの誘導か、それともじっさい繭美のような女がいるとそうなってしまうのか。完全にありえない話だけれど、なにかリアリティとむちゃくちゃなのに納得させられる感じもあって、伊坂作品の不思議さ、というか巧さにほとほと感心してしまう。そして始まりも終わりも曖昧な感じなのに、それが一番いい形になっている、この物語全体の構成、素晴らしいなあと思う。で、5話目のほろりとさせるところ、6話目になって微妙に変化する星野と繭美、そのあたりも堪らない。

編集者との間でこの企画が持ち上がったとき太宰治の未完の作「グッド・バイ」の続きを、みたいな話から着想したそうなので、太宰さんも読んでみる、かな?

PS
bye bye blackbird という歌は ”blackbird” が何を指すのかによって解釈が分かれるようだけれど、不幸とか不吉なことを指す暗喩といわれているそうで、それならば、こんなよくない状況に別れをつげて、もといたところに帰るよ、というような歌詞になるそう。もともとは女性視点で書かれた歌詞のようで、一説によると売春宿のようなところにいた女性を描いたものだとも言われる。とすると、この伊坂作品の場合は、逆になってるのかな。わざとかな?w

双葉文庫 2013

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伊坂幸太郎 – オー!ファーザー

割と最近映画化されたようだけれど、もちろん見る気はあんまりない。全然別作品として楽しめるならいいのかもしれないけれど、こうやって本を読んでしまうと、どうしてもそのイメージ(とくに勝手に作り上げたキャラの像など)を守りたくなるので、映像(それがとてもよくできていたとしても)に少しアレルギー反応起こしてしまうことがあるから。とくに日本が舞台になったりすると(いまのところ伊坂作品はほとんど日本ばかりですよね)、もちろん日本人の俳優さんや女優さんが出てくることになるわけだけれど、あまりイメージと合わないのよねぇ。あ、でも「陽気なギャングが〜」はなかなかいい線いってたような気がする。でももっともこれは映像を先見たからかも。

で、この作品。こうやって文庫本として出版されたのは結構最近なのだけれど、作品としては結構古く2006年に新聞に連載されていた作品だそう。なので、刊行された順に読んでいる身としては、「あれ?」と少しなってしまう感じがしたけれど(少し文章の感じが)、相変わらずうまく読ませてくれるのでそんなことは気にならずにずんずん読んでしまった。

ごく普通の高校生である由起夫なのだが、実は人にはいえない普通ではないところがあり、それは「父親が4人いる」ということだった。母親がこの4人と同時に結婚したのだ。もうこの辺でへんてこな設定だけれど、想像したようにこの4人の父というのがうまくキャラの描き分けされていて、野生の勘だけで生きてるタイプ、男らしい力強さを持つタイプ、憎めないぐらい女にモテるタイプ、知性があり冷静沈着に物事を判断できるタイプ。どれも男の子がいつかなりたいとおもうタイプなのかもしれない。主人公はその状況から彼らに素直になじめないのだが、少しずつ(いい意味で)影響され、自分でも知らないうちに全うな人間に成長している。

お話としてはよくあるように、あちこちに張られた伏線が、ある事件のもとにひとつにすっとまとまるという伊坂さんの作品らしいパターンではあるのだけれど、この主人公が成長していってる(ように見える)のがひとつほかの作品と違う感触を得るところか。

個人的にはやはり悟さんの含蓄ある言葉がおもしろいなーと。

2つほど数学の問題(命題?)がでてくるのだけれど、解けない、くやしいw

2013 新潮文庫

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伊坂幸太郎 – SOSの猿

他人の心情が映像となって見える男、二郎。そしてとにかく物事の原因を調べ上げる男、五十嵐。彼等の前に幻想なのかそうでないのか出現しては謎のヒントを残す孫悟空。絵の修行にイタリアにいったのに悪魔払いのまねごとをするようになった二郎がひきこもりの男を助けたり、ちょっとした入力ミスで会社に三百億という負債を負わせた男のミスの原因を調べ上げる五十嵐。やがてこの2つの話が交錯していく。そしてその間には孫悟空。。。。

なんかこうやって書くとトンデモ話みたいだけれど(いや実際へんてこりんな話というか、ちょっとトリップ感あるよねぇ)謎が謎を呼ぶということでもないのだけれど、いろんなキャラがテンポよく現れてちょっとずつ物語が紐解かれたり、意外な部分がちょっとずつリンクしていったりするあたりがとてもおもしろく(伊坂さんらしい)一気読みしてしまった。ちなみにこの物語はもともと2008から2009にかけて読売新聞に連載されたものだそう。さらにこの物語は五十嵐大介の『SARU』という漫画と対になっているそう(なので入手したw、はやいとこ読もう)。物語の中だけではなくこうやって別作品と関連性をつくっていったりする試みすごいなぁ。

このところ伊坂さんの作品てわりと明確(でもないか)にテーマを提示している感じがする。この本の場合は”本当に悪いのは誰?”というのが一番出てくるテーマか。あと「モダンタイムス」あたりから”本当のことは隠れていてわからない”てのもずっと引っ張っているような気がするな。どんどんわかりやすく読者に現代社会が抱える問題を提示しているような気がするんだけれどどうだろう。

この本のおかげで西遊記を読みたくなってしまった。実際どんなお話か知らないし、孫悟空が山から出たあとの話しか知らないし、その前がどんなかも知りたいもんなー。

中公文庫 2012

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伊坂幸太郎 – あるキング


努力と才能で野球界における怪物(異物)といわしめるほどの打者になった王求(おうきゅう)。彼のその数奇な運命の人生を描く物語、と書いてしまうとすごく単純なものなのだけれど、そうなのかそうでないのか。いままでの伊坂さんの作品のように複雑で見事なパズルを解いて行くようなものはなくて、ちょっと面白い運命の輪があるぐらい。

今回のテーマは冒頭に引用される「マクベス」の”Fair is foul, and foul is fair.”。「きれいはきたない、きたないはきれい」などいくつか有名な訳がある言葉。この物語はいたるところでこのマクベスの言葉や物語そのものが出てきたり、解説で柴田元幸氏が「野球をテーマにしている物語を念頭において描いた、と作者がいっていた」というようなことを書いているのだけれど、残念ながらどれも読んだことないので、そのあたりの面白さはわからないのだけれど、伊坂さんは”絶対的なものはない”と言っているんだと思うな。けれどもその”絶対的なものはない”ということすら絶対ではなくて、けれども”すべては相対的なものである”かといえばそうでもない、という、まさに現代の感覚という感じか。

ま、そういうこともありつつだけれど、サクセスストーリーというのとはちょっと違うけれど、この主人公がどんどん成長して行くのをみるのは面白いし、いろいろトンチの効いた言葉でてくるし、面白い物語だった。いまちょっと読み直してみたけれど、ずるずると最後までまた読んでしまいそうになった、あぶないあぶない。

しかし最近(?)伊坂さん適当に当て字すんの流行ってるのかなぁ。「仙醍市」とか「東卿ジャイアンツ」とか(笑)

徳間文庫 2012

伊坂幸太郎 – モダンタイムス

 

最初に手に取った伊坂さんの本は「ゴールデンスランバー」だった(同名のThe Beatlesの曲が好きだから)のだけれど、このモダンタイムスは同時期に書かれた作品だそう。彼の作品は最初のものから順番に読んだほうがいいのだということに気づいて順番に読んできて、ついにここまできた。

なんでも実行してしまうし気まぐれだし突飛な洞察力がある恐ろしい妻を持つ主人公渡辺。彼はシステムエンジニアなのだが、ある日優秀な先輩社員・五反田の失踪が元で請け負った仕事が首を突っ込めば突っ込むほどよくわからないシステムの改修であり、やがてその秘密に気づき、その真相に近づこうとする。するとそれと同期するかのようにまわりの関係者になにがしかの害が及ぶ。一体どういうことなのか?

相変わらず良く練られたプロットですぐには話の全体像が見えないし、いつまでたってももやもやした部分があったり、謎掛けのような感じであったり、伊坂さんの本はほんと飽きない。途上人物はそんな多くないけれど誰もがちゃんと意味ある存在(しかもそれらが複雑に絡んでたりして)あって面白い。でもその中では主人公の妻が異色な感じ。ストーリーには直接関係ないのにいろいろ関わってくる感じがなんか新しいパターンのような気がする。一番のキーマンは気まぐれでつけたのにしては面白すぎる名前の友人の作家「井坂好太郎」。彼が作中で書く作品にこの「モダンタイムス」自体の意味が投影されているような感じ。

一貫してテーマは、本当のことは隠されている、知るために行動するには勇気がいる、ということのように読める。そして個人と国家の関係。国家というような大きなシステムの前に個人ができること/なすべきことは何なのか?。インターネットがツールとして頻繁にでてくるが、今現在でも思うのだけれど、無限に広がるネットの世界、検索すればどんな情報でも入手できそうな気がするけれど、それは錯覚だ。ネットに載っている情報はいい情報も悪いものでもすべて「誰かが載せたくて載せている」情報だけ。すべての情報があるわけでは当然ないのにみんなそう思い込まされている。圧倒的な情報量とスピードで考える余地を与えない。目の前で起こったことより「ネットに記載されているウワサ」のほうが真実味を感じさせてしまうこの感覚の逆転。本当のことはどこにも記載されていないかもしれないということすら分からない。すごく危険な状態にはいりつつあると思う。

また時代設定も魔王・砂漠の少し先。徴兵制が敷かれていたりして、だいぶ国の様相が変わっている。伊坂さんは近未来は決して明るい方向に向かっているわけではないと、暗に提示しているような気がする。そのとおりの気がするのが怖い。

講談社文庫 2011

 

 

伊坂幸太郎 – 砂漠


伊坂さん、ずっとこの本が手に入らなくて(古本屋さんで探したりするからそういうことになるんだけれど)伊坂さんの作品を読むのがとまっていた(出版順に読もうと思っているので。登場人物とかが後の本にでてきたりするし)のだけれど、ようやく手に入ったので読んだ。やっぱり伊坂さん、楽しいなぁ。文体がしっくりくる。好きなミュージシャンの音を聴いているよう。

大学入学で出会った5人の男女の物語。彼等の名前がとても考えて付けたのか、はたまた適当に付けたのかわからないけれど、なんかその適当感がいい(でもそれには意味あるけれど)。4年、4つの季節を通して彼等の友情と成長を描く。めずらしくすごく普通の青春小説。でもちょっとした言葉やことがらが伏線となってあちこちにぽこっと出没したりするのはすごく伊坂さんぽい。

一応主人公のような北村、やたらと軽い鳥井、目をみはるような美人の東堂、ほのぼのした南、そしてなにかにつけてまっすぐすぎる西嶋。かれらがちょっとした出来事に遭遇しながら喜んだり、へこんだりして成長していく様子や、彼等のそばにいる魅力的な脇役たち – 幹事ばかりやる完爾、北村の彼女の鳩麦さん、すごい伏線ででてくるキックボクサーの阿部薫(もちろんサックスの阿部薫から来てるんだろうな、こんな名前だすかなーw)、謎のプレジデントマンなどなど、でてくる人物達も多様で読んでいて楽しい。

相変わらず伊坂さんの作品には気になってしまうアイテムが数多くでてきて困ってしまう。今回はサン=テクジュペリとラモーンズ、そしてクラッシュ。サン=テクジュペリは子供の頃に公開された映画「星の王子様」(いまとなってはぜーーーんぜん憶えてなくて、主題歌だけ憶えてたりする。どこかに本あったと思うのだが行方不明)を観に行って、それで憶えているだけ(あ、バオバブという木が怖くなったのと、煙突掃除夫さんが大変やなと思ったの思い出した!)だし、ラモーンズやクラッシュは全然しらない、パンク聴かないから(でも、MiceteethのけいちゃんがよくラモーンズのTシャツ着てたので、気にはなってた)

自分の学生時代を思い出す。なんとなく毎日が楽しかったり、つまらなかったり、うれしかったり、寂しかったりしながら過ごしていたけれど、その毎日は確実に過ぎ去っていってしまって、結局無駄に時間を過ごしていることが大半だったけれど、その無駄は決して無駄ではなかったんじゃないかなーと今になって思ったり。どこかにそんな台詞があったなぁ。なにかやるせない懐かしさと、言葉にすると陳腐すぎる「青春」というものを感じるお話だった。

西嶋、いいなぁ。とてもいいなぁ。ラモーンズ聴いてみたい。

2010 新潮文庫

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